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新首都圏ネットワーク


2004年6月8日(火)「しんぶん赤旗」

大学評価学会 発足にあたって
資金配分のための「評価」に基礎研究はなじまない
益川 敏英
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「評価」ばやり

 今年三月に大学評価学会が発足し、これに少々かかわった。この「評価」であるが、昨
今日本は評価ばやりである。現在の科学は過去の膨大な蓄積の上に成り立っている。その
上に新たな結果を付け加えようとすれば、更に高度で精密な装置や計算機を使い、分析・
研究しなければならない。必然的に研究費がかさむ。

 一九七〇年代以前と違い日本国家が成り立つには科学・技術が不可欠で、国としても財
政面から支援することが必要であると認識され、科学研究費のような補助金も昔に比べれ
ば随分多くなった。民間のこの種の援助も結構多い。しかし、研究者は彼がこの精度この
規模で実験をするのならば、更にとなる。またそういう努力をしないと全体の流れから取
り残される。必然的に研究補助金に対する応募は多くなり、競争審査ということになる。
研究者は研究の未来や実行する手段に思いをはせるよりは、報告書や次の申請文を書くこ
とに忙殺される。

 プロジェクト研究のような開発研究が必要な部分はある。これらの筋道が予測できるよ
うなものには事前評価はある程度意味があるにしても、基礎科学のようなものにはなじま
ない。基礎研究もある程度予測を立て研究を始めるが、予想通りであればがっかりするで
あろう。予想外の出来事を期待している。だから基礎科学には事後の結果分析と次の可能
な計画立案が重要になる。

役立つまで百年

 基礎科学の重要な発見から、それが社会で役に立つ技術まで発展するには百年の単位の
年月が必要である。そして基礎科学は研究者の知的好奇心を原動力として進む以外に方法
はない。ここが資金配分の事前審査の際の評価になじみがたい所である。ある程度実績の
ある人が面白いといって研究している以上、「役に立ちそうでない」は理由にならない。
広い視野と「少々」大目に見るくらいしか方法がない。そして社会がどれほどの決意で基
礎研究を進めようとしているかである。

 基礎研究から実用までに百年の時間が必要であることを実例で示しておこう。一九一一
年にオランダのオンネスは極低温でのものの性質を研究しているなかで偶然にも金属の抵
抗がなくなり、電流が流れ続ける現象を発見した。動機は極低温で何が起きているのか、
いないのかの好奇心のみであった。何か重要なことが発見できる保証もない。何か社会に
役立つことをと考え研究をと、始めたわけでもない。科学の発展にはこれを許す度量が肝
要である。その後多くの研究者の悪戦苦闘のすえに一九五〇年代中ごろに、この現象が生
じる機構が理論的に解明された。

好奇心のみ

 超伝導現象が発見されてすぐにこの魅力的な現象を実社会に応用しようとする研究が始
まった。しかし、実用に供することが可能なほどに安定して運転できなかった。超伝導コ
イルの一部でも臨界温度より温度が上がると抵抗が生じ発熱してコイルが蒸発してしまう
。この克服に手間取り、なかなか実用化ができなかったのである。ようやく超伝導コイル
は新新幹線で実現できるところまできたのが現状である。さように基礎となる研究の開始
時には、いかなる応用が可能なのか研究者にも見えていない。ただ研究の原動力は未知の
ものへの好奇心のみである。この段階の評価が目先の利益にのみとらわれたならロシアの
古いことわざのごとく産湯と一緒に赤子をも流してしまうことになる。

 基礎科学の評価は研究者が面白いと思い同僚の研究者の友好的でかつ批判的なコメント
に耐える以外に良い方法はない。

 最後に実際にあった逸話を話そう。東北地方でのカキの養殖の話である。ある湾でそこ
に流れ込む川の上流で森が乱開発された。結果として湾に養分が流れ込まず、カキの生産
量は大幅に減少した、とのことである。
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