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新首都圏ネットワーク


『毎日新聞』2004年6月9日付

ニュース・そうだったのか:
サバイバル国立大 「法人化」で待ったなし

 ◇学長さんは「社長」さん

 ◇集めよ育てよ、優秀な学生 交付金死守、増やすぞ収入−−目標

 国立大学・短大がこの春、国の行政組織ではなくなり、89の大学・短大ご
とに法人となった。それぞれの学長がいわば「社長」になって、経営面でも学
問の面でも、これまでよりも自由に運営できるようになった。ただし、入学す
る年代の若者たちはどんどん減ってきている。大学が自力で上手に運営できな
いと、私大も含めた大学同士の競争には生き残れない。「サバイバル時代」に
入った国立大学はどう変わってゆくのだろうか。

 ◇払う−−授業料

 国立大の入学金・授業料は3月まで文科省の省令で全国一律に決まっていた
(昨春以降の4年制入学者は入学金28万2000円、年間授業料52万80
0円)。だが法人化によって、この省令が改正され、一定の範囲内で大学ごと
に決められるようになった。従来額を標準として最大10%まで値上げできる
(値下げは無制限)。

 それでも来春の入学者については、全89校が標準額で足並みをそろえた。
「まだ移行期で、とりあえずは標準額でということだろう」と文科省はみる。

 こうした横並びがいつまで続くのか。評価の高い大学は値上げをしても学生
が集まる。中期計画をきちんと達成できず、6年後に国からの交付金が減らさ
れるような大学は、値上げしたくても、学生集めのためにはそうもいかないジ
レンマを抱える可能性もある。

 ◇究める

 優れた研究成果は大学の存在をアピールする格好の材料だ。必要な資金をど
れだけ調達できるかが、研究の質を左右する。

 企業から資金を出してもらう「受託研究」などで国立大が外部から調達する
資金は03年度で約1600億円。これまでは一部を国に吸い上げられていた
が、今後はすべて収入になる。それだけに「大学がやる気を出し、増えるはず」
と文科省幹部はみる。外部資金の増収を向こう6年間の目標とする大学は多い。
北見工大は10%増、横浜国大は20%増(03年度比)を目指す。

 文科省の科学研究費補助金をはじめ、優秀な研究に支給される「競争的資金」
も標的。中期目標で獲得増を掲げる大学は多く、争奪戦は激化しそうだ。

 ◇営む−−アイディア、努力

 法人になったといっても、国立大が税金(運営費交付金)で運営されること
に変わりはない。ただし、大学の頑張り方に応じて交付額に差がつくことになっ
た。大学の知恵と努力が試される。

 大学ごとに5〜6月、中期目標、中期計画が決まった。教育や研究などの面
で「今後6年間でこんなことをします」という公約だ。6年後、この公約をど
れだけ実現できたかを第三者機関(国立大学法人評価委員会)がチェックし、
評価次第でその後の交付額が増えたり減ったりする。具体的な配分方法は、評
価委が検討している。経費節減のため、交付金の総額は年1%ずつ減らされて
いく(教員の給与は除く)ため、うかうかしていると取り分が減ってしまう。

 これと別に、大学の施設を使った事業なども収入源になる。自前の収入が増
えても交付金は減らない。ここでもやる気やアイデアがものを言う。

 ◇学ぶ−−アメとムチ

 競争が激しくなる中、魅力的なカリキュラムを学生に提供できなければ生き
残れない。法人化を前に、国立大がここ数年進めたのが教育内容の改善だった。

 高校の科目を理解していないと落ちこぼれてしまう講義は少なくない。こう
した学生のため補習授業を実施する国立大は02年度58校と、00年度の5
3校から増えた。高知大農学部は「数学3」など5教科を開設している。公立
7校、私立103校も補修授業を取り入れている(02年度)。

 これがアメならムチもある。

 GPA(グレード・ポイント・アベレージ)制度。科目ごとの点数を足し、
1単位の平均点を出す。これが一定水準に届かないと退学勧告したり、卒業を
認めない。中期計画でも多くの大学がGPAに言及している。

 ◇選ぶ−−AO入試、飛び入学

 入試はどう変わるのか。毎日新聞の調べでは、向こう6年間の中期目標の中
で、新たに18の国立大がAO(アドミッション・オフィス)入試を検討して
いる。今春の入試では22校75学部だったので、倍増の勢いだ。

 AO入試は、筆記試験では分からない個性や意欲を重視して、多様な人材を
集めるのが目的だ。大学が求める人物像にかなっているかを面接などで見極め
る。90年春の慶応 大が国内第1号。00年春、一部の国立大でも始まった。
福島大は来年度新設する理工学類で実施する。岡山大は06年春から5学部で
予定する。

 一方、高校2年からの「飛び入学」を千葉大は98年春から始めている。広
島大や長岡技術大も中期目標の中で触れ「導入するかどうかを含めて検討中」
という。付属高を卒業する生徒向けの特別入試制度もお茶の水女子大などが検
討している。

 これからの大学選びはどう変わるのだろう。大手予備校「河合塾」の大学事
業本部・評価研究部長、滝紀子さんは「法人化によって、ようやく国立大も優
秀な学生を確保するために力を入れるようになる。国立大のAO入試には高校
側も肯定的で、全入時代に向けて、国立志向はより強くなるだろう」とみてい
る。

 ◇「全入」控え大競争時代

 「金も出すが、口も出す」国の保護を離れ、国立大はずいぶん自由に運営で
きるようになった。最高意思決定機関の役員会を置き、民間のような発想で経
営できる。役員会のトップの学長には人事権などで大幅な裁量が認められてい
る。だが裏返せば、私大も含む大学間競争を自己責任で乗り切れなければ、淘
汰(とうた)もあり得る。18歳人口は92年以降減り続け、09年には志願
者全員が大学に入学できる「全入時代」が来ると言われる。人気大学に受験生
が集中し、魅力のない大学では定員割れが相次ぐのではないかとささやかれて
いる。大競争時代といわれるゆえんだ。<文・千代崎聖史 北川仁士/デザイ
ン・井上守正/編集・吉野哲郎>