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新首都圏ネットワーク


都立新大学構想の評価と経済学者たちの選択

東京都立大学経済学グループ
浅野皙,神林龍,戸田裕之,村上直樹,脇田成

contact-us@coe-economics.jp

岩波書店「世界」2004年7月号掲載予定

要旨

 本稿では我々東京都立大学近代経済学教員グループ(経済学グループ)が「首
都大学東京」(新大学)構想から排除されることになった顛末を記す。2004年2月
新大学の設置申請を控えて東京都大学管理本部は,新大学の具体像を明らかに
出来ないまま都立4大学の教員に対し,就任意思を確認する「意思確認書」の提
出を求めた。これに対し我々は,新大学の研究機関としての側面が重視される
かが全く不明であるとして確認書の提出を保留した。この背景には03年7月に経
済学グループが文部科学省によりCOE研究拠点の一つに採択されたこと,および
現都立大学学長が言明したCOE拠点構築への支援が,新大学において継承される
方向がこの時点に至るまで示されなかったことがある。しかし,我々に対する
東京都の回答は新大学構想から学部経済学コースを削除し,大学院からも経済
学グループを排除するというものであった。なお,同4月末,新大学の設置認可
申請が行われている。

 本稿の前半では新大学構想を,その拠って立つ評価体系の合理性と改革の正
統性という視点から評価する。組織の改変が正当であるためには (1) 改変内容
が合理的であること (2) 手続きが正統であることが必要である。しかし,改革
はこの2つの条件を如何なる意味でも満たしていないことを指摘する。まず我々
は改革の過程で示された管理本部の経済学グループの教育・研究の成果への評
価は不当に低いものと考える。とりわけ,全国の有力大学が研究機関としての
総力をあげて臨んだ競争の中でCOE拠点を獲得した経済学グループに対し,現定
数のみならず事業推進者数を下回る定員配置を行ったことに合理的な根拠は見
出せない。これは我々のみに関わる問題ではなく,管理本部が持つ評価基準は,
高等教育機関の成果を評価する際採用すべき基準とは異なったものであること
を示している。もちろん,この措置は研究・教育実績に対する第三者の外部評
価,外部資金獲得額等いかなる基準からみても承服できるものではない。

 さらに,新大学構想においては都市教養学部を中心とする学部のみを先行さ
せている一方,大学院については「ロースクール」「ビジネススクール」「産
業技術大学院」など実学を重視する方向を打ち出す以外は白紙としたままになっ
ている。これまでに示された(あるいは未だに示されていない)新大学の教育・
研究に対する方向性から,我々は今後新大学には研究面での卓越を目指す方向
がないと判断せざるをえない。また,以上の事例に限らず,改革の過程で明ら
かになった大学管理本部の持つ評価体系はより良い大学を作る視点に立ったも
のとは思えない。管理本部が持っている評価基準は全く恣意的なものであり,
「外部評価」なる言葉を意図的に使い分けている。そもそも外部評価が機能す
るためには評価者が十分な知識と情報を持っていることが求められる。さらに,
評価基準の透明性が確保され,構成員が基準の公平性について共通認識をもつ
ことが必要である。これまでに明らかになった管理本部の行動から改革におい
てこれらの条件が満たされていないことを示す。

 手続き面での正統性についても多くの問題がある。「300万人の支持を受けた
知事の改革」であるとしても,中身も全く示されない選挙公約である「全く新
しい大学」を作るための無制限の権力が知事に付託されたわけではない。新大
学は現大学の移行改組により実現される以上,それに関わる構成員の納得を得
ることは改革の社会的公正さを示す上で重要な要件となる。もちろん組織の変
更に関してすべての関係者の納得を得ることは困難であろう。しかしその際は
周到な手続きを踏み,内容に多少の反対があったとしても手続き的な正統性を
確保するのが現代社会のルールである。改革はこの手続き面での正統性も欠い
ていることを指摘する。

 本論の後半では経済学グループに関わる経緯を述べる。03年8月1日以降管理
本部によって進められている「改革」の方向性に対し,04年1月中旬我々は改革
の抜本的見直しを求める近代経済学グループ声明を発表した。声明の最大の論
点は「改革」が研究機関としての視点を軽視していること,そして効率性の面
からも評価体系の面からも「改革」は全く合理性を欠いているという点にあっ
た。しかし,管理本部は大学関係者の声を聞く耳をもたず,05年度開学を至上
命令として教員にひたすら隷従を求めた。その端的な例が上記の意思確認書で
ある。確認書が要求された2月以降,都立4大学教員とりわけ都立大学の教員組
織はその不当性を訴えてきた。しかし,管理本部と新大学学長予定者の頑な姿
勢に節度をもって抗議しながらも,結果的には3月末には96%の教員が確認書を
提出することになる。そして経済学グループの12名は最後に残った「未提出者」
4%の過半数を占めていた。

 我々経済学グループは,21世紀COEプログラムに採択されたという事情により,
新大学において教育とともに研究が新大学を支える車の両輪のひとつとして捉
えられているのかどうか,とりわけ国際水準の研究拠点を築いていく意思が東
京都にあるのかどうか,を見極める最初の例となった。しかし,管理本部の答
えは間違いなくNOであり,我々の選択はそのような新大学への確認書提出を保
留することであった。これまでの経緯を振り返り我々は,自分たちの選択が大
学人として当然のものであったとの確信を強めている。また,たとえ少人数で
あっても,単なる口先の批判ではなく,行動をもって社会に向けて警鐘を鳴ら
したことは,これから大きな意味を持つことになるだろうと考えている。その
成果のひとつが今後数ヶ月の間に現れることを期待したい。