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新首都圏ネットワーク

『東京新聞』2004年4月20日付

特報 カリキュラム変更で競争力強化? 波紋広がる横浜市立大

学生側 「専攻課程がなくなる」 教員に続き院生も流出
大学側 「トップダウン必要」 改革断行「内部だけでは無理」 「結果で正しさ証
明」 市長の意向、学長認める


 来年度からの独立行政法人化に向けた横浜市立大学改革に、現場の動揺が続いてい
る。「科目などが減らされ、自分の専攻課程がなくなる」と在学生間で不安が広がっ
ているためだ。学部削減やカリキュラム変更の不透明さに不満も募る。「改革は実質
的に中田宏市長のトップダウンで、現場の声を反映していない」との批判が出るなか
で、改革が目指す「競争力のある大学」に生まれ変われるのか−。 (藤原正樹)

 「日本史専攻だが、必要な基礎科目の古文書学もなくなる。ゼミ専任教授が定年で
非常勤になり、本年度中は教えてくれるが、その先は分からない。ゼミごと消滅する
恐れがあり、卒論の指導は受けられるのか」。国際文化学部三年の男子学生(21)
は悲観的だ。

 不安の要因は、改革に伴うカリキュラム変更の不透明さにあるようだ。横浜市大学
改革推進本部が先月二十五日に出した「コース・カリキュラム案等報告書」では「社
会情勢の変化、学生のニーズで(専門教養)コース改廃を一定期間ごとに検討する」
と打ち出した。新カリキュラムは来年度以降の入学者が対象だが、在学生にとって
は、自分が受けている授業がなくなるとの不安がある。

 大学は、学生に対し学長名で「教育課程修了に必要な科目の提供については、在学
期間中保障する」との文書を配布したが、「担当教員が辞めたらどうなるか分からな
い」(前出の学生)からだ。

 同大改革は、全教員の任期・年俸制や複数学部の二学部統合などで「教養教育の充
実で、もっと社会から評価される大学」を目指す。だが、改革内容に「大学の文化や
学問の自由の危機」などと教職員らが反発。学生たちの間では、反発から辞める教員
が続出するのではと懸念が広がっている。

■博士課程制限で「人文系つぶし」

 また改革案ではそもそも基礎教養科目自体が削減される。ある理系教員は「(削減
で)数学の体系的な研究教育は消滅する。数学は諸学問の基礎で、最先端技術も数学
なしでは成り立たない。目先の利益だけを優先した視野の狭い改革でしかない。辞め
る教員もでるだろう」と批判する。商学部二年の男子学生(20)は「数学は経済学
の基礎で、しっかり身につけたかったのに…」と憤る。

 大学院のカリキュラムも文系学生の選択肢を狭める内容に変わる。前出の報告書で
は「文系の大学院博士後期課程は指導教員が責任を持てる範囲に学生数を絞る」と制
限した。

 「横浜市大を考える市民の会」副代表で同大講師(ドイツ文学)の遠藤紀明氏は
「研究者を目指す文系学生は前期課程だけで辞めると、大学院に入った意味がない。
教員免許は英語・理科・数学だけになり、国語・社会は取得できなくなる。大学院に
進む文系学生が激減する可能性が高く、『実用的でない人文系つぶし』の狙いは明ら
か」と指摘する。

 実際、国際文化学部博士課程一年の女子学生(26)は「自分の専攻課程が残るの
かどうか不安で、大学院進学を希望していたのに就職した知人が多数いる。一橋大な
どの大学院に移った人も同じ理由だ」と改革を敬遠する学生もいるようだ。

 教員流出の懸念は大学院も同じだ。同課程一年の別の女子学生(28)は「市大教
授は実力のある人が多く、他大学に移る例も多い。研究に打ち込むには、長い学問の
蓄積がある環境が必要なのに、改革案はその環境を壊すものでしかない」。経済学研
究科博士課程の男子学生(26)も「大学院入試で希望指導教員を指定するが、入っ
たら目当ての教員がいない例が増えている。ゼミ指導教員の変更も多く、就職の世話
をしてもらえるのか」と不安がる。
 
 実際、商学部専任教員でみると、定年の三人を含め十四人が辞めたが、補充は一人
だけだ。市大教職員組合は「心から改革に賛成している教員はいない。転籍先なしに
辞めた教員が二人いるが、改革に憤り大学を飛び出した形だ。複数の理系教員も転籍
を希望している」と実情を語る。遠藤氏は「新カリキュラムの実施で、基礎教養系教
員の解雇が進むだろう」と予想する。
 
■予備校は冷淡「進学勧めない」

 この状況に、ある大手予備校は「先行き不透明な市大への進学は勧められないと指
導している」と冷淡だ。河合塾の滝紀子西日本大学事業部長も「高校の進学指導教員
も市大を積極的に勧められないでいる。在学生の不安の方が大きいだろう」と分析す
る。
 動揺が収まらない現場に小川恵一学長は「学生、教員が改革を不安がるのは、理解
不足にすぎない」と言う。だが、改革手法に疑問の声が上がる。
 
 市大改革は大学の「プラン策定委員会」がまとめたが、中田市長の諮問機関「市大
あり方懇談会」が昨年二月に出した答申に沿ったものだ。この動きを教員側は「市長
は『その答申を踏まえた』改革を市大に指示した。さらに答申では『大胆な案が出な
い場合(廃校も含めた)別の選択肢も考える』と明言し、大学に答申通りの改革案を
出させた」(遠藤氏)と主張。改革論議に現場の声が届かず、改革内容が「実質的に
中田市長のトップダウンで決められた」と批判している。
 
 これに対し、小川学長は「(六年前ごろからの)市大内の議論では学部ごとのセク
ション意識が強すぎて、改革案がまとまらなかった。その弊害を乗り越えるにはトッ
プの実行力が必要だ。学外から異質の考え方を入れると、多少ピントはずれでも緊張
感のある議論の素材になる。改革が進むなら中田市長のトップダウンで構わない」と
市長の意向を受けての改革案づくりだったことを認めた。
 
 さらに小川学長は「市長の指示は答申を忠実に実行した上で、それを踏み越えた良
い案を考えろという意味に受け取った。答申の骨格概念『プラクティカルなリベラル
アーツ(実践的な教養教育)』に不必要に反対しても、他の教育目標がなかった」
と、答申を受け入れた経緯を説明する。
 
 大学が出した改革案はほぼ答申通りの内容になったが、学長は「答申を踏まえて自
由な議論ができた。市長とは人格と人格のやりとりでまとめた改革案で、間違いな
い。『競争力のある大学』に生まれ変わる。新しい動きに批判はつきもので結果で証
明するしかない」と強調した。
 
■基礎教養の削減「逆行している」

 だが、独立法人化に伴い大学運営を評価するため、今年三月に発足した大学評価学
会の運営委員で名古屋大学大学院の池内了教授(天体物理学)は、こう危ぐする。
「国立大法人化で幅広い視野を持った学生を育てようと、基礎教養課程を拡大する動
きがあるが、市大の改革は逆行している。あの改革内容でリベラルアーツの看板を掲
げるのには疑問を感じる。就職に有利な教科を強化し、即戦力の学生をつくるのが目
的だ。これでは研究の質が落ちて“大学の格”が下がる。市大から優秀な教員や学生
がいなくなり、つぶれてしまうのではないか」