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新首都圏ネットワーク


「就任承諾書」提出・非提出に関して

2004年7月4日

「開かれた大学改革を求める会」代表 西川直子

 7月2日、東京都は現都立4大学教員が「首都大学東京」への移行を承諾す
る「就任承諾書」485通を取り纏め、文部科学省大学設置室に提出しました。
これで、7月末の新大学設置認可に向けて、東京都大学管理本部は必要人数を
揃えたことになったとされています。

 7月3日の主要新聞首都圏版は、就任承諾書の提出率は約95%、非提出者
は510人中25人と報じていますが、これはあくまで管理本部発表の数値で
あって、事実を反映したものではありません。都立大学人文学部だけでも22
名が承諾書提出を拒否しましたし、法学部教員、経済学部COEグループ教員
は、併せて十数名が新大学に就任しないことが決まっています。また、理学研
究科でも若干名が承諾書提出を拒否しました。さらに、昨年8月以降の東京都
の「大学改革」の手法と内容に絶望して(ないしは見切りをつけて)昨年度末
に転出した教員の数を含めれば、新大学への移行を拒絶した教員は相当数にの
ぼります。これらの数字は、いずれ確定次第、「開かれた大学改革を求める会
ニュース」でもお知らせする予定です。

 都立大学人文学部では、「ニュース」7・8号で報じたように、2006年
度発足の新大学院を部局化し、研究大学院とすること、任期制・年俸制の導入
を凍結し、教員の身分保障を明確化すること、教授会に人事権を保障すること、
の3項目について文書での回答を求めて、承諾書の提出を最後まで見合わせてい
ました。6月24日の臨時教授会において、管理本部の回答が示されましたが、
とについては実質ゼロ回答、についてのみ研究大学院の方向が一応了承された
という内容でした。ただし、詳細は今後さらに詰めてゆくものとされていて、
いつ反故にされるかわからない類いの約束であることに加え、当初計画が終了
する5年後以降、定員等がどのように見直されることになるのかは、まったく
不明のままです。しかし、人文学部教授会はこの回答を受けて、「重大事項が
未確定な段階での暫定的判断であり、今後明確化される条件次第では承諾書撤
回もありうる」という留保を付けたうえで、大勢として就任承諾書提出に踏み
切りました。留保を付したとはいえ、就任承諾書という「切り札」を渡してし
まう以上、今後さらに残りの事項について誠意ある回答が示される見通しは実
際上ありえないでしょうし、さりとて、提出教員による承諾書撤回もまた、な
いものと予想されます。

 昨年10月に発足した私たち「開かれた大学改革を求める会」では、主とし
て、1)大学と東京都との開かれた協議に基づく大学改革、2)在籍する学生・
院生の学習権と教育環境の保障、3)50年以上にわたって培われてきた都立
大学の研究・教育の継承と発展、の3点を主張して活動をおこなってきました。
3万筆の署名を添えて都議会に提出した上記内容の陳情と請願が採択されるに
至らなかった経緯は、すでに当「求める会」ホームページにご報告してあると
おりです。それは、都議会与党諸会派が都行政をチェックする機能をうしなっ
て翼賛会化しているという事実を、如実に実感させる出来事でした。「求める
会」はその後も、当初の要求を掲げながら、「都立4大学教員声明呼びかけ人
会」などと共同歩調をとりつつ、都の新大学構想の内容と改革手法の両面にお
ける数多い問題点を指摘し、その修正や撤回をもとめて運動をつづけてきまし
た。他方、昨年8月以来、大学内外から100件をゆうに越える要望や声明が
東京都や文科省に提出され、民主的な手続きの実現と新大学構想の見直しが求
められてきました。東京都はもとより文科省も、結局それに応えることはいさ
さかもなく、東京都の申請どおりの内容で新大学設置の早期認可がなされる見
通しが示されたのが6月の始めであり、それを受けて、今回の就任承諾書提出
という運びになったのでした。設置審運営委員会から管理本部が数多くの改善
要求を突きつけられるだろうという予測を立てていたに違いない大学執行部・
学部執行部にとっても、対等な協議をもとめ、研究・教育の継続性の保障、学
生・院生の教育環境の保障という方向での改革をもとめていた「求める会」教
員にとっても、付帯意見なしの早期認可という文科省の結論は、大学の敗北と
いうべき事態にほかなりませんでした。この「大学の敗北」をもたらした大学
側の原因と責任については、今後、様々な検証がおこなわれるでしょうから、
今は触れないことにします。

 「開かれた大学改革を求める会」は、多様な考えの人々が上記3点の主張の
もとに、緩やかに連帯をしている組織です。所属の教員が承諾書提出と非提出
に分かれることは、すでに予想されていたことでした。しかし、現れた行動は
正反対になったとはいえ、その真意は決して対立するものではありません。承
諾書を提出した所属教員のうち、東京都が推し進めている「大学改革」を是と
している者は皆無といっていいでしょう。極めて苦しい選択の末に、多くの教
員は格段に悪化する新しい環境のもとでも研究と教育の根を絶やさないため、
来るべきポスト石原時代へとその根を繋げるため、また学生・院生への指導責
任を全うするため、等の理由から新大学への移行を決意したのだと思われます。
一方、批判精神の封殺を図る東京都の強権的な手法と理念なき新大学構想のも
とでは、大学は自立した研究教育機関としての生命をうしなってしまうと危惧
し、大学の名に値しない「首都大学」に加わることを潔しとしない教員は、今
後予想される研究条件や給与面での差別と迫害、さらには失職という過大なリ
スクを冒してまでも非提出を貫き、旧大学に残留する道を選びました。いずれ
も「苦渋の選択」であったと言わざるをえません。このような不毛で苛酷な選
択を強いた東京都の教育行政の独裁性と恣意性については、憲法と教育関係諸
法規、さらにはユネスコ大学憲章への違反とも関連して、かならず後世の審判
がくだされることでしょう。同時に、戦後の歴史を通じて総合大学として健全
に発展し機能し、社会に貢献してきた大学の根本性格を、「設置者」の恣意の
ままに、そして「改革」という美名のもとに、首都の行政と産業振興に奉仕す
る効率第一主義の地域大学――西澤学長予定者のお膝元である岩手県立大学の、
いわば東京都版――へと無理やり変換しようという都の基本方針についても、
学問と文化にかかわるその思考の根源的誤謬が、いずれ批判にさらされること
になるでしょう。

 とはいえ、全てを後世と歴史に託して今は敗北の悲哀に酔っていればよいと
いうほど、事態は生易しくはありません。新大学発足前であるにもかかわらず、
「傾斜配分」という名目のもとに、新大学への忠誠度に応じて現大学の今年度
研究予算が配分されるという、露骨な金銭支配をみせつける管理本部案が象徴
するように、今後、大学破壊・研究教育破壊は加速度的に推し進められてゆく
はずです。破壊は防ぎようがないとしても幾らかでもそのダメージを少なくす
る、という強い意思をもって対処しなくては、新大学の教育と研究はすさまじ
い破壊の波に呑まれていってしまうことになるでしょう。助手の再配置の問題、
一研究科一専攻案の問題、単位バンク制の問題、外国語外注の問題、教授会か
らの人事権剥奪の問題、学部名称決定や学部長予定者の選考に現れた非民主的
運営の問題等々、教育と研究にとってはあまりに不見識で危険な策謀が幅を利
かせているのが新大学計画です。一方で、旧大学の教育環境・研究環境、雇用
条件、在籍学生・院生の学習権がどのように保障されるのか(あるいは保障さ
れないのか)についても、いまだに詳細はいっさい明らかにされていません。
これら、新大学・旧大学双方に山積する問題のより良い解決をもとめて、「開
かれた大学改革を求める会」は、学生・院生の権利をまもり、教育・研究の尊
厳と自由をまもる立場から、ニヒリズムに陥ることなく、これからも警鐘を鳴
らしつづけ、当初からの要望を掲げつづけてゆくべきであろうと思っておりま
す。私個人の事情を語らせていただければ、今年度をもって、都立大学の消滅
とともに大学を去る決心をいたしておりますので、「求める会」の活動をつづ
けてゆくことはできませんが――これも自分の年齢を考えたうえでの、ささや
かな抗議行動のつもりですので、お赦しいただきたいと思います――、学外に
去っても、応援団として協力を惜しまない気持でおります。

 来年度以降は新大学と旧大学に別れてゆく会員の方々におかれては、それぞ
れの所属先は異なっても、思いをひとつにして連帯してゆくことが可能であっ
てほしいと、祈りをこめて心から希望している次第です。