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『朝日新聞』be on Saturday 2004年6月26日付 法人化で問われる実績、効率、経営力 国立大に大競争の洗礼 国立大学が今年4月に法人化されて3カ月。市場競争とは無縁だった学問の 府が、それぞれに経営戦略を描いている。18歳の人口が減り、5年後にはだ れでも大学に入れるという「大競争時代」の到来もあり、各校にとってはまさ にダブルパンチ。「明治以来の大改革」に悲鳴や反発の声もあがるが、「顧客 第一」「能力主義」といった言葉も聞かれるようになった。変化の兆しなのか。 (梶原みずほ) 「夜もストレスで眠れないことがあるんですよ」 スーツの上着を脱ぎ、白いワイシャツの袖をまくり上げた格好で、豊田長康・ 三重大学長が迎えてくれた。「節約」のため、冷房が入っていない学長室は異 様に蒸し暑い。今春、大学の最高経営責任者になった元産婦人科医の悩みは、 思ったよりも深そうだ。 運営費交付金として配分される予算の使い道は自由になり、組織の再編や給 与、授業料の変更も大学の裁量にゆだねられた。一方、大学の自立性の確立を ねらう法人化は、交付金全体を5年間1%ずつ(年間約90億円)減らすとい う「痛み」を伴う。 「地方の大学はもともと余力がない。うちでは5年で約5億円減る。大きな 打撃です」。豊田学長は顔をしかめた。単純計算で十数人分の教員の人件費だ。 付属病院には毎年2%の増収も国から課せられた。 一方、法人化で新たに約3億円の経費が必要になった。大学ごとに取引銀行 を決め予算管理をすることになり手数料が生じた。学生のけがなどに備え保険 にも入った。PRのための雑誌掲載料や弁護士費用もかかる。 ―学生も企業もお客様 「民間のノウハウをうまく大学に取り入れないと、生き残れない」。そんな 危機感を抱く豊田学長が掲げたのが「顧客第一主義」。しかし、現実は厳しい。 6月の経営協議会で大学側が示した今後6年の目標と方針。学外のメンバーが、 「いつまでに具体的に何をやり、どんな成果を出すのか。数値のない目標は目 標ではない」と突き返した。三重大に限らず、企業人らの厳しい指摘が全国で 相次ぐ。 そもそも、国立大では教育、研究の実態を数字で表すという発想自体が希薄。 「顧客第一主義」はまず、1年かけあらゆる情報の数値化から始めることになっ た。達成度は予算を左右する。明確な数値目標を掲げることは、自らの首をし めかねない。学長にはその覚悟が求められる。 元ジャスコ副社長で、三重大協議会メンバーの谷口優・四日市大教授は豊田 学長の姿勢を評価したうえで、「カネは天から降ってくると勘違いしている 『DNA』は他の多くの国立大には根強く内在している」と話す。 ―トイレも一新 国立大学は、それぞれ手探りで走り始めている。目前に迫る、私立を含めた 「大学過剰」時代への切迫感が背中を押す。5年後には大学の志願者数と入学 者数がともに70万人で同じになる。大学名にこだわらなければ、だれでも大 学に入れるわけだ。学生集めは熾烈(しれつ)にならざるを得ない。 たとえば、学生サービスの向上にはこんな例がある。長岡技術科学大(新潟 県長岡市)は、トイレに温水洗浄便座の設置を始めた。食堂や図書室など学生 が集まる場所のトイレを対象に、6年がかりで、6000万円を投入する。 鳥取大はこの春、新入生に一カ月間の無料朝食券を配り、学長自ら学生とと もに食事をした。個性をアピールし、県外からも広く学生を集めるねらいがあ る。さらに、国立大として初めてJTBの旅費業務システムを導入した。年間 約4億5000万円の出張費の数%の削減を見込む。関係する人員は半減させ、 人件費の抑制につなげた。 大学問題に詳しい三菱総合研究所の高橋衛主任研究員はいう。「まずは地方 の私立大、とりわけ女子短大から淘汰(とうた)されていくだろう。生き残る には(1)大きな大学に吸収される(2)留学生を多く受け入れる(3)主婦 や中高年などの社会人枠を増やす??のいずれかの道を選ばざるを得ない」 法人化後も「税金」が投入されているからといって、国立大も例外ではない。 昨年までに、法人化に備えて国立大12組24校が統合した。東京商船大と東 京水産大が一つになったほか、総合大学と医科大学が統合するケースが大半を 占めている。 ―ビジネス参入に本腰 大学の「知」をビジネスにする動きも加速している。 大学発のベンチャー設立は昨年度末までで約800社。「旧帝大」系や私立 の早慶などが中心だが、昨年は山口、香川、愛媛の国立大からそれぞれ4社が 起業。1年間の設立数は上位に食い込んだ。 発明特許などの知的財産が大学側に帰属することになり、大学内に知的財産 本部の設置が相次ぐ。一元管理の態勢が整えば、企業も契約を結びやすいし、 大学には特許権収入も見込める。 九州大では07年に150件の特許出願を目指す。福井、島根、長崎など1 0の地方大は東京に共同事務所を置き、産学連携を強化する。 教員にはビジネスで通用する能力も求められる。北見工業大(北海道)は教 員の任期制を導入した。研究費20%、賞与最大2カ月分アップを約束する代 わりに、論文掲載などの実績、学生による評価を5年ごとに行う。150人の 教員のうち半数が希望。「ぬるま湯から緊張感に」(常本秀幸学長)との狙い だ。 もっとも、予算規模が巨大な主要大学には余裕が漂う。東大は、100億円 規模のファンド会社を4月に設立したが、地方大学の動きには冷ややか。石川 正俊副学長は「投資効果の見込みのみを問うのは愚問。他大学のように単発的 な数字を求めるのも低次元だ。国力の底上げ、文化の醸成に貢献している我々 の目標は数字でない」と話す。 国立大の法人化の受け止め方は温度差があるが、従来の大学運営が通用しな いことは確か。県単位の地方大学は複数県にまたがる地域圏で1校というよう に再編される、という見方が出ている。 参考情報 国立大の法人化は行政のスリム化を進める行革の一環。今年4月 に国から独立して89の国立大学法人が発足した。各大学の6年間の中期計画 を文部科学省が認可し、目標の達成度が「国立大学法人評価委員会」で評価さ れて運営費交付金額が決まる。各大学が設ける経営協議会は、学外者が委員の 半数以上をしめなければならない。 |