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「国立大学法人の財務」

山梨大学  理事・事務局長 田丸 憲二

7月27日
(出典:IDE現代の高等教育 NO.461 / 2004年7月号 発行元 民主教育協会)
http://www.yamanashi.ac.jp/message/0407/0407_01.html

はじめに

 国立大学法人がスタートして3ヶ月が経過しようとしている。各国立大学法
人においては、中期計画・年度計画の確実な実施に向けて、様々な工夫を凝ら
しながら、教育研究活動や附属病院における診療活動等を実施していることと
思う。これらの諸活動が円滑に行われ、成果を上げるためには、学内の適切な
意志決定プロセスや効率的・機動的な組織の運営とともに健全な財務活動の継
続が必要不可欠である。

 法人化によって大きく変わったのは、大学の意志決定のあり方である。従前
の国立大学は、評議会がその全ての権限を有していたが、法人化後は、全ての
権限は学長に与えられた。役員会・経営協議会・教育研究評議会が、それぞれ
の役割に応じて個別の案件の審議を行い、その審議の状況を参考にしながら、
学長は自らの権限と責任のもとに判断することとされている。

 さらに実質的に大きく変わったものとしては(役員会の学外理事、経営協議
会の学外委員など外部の意見が入ることなどに加えて)、その審議の過程にあ
ると思う。法人化後多くの大学では、事務系の理事(副学長を兼務している場
合もある)が存在し、この3つの審議機関にその多くが参画していることであ
る。従前の国立大学では、その意志決定に事務系職員が公式な立場の権利及び
責任の行使者として自らの判断を表明することはできなかった。山梨大学の場
合、事務局長が理事に就いたほか、経営協議会の委員に財務管理部長、教育研
究評議会の評議員に学務部長が就いている。更に学内の委員会の多くにも事務
系職員が正規の委員として参画している。このことは、事務系職員の権限と責
任が今まで以上に重いということである。財務関係で一つの例を挙げれば、従
前の国立大学の学内予算の配分は、国から示達され予算で定められた目的や使
途に従って各部局に配分されていた。この限りにおいては部局間の利害はあま
り問題にならず、結果として文部科学省がその調整役を果たしてきた。今後事
務系職員がその権限と責任において、それらの役割をどこまで果たせるか大き
な課題である。

 いずれにしても法人化後の大学においても教官は教育・研究・診療に直接大
きな役割を有しているが、教官とその他職員が一体となって円滑な大学活動を
行う必要がある。

(自主性・自律性)

 法人化に際しては、法人の「自主性・自律性」が一つのキーワードであるが、
当然財務においても重要なキーワードである。国立大学法人においては、学内
の予算配分は、自らの「自主性・自律性」をもって行うことになるが、その際
には、国立大学法人の諸活動の分析やそれに対する予算額の妥当性の判断等が
必要であり、さらには、大学が進むべき方向性を見極めることが重要である。

 この国立大学法人の「自主性・自律性」と表裏一体のものとして、自己責任
と説明責任がある。国立大学法人が財務について国から「自主性・自律性」を
与えられたと同時に、法人は自己責任・説明責任を果たさなければならなくなっ
た。これは、国立大学法人としてのみならず、予算の配分を受けた内部組織単
位あるいは各教職員一人一人についても言えることである。

 財務に関する自己責任といった場合、公正性・効率性等の確保が必要である。
ここでは特にコスト意識をあげておきたい。企業等の利益を追求する経済単位
にあっては、コスト認識は当然のことであるが、国立大学の時代において、そ
の財源の大部分を国からの予算で賄っていた経緯からも(大学は諸活動の目的
を教育研究の発展、文化の継承等に求めており、企業等のように利益を追求し
ているものではないとしても)、コスト意識は若干希薄ではないだろうか。

 国立大学法人の決算においては、業務実施コスト計算書を作成し、法人に投
入された資金等が、他の代替的用途に振り向けたならば得られたはずの逸失利
益をも費用と認識して法人の諸活動にどれだけのコストがかかっていたを開示
しなければならない。単にどれだけ予算を消費していたかだけを認識していた
国立大学の時代と大きく異なる点である。

 また、ミクロ的な視点においても、例えば、ある外部資金を獲得しようとす
る場合、従来は獲得した金額だけを認識していれば一応は足りていたが、今後
は、当該資金の獲得のためにコストがどれだけ必要となるか、また、その資金
を維持管理し執行するのにどれほどのコストを要するのかを認識しなければな
らない。外部資金を獲得したが、これに伴う施設・設備の償却や光熱水料等の
コストを計算してみたら、持ち出しが多くなり、予定していた教育や研究に支
障を来すことにでもなれば本末転倒である。大学の戦略が問われるところであ
る。

 さらに、財務活動に関する説明責任も重要である。現在の国立大学法人の土
地、建物、設備はもとより運営費交付金も、その根元は国民の血税であること
は言うまでもなく、法人の諸活動を財務の視点から広く開示することは、極め
て重要である。また、財務諸表の開示は、法人の活動状況や財政状況を表すだ
けに止まらず、活動に対する評価・判断に資する情報を提供することとなる。
例えば、学生の立場に立てば、自らが支払った学生納付金に相当する教育の提
供を受けたか否か等の判断材料にもなり、学生募集にも影響を及ぼすものとな
るであろう。

(収入の確保)

 次に、学内予算の財源となる収入についてふれてみたい。国立大学法人の収
入の中心は運営費交付金であるが、その算定ルールにおける一般管理経費に課
せられる効率化係数や病院収入に課せられる経営改善係数の存在は国立大学法
人の財政において非常に厳しいものである。自己収入をどのようにして確保す
るか、大きな課題である。

 国立大学の収入の柱は学生納付金である。まず第一にこの収入を確実に得て
いくことが大事である。志願者を増やし、受験料収入を増やすには何が必要か。
退学者を減らし、安定した授業料収入を確保するには何が必要か。法人化後の
大学の戦略というより、原点として改めて検討する必要があると思料する。

 また、学生納付金については、一定の範囲内で、法人の自由に決定できるこ
ととされているが、その決定に際しては慎重な検討が必要である。教育を受け
る機会均等の理念に立脚しつつ、単に法人の各般の需要を満たす一つの財源で
あることにとどまらず、国立大学法人が学生に提供するサービスを価格として
表示したものであることを十分に認識しなければならない。18歳人口の減少
や学生のニーズの多様化など諸般の状況を的確に捉え、適切に対処すべきであ
る。

 次に外部資金である。近年、科学研究費補助金をはじめとする競争的資金や
企業等との共同研究などによる資金の伸びは大きく、各大学の大きな収入源と
なっており、各国立大学法人においては、この外部資金の重要性を認識し、そ
の拡充を図ろうと多大なる精力を投入している。しかしながら、ここで留意し
なければならないのが、前述のコスト認識の問題のほかに、外部資金と疎遠な
分野への資源の再配分の問題である。当然に、外部資金を獲得しにくい分野に
おける自己努力は欠くことのできないものであるが、大学全体として、資源の
再配分をどう行っていくかを検討する必要がある。

 一方、国立大学法人の自己収入として大きなウエイトを持つ病院収入がある。
各大学とも、従前からその増収を図ることに相当な努力を費やしており、今後
とも努力していかなければならないが、近年の医療費抑制政策の状況からすれ
ば、その増収を図ることは、相当な努力を持ってしても極めて困難な状況であ
ると認識せざるを得ない。

(附属病院の運営)

 法人の財政を考える上で、附属病院の運営を抜きにしては論じ得ない。運営
費交付金の算定上は、教育研究経費と診療経費とに分け、前者については、運
営費交付金を充当し、後者については、基本的に病院収入を充て、不足する場
合に、運営費交付金を充当するという形になっている。しかしながら、病院収
入には、毎年度、2%の経営改善係数が課せられ、算定の上では近い内に診療
経費は総て病院収入で賄うこととなる。しかしながら、附属病院においては、
地域の医療の中核を担うほか、医師を育成するという社会的使命を果たしつつ、
高度先進医療への取り組み、医療機器や医療材料の開発研究、さらには医師の
卒前・卒後の教育など、その活動は広範囲にわたり、相互に密接に関連してい
る。従来、附属病院における教育研究と診療行為は、分離し得ないものがある
という考えであったが、今後、財務の視点からは両者を区分して考える必要が
ある。さらに、診療行為について収入と経費を詳細に検討すること、業務のア
ウトソーシングなどで人件費を抑制すること、などで、医療収支を向上させて
いくことが大学全体においても重要な位置づけとなっていくと思料する。

(その他の課題)

 従前の国立大学での財務活動との大きな相違点として資金管理がある。これ
まで、資金管理については国や日本銀行が担っており、国立大学法人にとって
は未知の分野である。国立大学法人の諸活動を円滑に遂行するためには、各種
の収入と支出の時期を的確に捉え、資金を的確に運用し、効率的な資金計画の
下に財務活動を行っていく必要がある。

 また、各国立大学法人には監事、会計監査人がおかれ、会計検査院、財務省
の監査を受けることになっている。これらへの対応も大きな課題である。

 特に、監事については、監事自身がどのような業務を行うかなどについて戸
惑いもあるようであり、そのあり方について、国立大学法人全体の問題として
取り組む必要があるのではないかと思う。全国レベルや地域での研修会や協議
会のようなものがあってもよいのではないかと感じているところである。

 各国立大学法人における財務制度は、国立大学法人の制度が確定していない
時期を含めて、極めて短期間で構築されたことは否めない。今後とも、各大学
においては健全な財務活動に取り組みながら、種々の課題には試行錯誤しなが
らも自らの責任において改善していくとともに、共通の課題については国立大
学法人全体でその解決に取り組み健全な財務活動を継続することが必要であろ
う。

(おわりに)

 健全な財務活動の継続が、個性豊かな大学づくりと国際競争力ある教育研究
を展開するためにも重要な課題である事は言うまでもない。例えば、従前の国
立大学時代には、入学志願者が減少したり、退学者や休学者が増加しても教職
員の一人一人が自らの責任を感じることは少なかったし、そのために自らの予
算が減らされることもなかったが、法人化後は、これらのことが直ちに収入の
減となり、支出予算はあっても使えないことになるのである。健全な財務活動
を継続していくためには、教職員の一人一人が大切な役割を負っていることを
しっかりと意識する必要がある。

 各大学とも外部資金を含めて収入の確保に、また、効率的な支出にも最大限
の努力をしていくことと思うが、前述のように大変多くの課題がある。国の厳
しい財政状況の下においては、国からの財政支援の拡充は困難ではあると思料
するが、運営費交付金における特殊要因経費や施設費補助金の充実を切に要望
するものである。