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新首都圏ネットワーク


『日本経済新聞』社説 2004年8月5日付

社説 「大学全入時代」へ競争条件を対等に

 これはやはり、高等教育政策の大きな誤算というべきである。

 大学・短大への進学希望者が2007年度に約69万9000人にまで減り、入学定員
数の総計とほぼ重なることが文部科学相の諮問機関、中央教育審議会の試算で
わかった。

 少子化で大学進学率が頭打ちとなり、数字上は志願者全員が入学可能となる
「全入時代」を文部科学省は当初、2009年度と予測した。

すでに3割が定員割れ

 経済情勢を反映して、専門学校で資格取得を目指す若者などが増えた結果、
現役高校生の志願率が予測より伸びず、現在大学・短大合わせて56%の進学率
は「全入」時点で57%にとどまるとみられる。

 戦後の日本の大学は、とりわけ学部教育の部分の大半を私立大学に依存して
拡大を続けた。文部省(現文部科学省)は大学の新たな設置認可や学生定員の
管理による事前規制でこれにのぞんできたが、18歳人口のピークを過ぎても増
設や定員増を続けた。少子化の進行で原則抑制に転じたのは1990年代である。

 その後、政府の規制緩和政策と護送船団行政からの脱皮に伴い、高等教育機
関の経営は「事後チェック」型へ転換したため、大学の新規参入は続いている。
頭打ちの志願者に対し、新設や定員枠の拡大で過剰感が強まる大学は、定員割
れや倒産など淘汰(とうた)の時代へ向けて経営の大きな試練を迎えている。

 日本私立学校振興・共済事業団のまとめでは、今春の入試で定員割れした4年
制大学は全体のおよそ3割に達した。経営に行き詰まって募集を停止する大学も
目立つ。文部科学省は2002年に学校教育法を改正し、法令違反の大学に改善勧
告から閉鎖命令に至る段階的措置を直接講じることができるようになった。

 今年からすべての大学に第3者評価などを課すとともに、私立大学の財務情
報公開を義務づけた。事前規制を緩めた結果、大学が多様化して水準の低下が
懸念される「教育」「研究」「経営」の質を維持するための措置といえる。

 大学経営の破綻(はたん)の被害者はまず学生であり、その危機管理と救済
策を急ぐ必要があろう。

 私立大学は学生数で日本の大学教育のおよそ75%を担う。その直面する危機
を克服するには、今年から法人化した国立大学を含めて日本の高等教育全体が
生き残りへ向けて公正な競争の仕組みを再構築し、社会の要請に見合う適正な
大学の規模と質を実現することが必要である。

 今年から法人化された国立大学は独立した組織として経営や運営に大幅な自
己裁量部分を手にした。

 公務員の身分から離れた教員らの研究成果を生かすため、技術移転機関(T
LO)への出資や大学債による資金調達も可能になった。経常的経費を賄う運
営費交付金は特別会計枠から裁量的経費となったが、共通の基準のもとで国の
予算から支出される構造に変わりない。経営面での競争という点で国立大の優
位性はさらに高まったというべきだろう。

 私学助成金との対比で見れば、国立大学への国の予算支出は私立のおよそ
4.25倍に達する。学生1人当たりに投じる国費負担額では10倍以上になる。設置
形態による大学の役割の違いがほぼ失われた現在、不適格校を退場させる仕組
みの必要性の一方で、国の資金配分にイコールフッティング(対等な基盤)を
求める声が高まるのは、日本の大学の現状に照らして当然の流れだろう。

「国私」不均衡見直せ

 「事後チェック」に軸足を移した国の高等教育行政は「第3者評価」を通し
て質の管理をすすめる一方、評価を資金配分と結びつける「競争的資金」の拡
大を通して、教育と研究の質の向上へインセンティブ(誘因)を高めようとし
ている。

 国際標準の優れた研究を第3者評価で選んで重点的に国が資金を拠出する
「21世紀COEプログラム」などがすでに動き出しているが、これらも適正な
競争環境を通して大学の設置形態による資金配分のアンバランスを是正する仕
組みが必要だ。

 国の助成についても機関助成より奨学金の強化を求める声もある。経営基盤
の拡充に向けては学校法人への寄付税制の見直しによって民間資金の導入を高
めることなど、制度面で大学間の競争基盤の落差を是正するための方策はほか
にも多い。

 大学という市場には新たに株式会社設置大学という新顔も登場した。大学設
置基準の適用を受けながら国家助成の対象にはならないこの大学はどう位置づ
けるのか。多様な設置形態の大学に学ぶ学生の公平な費用負担という観点に立
てば、大学への国の資金配分の仕組みを根本から再検討することが必要である。

 日本の高等教育の望ましい規模と質を実現するために、公正な競争の条件は
何か。「大学全入時代」の到来はその再構築を迫っている。