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新首都圏ネットワーク


『デーリー東北』2004年3月21日〜25日付

1. 導入 国から独立 試される力

(2004/03/21)

 四月一日、国立大学法人が発足する。国立大は国の組織から独立した八十九
の法人として生まれ変わる。「帝国大設立以来の大改革」(文部科学省)とい
われるが、市民からは「何が変わるのか分かりにくい」との声も聞かれる。国
の最高学府として歩んできた大学は、法人化でどう変わろうとしているのか。
北東北の弘前、岩手、秋田国立三大学を中心に、間近に迫った法人化の現状と
将来像を探る。

◇自主自立が柱

 国の運営交付金などを財源に、自ら立てた目標・計画に沿って、自主的、積
極的に教育や研究を進める。これが法人化で目指す国立大の姿だ。

 文科省によると、法人化は(1)自主・自立的な運営(2)民間的な経営手法の採
用(3)学外者を入れた運営体系(4)非公務員型の弾力的人事(5)第三者評価の導入―
が主な柱。

 国は当初、大学改革を進める上で中央省庁が企画立案し、業績を評価する独
立行政法人への移行を模索したが、大学が自主的に特色ある教育研究が進めら
れるようにと、最終的に新法人の設立を選択した。

 弘前大の昆正博副学長は「これで将来的に特色ある学部編成やカリキュラム
設定ができる」と展望を描く。国立大の今後は手に入れた自由をどのように使
い、特色をどう生み出せるかで命運が分けられそうだ。

◇1法人1大学

 国の保護からの脱却と国内外での競争力養成を目指す法人化。一法人が一大
学を運営する狙いについて、文科省は「大学改革と大学間競争を活発化させる
ため」と説明する。

 一方、国立高等専門学校は四月一日から一つの独立行政法人が八戸高専など
全国五十五高専を運営する。大学とは違い、人員や財源に制約があることから、
「横の連携を持たせ、人事交流を活発化させる」(文科省)ことで改革を推進
する。

 改革の背景には、国が大学を養っていけなくなった財政状況の悪化が挙げら
れる。文科省は「再編・統合は進めるが、淘汰(とうた)ではない」と強調す
るものの、現在の大学分布図が将来的に見直される可能性は極めて大きい。

 国の「護送船団」から離れ、単独で荒海に船出する各大学。法人化の転機は、
大学個々の実力が試される"真剣勝負"の始まりでもある。(青森支社・福山拓
司)

2. 転機 教職員に意識改革迫る

(2004/03/22)

 全国の国立大学では、法人化後の新体制に向けた移行準備作業が最終段階を
迎えている。見た目の変化はないが、法人化は運営組織の枠組みだけでなく、
教職員に意識改革を迫る大きな転機でもある。平山健一岩手大学長は「革命的
ではないが、少しずつ確実に変わるだろう」と予測する。

◇研究が今後左右

 国立大学法人の主な財源は国の運営費交付金だが、授業料と付属病院など関
連施設からの収入も大学経営に欠かせない要素だ。

 だが、新年度は弘前、岩手、秋田の三大学とも授業料値上げは予定しておら
ず、学生や親には直接的な影響はないとみられる。

 大学にとっては国や日本学術振興会の科学研究費補助金も重要な収入源だ。
優れた研究が特色を生み、学生を呼び込む。独創的な研究テーマの発掘が大学
運営の今後を左右することになる。

 遠藤正彦弘前大学長は地方大学のぜい弱な財政状況から「全教員が研究のレ
ベルアップに意識を向けなければならない」とし、研究資金の確保に強い意欲
を示す。

◇学長の権限強化

 国立大学法人は運営方針や予算、施設・教職員の管理が学長に集約される。
現在は評議会や教授会を中心に決められているが、学長の権限強化で迅速な経
営判断が期待されるという。

 岩手大は昨年一月、業務調整や地域へのPRを進めるため、法人化準備事務
室を設置し、教職員一丸で組織の見直しに取り組む。抱える事務量は膨大だが、
高橋正雄副室長は「誰も経験したことのない重要な仕事」と誇らしげだ。

 法人化への移行作業は新しい大学に対応する自覚を教職員に促す絶好の機会
にもなっている。

◇学外に目を

 運営費交付金は国民の税金から出ている。そのため、学術研究を社会に還元
する「地域貢献」が新たな責任として大学に課せられる。

 神田健策弘前大副学長は「これまでは学外と無関係でいようと思えばいられ
た」と、従来の大学の体質を指摘する。

 教員が学内にとどまらず、積極的に学外で活動する欧米を例に、法人化を大
学教員の意識改革の好機と期待する。「経済的、精神的に豊かな社会を目指し、
今こそ積極的に動くべきだ」。神田副学長は言を強めた。


3. 特色 ハイレベルの学力確保

(2004/03/23)

 急激な少子化の進行で、高校を卒業する生徒数と大学の定員が同数となる"大
学全入時代"が間もなくやってくる。

 特段の努力をしなくても学生が集まるのは、もはや過去の話になりつつあり、
国立大といえども、大学が学生に選ばれる時代。「法人化のスタートは横並び
の状態」(遠藤正彦弘前大学長)だが、法人化に伴って創出される特色は、果
たして学生をひきつける新たな魅力となるのだろうか。

◇品質保証

 「志願倍率が大幅に下がっている」。今年の二次試験前期日程の志願状況に、
神田健策同大副学長は危機感を募らせる。少子化による受験者の減少は年々深
刻さを増すばかりだ。

 学生の確保に向け、弘前、岩手両大学はいずれも学生の"品質保証"をキーワー
ドに掲げる。

 遠藤学長は「学生や保護者の大半は卒業後の就職に関心を寄せている」と語
り、学生に確かな教育を提供することで、大学の魅力や存在感を地域社会と企
業にアピールできる―と読む。

 平山健一岩手大学長も「発展的な研究を進めるには基礎がしっかりとしてい
なければ」と力説。発展が著しい中国産業との対抗を視野に「安い人件費に負
けない産業基盤づくりを目指す」と意欲をみせる。

◇基本に立ち返る

 大学が打ち出す特色の一つには学部・学科の再編成も考えられる。岩手大は
「将来的に農学と工学、文系の三本に絞りたい」(平山学長)と、学部再編の
検討を急ぐ。

 自主・自律を重んずる国立大は今後、学部・学科のスクラップ・アンド・ビ
ルドが戦略となり、「学ぶ目的のない学生は大変になるだろう」(昆正博弘前
大副学長)との指摘が真に迫って聞こえる。

 遠藤、平山両学長が指摘するように、法人化後の国立大は先進的な研究のみ
をアピールする派手さは必要としていない。「安価な授業料で確かな学力を提
供する」という基本姿勢を堅持しながら、学生の確保を目指す構えだ。

 国立大を取り巻く現状について、遠藤学長は「中央はバケツで金をくむが、
地方は耳かきですくう状態」としながらも、「基本に立ち返り、いろんなこと
を積み重ねて魅力をつくり上げたい」と言い切る。大学の模索は始まったばか
りだ。


4. 使命 ニーズ把握し社会貢献

(2004/03/24)

 国立大の本分は教育と研究だが、法人化後は「地域貢献」が新たな役割とし
てクローズアップされる。国から独立するものの、主な財源は運営費交付金と
いう国民の税金で賄われるからだ。「社会還元」という使命を背負う国立大。
その取り組みは外部からの評価基準の対象にもなる。

◇連携モデル

 地方の国立大にとって周辺自治体との連携強化は、地域に貢献する上で重要
なポイントとなる。遠藤正彦弘前大学長も「自治体へ、積極的に働き掛けてい
く必要がある」と強調する。

 弘前大は今年一月、鯵ケ沢町と地域連携総合推進研究会を設立、行政や農業、
医療などの各分野で協力体制を整えた。自治体と国立大の連携モデルとして、
他の市町村からも注目を集める。

 また、社会連携分野を担当する同大理事に、学外の財団法人21あおもり産
業総合支援センター専務理事を起用した。地域のニーズを把握し社会に貢献し
よう―という意気込みの表れと言えよう。

 県庁所在地にない弘前大は、その地理的な条件から県庁とのつながりが薄かっ
た。神田健策同大副学長は「確かに双方向のやりとりは弱かった。もっと協力
してできることがあるはず」と反省、県との関係強化を課題に挙げる。

◇一丸となって

 鯵ケ沢町との研究会設立は、別な意味で弘前大にとって大きな転機となった。
人文学部や農学生命科学部など複数の学部が同じ目標に向かう研究は、これま
で皆無といっていい状態だった。

 障害となっていたのは各学部の強い自治意識だった。神田副学長は「学部単
体や教官個人が外に働き掛けることはあっても、大学全体ではなかった」と、
学部間の敷居の高さを率直に認める。

 学部を超えた共同研究は、研究助成金を獲得するうえで大学の大きな武器に
なりそうだ。

 地域社会にとっても、大学は敷居の高い存在だった。大学が持つ資源や研究
の内容が一般に知られておらず、大学側も常に受け身の姿勢だった点は否めな
い。「地域が経済的、精神的に豊かな社会を目指すための支えを大学が担うべ
きだ」と神田副学長。法人化は自治体との敷居を取り払い、真に産学官が歩み
寄るきっかけとなるか―。


5. 連携 地域が求める結集体に

(2004/03/25)

 弘前、岩手、秋田の三国立大学が、再編・統合を視野に協議を進める北東北
国立三大学連携推進会議。各大学とも法人化への移行作業を優先させた結果、
話し合いは昨秋から停滞しているが、新法人発足以降、再び本格化するものと
みられる。三大学が目指す連携のかたちとは―。

◇決意の表れ

 昨年九月、弘前市のホテルで三大学長が「強い連携」を確認する覚書に調印。
遠藤正彦弘前大学長は「三大学の決意の表れ」と胸を張った。

 覚書は単位互換や共同研究、地域貢献に協調して取り組む―との内容。法人化
後も親密な関係を維持する―というのが狙いだった。

 「大学同士がつぶし合う状況では駄目だ」(平山健一岩手大学長)。三大学
とも、連携の今後に大きな期待を寄せる。

 大学間に物理的な距離の問題があることは確かだが、三浦亮秋田大学長は
「まずは、良好な人間関係を築くことが大切」と強調。

 教職員が互いに信頼を深め、優れた人材を出し合い、研究のレベルアップを
図ることが、三大学が目指す「強い連携」の姿という。

◇06年度までに結論

 焦点の再編・統合について、三大学はそれぞれ運営指針とする中期目標・計
画の第一期前半となる二○○六年度までに、結論を出すことを申し合わせてい
る。

 複数の学部を抱える大所帯の大学にとって、再編・統合は少子化に伴う学生
数の減少に対応するためにも避けられない関門だ。定員割れを起こせば、授業
料や交付金に悪影響を及ぼし、現在の態勢を維持できない恐れが生じるからだ。

 「一県一大学は未来永ごうは存続できない」(神田健策弘前大副学長)との
見方も、現実味を帯び始めている。

 ただ「結論ありきで進めた結果、地域のマイナスになるなら止めるべきだ」
(三浦学長)「互いが自立できなければ、合併は無理」(平山学長)というよ
うに、時代の流れだけに身を任せた協議には、おのずと限界が付きまとう。

 学生数が減り続ける以上、三大学の再編・統合は避けられない。だが、地域
社会は単なる数合わせではなく、三大学の「優れた能力の結集体」としての再
編・統合を求めている。 (青森支社・福山拓司)