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新首都圏ネットワーク


『毎日新聞』2004年6月8日付

理系白書・提言:名古屋大教授・池内了さん(59)

 ◇基礎科学は誰が守る

 国立大学が法人化された。大学の裁量は見かけ上広がるが、運営費交付金は
文部科学省が握っている。裁量を広げるにはムダを切り捨て金を稼ぐしかない。
その結果、基礎科学はやせ細る。

 あらゆる学問を支えるのが基礎科学だ。言葉への理解や知識が不十分だと深
みのある文学が語れないように、自然科学のさまざまな領域が物理学や化学の
上に発展してきた。こうした基礎を学ばないと、広い視野も柔軟性も育たない。
だが「基礎は重要だ」と叫び続けなければすたれてしまうのが今の時代の現実
だ。

 大学の役割は二つあると思う。一つは基礎的な学問を守り育てる。もう一つ
は社会の要請に応えることだ。法人化は後者を加速させる。物理や地学といっ
た地味な講座を、聞こえのいい新領域に改組する大学も出てくるだろう。

 私立大学に物理学科や天文学科はほとんどない。金がかかる、もうからない、
そんな学問は「経営」にはなじまないからだ。だからこそ国立大が担ってきた
のだ。

 ゆったりと静かに流れる時間。大学にはこれが必要だ。教員がせき立てられ
ずにじっくり考えて行動することで、研究が深まり、教育も変わる。学生はそ
の様子に刺激を受ける。学問とは何かを学び、考える力を身に着ける。

 ぜいたくに聞こえるかもしれないが、日本は大学教育に金を惜しみすぎる。
日本の高等教育への公費支出のGDP(国内総生産)比は0・5%。欧米の約
半分である。

 教員も意識を変えなければならない。「教育は雑用、落ち目の教員がやれば
いい」という風潮がある。教育は産学連携や論文などと違って、成果が出るま
で5年10年かかるから、評価が難しい。しかしあえてそこに取り組まない限
り、現状は改善しない。

 名古屋大でも教育の再点検が始まった。理学部では学生の必修科目を減らし
て副専攻を設けることなどを検討中で、視野の広い人材育成への改革を議論し
ている。同様の模索が、法人化を機に各大学で始まっている。

 改革はいいことだが、すべての教員がビジネスマンのようになってしまうと、
本当の学問はなくなる。日本の「知」を支える土台が崩れていくのを見過ごし
てはいけない。【聞き手・元村有希子】

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 ■人物略歴

 ◇いけうち・さとる

 兵庫県姫路市生まれ。72年京都大大学院理学研究科博士課程修了。京大助
手、北海道大助教授、国立天文台教授などを経て97年より現職。専門は天体
物理学、宇宙論。