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新首都圏ネットワーク

『朝日新聞』2004年5月1日付

 私の視点 ウイークエンド

 ◆研究評価 誤った指標の活用改めよう

 山崎 茂明 愛知淑徳大学教授(科学コミュニケーション論)

 4月からの国立大学法人化に伴い、大学の活動評価への関心が高まっている。
特に、研究については大学の業績にもなることから評価の基準が重要だが、科
学界ではいま、この評価の目安として「インパクトファクター」が論議されて
いる。

 一般には聞き慣れない言葉だが、特定のある雑誌が1論文あたり平均何回引用
されているかを算出し、科学界における雑誌の重要度を示す指標のことだ。こ
れまでは学術雑誌の評価に使われてきたが、最近は個人や機関の研究業績指標
として使われている。

 学術情報提供を業務にしている米国のトムソンISI社が作ったもので、同社の
学術雑誌の論文引用データベースをもとに、直前の2年間に1論文あたり平均何
回引用されているかを各雑誌ごとに計算している。この値が高い雑誌ほど、科
学界への影響度が強いとみなされている。

 日本の科学界では、このインパクトファクターの数値が独り歩きしている。
発表した論文が掲載された雑誌の数値をすべて足し合わせた数字を、個人の業
績評価ポイントとしている例が目立つのだ。

 これは間違った使い方である。多く引用される論文は、明らかに世界の研究
者に大きな影響を与えている存在であるが、論文が引用される頻度データを調
べると、高頻度に引用される論文は常に少数で、大多数の論文は引用されてい
ない。一流学術雑誌のインパクトファクターの高さは前者だけで決まるのであ
る。

 さらに、数値を計算するための対象とする期間が違えば意味合いが異なる。
2年間で区切る現在の計算では、いつもはやりの話題を提供している総合誌や分
子生物学誌が優位になる。研究論文以外の論説、ニュースなどを掲載し、それ
らが多くの引用を集めるネイチャーやサイエンスなどの欧米総合科学誌も有利
だ。

 自己点検や研究評価という言葉に翻弄され、従来から行われてきた専門家に
よる審査だけでなく、他分野や一般の人々が妥当と考える定量的な指標を求め
るあまり、バランスを欠いた学術世界の姿が見える。昇進や高い評価を得るた
め、数値に神経質になる雰囲気は、広く科学界を覆っている。インパクトファ
クターは、あくまで雑誌を評価する指標で、個人の研究評価への応用はできな
いことをもう一度かみしめたい。