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新首都圏ネットワーク


BNN 2004年3月30日付

国立大法人化 北海道大学教官の「憂鬱」 第5回

文: 浅野 

 法人化の閣議決定後、聞かれなくなった反対の声。

 最終回となる第5回は、北海道大学教官5人に、法人化に対する大学の反省と
変化を聞く。


 ――文部科学省はそもそも法人化で国立大をどう改革させたいのか。

 E 文科省が"本社"となり、各国立大が"支社"となるといったが、文科省が
4月以降も本社であることは変わらない。

 A 文科省自体は、本音で全国に現在88校ある国立大を減らしたいと思って
いるわけではない。長年予算を注ぎ込んで揃えた国立大を、基本的には自分た
ちが所有していると思っているためだ。だから、法人化する4月以降も、文科省
が指標化を行い、方針を決めたいという姿勢を示しているが、政府全体の中で
は、文科省にやらせていてはだめだという見方が強い。中でも経済産業省や総
務省は、文科省から国立大を引き離そうとしている。

 そのため、経産省や総務省は、文科省が全国立大を評価するのでなく、評価
自体を多元化しなさいと言っており、民間機関に評価の指針をつくらせている。
また、産業筋、財界筋から見て現在の国立大が望ましくないのは、文科省の配
下にあるからで、自分たちが国立大をコントロールするシステムをつくりたい
というのが本音だと考える。

 D だからこそ、文科省は当初、法人化への移行を反対していた。このまま
いくと国立大が取り上げられてしまうと危惧したのだろう。もちろん自分たち
の天下り先がなくなるという危惧もあったのだと思う。

 E 市場原理と言い出したのも、経産省や総務省が口を出しやすくするため
にすぎない。それを良い言葉に変えると産学官連携になる。

 D 産学官連携自体が悪いと思わない。産業、経済に役立つことが大学の優
劣を判断する唯一絶対の基準となっていることが問題。

 A これまで産学官連携を全面的に打ち出してきた人が、この期に及んで
「今の産額官連携はひどすぎる。やはり大学には個々の価値や本来的な使命が
あり、それを変える法人化はおかしい」と方向転換している。

 また、イタリアのナポリという都市を例に上げ、「人口30万人の都市にもか
かわらず、およそ30の大学があり、博物館も200館ほどある。文化や伝統に対す
る取り組みは、人口規模や産業的価値とは無関係に必要だと多くの人が理解し
ていることの表れだ。一方、日本は文化や伝統が育たず、全て経済的な価値で
判断されている。そこに疑問を感じる」とも指摘している。

 D こういう人たちが法人化を推進しているときは、大学を過大評価しすぎ
ていたのではないか。実際に動いてみて、ここまで大学に見識がなかったのか
と、がっかりしたのだと思う。

 ――大学内部での法人化に対する認識は。

 E 大学内部でみると、法人化後、何も変わらないだろう、直接的な影響は
ないだろうと思っている人が結構多いはずだ。

 D この点が法人化に対する論議が盛り上がってこなかった要因の一つ。本
当に無関心な人がいる。

 E 例えば、大学教官の仕事は、授業、自分の専門分野の研究、大学の管理
運営になる。この3つが分裂し、今後の管理運営は理事者が、教育は担当者がそ
れぞれするようになり、自分は研究だけとなれば、それでもいいと考える人は
当然いる。

 A そうした点からすると、大学にも反省すべきところがある。4、5年前は、
法人化に対し教官全員が反対していた。学長会議においても、ほとんどの国立
大学長が反対し、国大協という団体も反対していた。ところが、99年4月に国立
大法人化が閣議決定された途端、反対の声が弱まった。

 以後、各大学は、いかに法人化の中で生き残るかということのみに神経をと
がらせはじめた。一部、見識を持った大学長が反対の姿勢を貫いていたが、大
学全体としてみると、これまでの主張はなんだったんだろうということになる。
昨日まで言っていたことを簡単に覆すようでは、社会的に信用されない。

 ――法人化によって学費はどう変化していくのか。

 E 政府は、学歴が上がれば卒業後に得をするんだから、借金してでも大学
に入り、スキルアップして、社会に出てから自分でかかった費用を稼ぎなさい
という受益者負担的な考えを、70年代頃に打ち出している。そのため授業料は
年々上がり続けている。

 我々が入学した頃の北海道大学の授業料は年間1万2,000円。今では年間52万
円にも増えている。それだけに、現在北大に通う学生の親の平均収入は非常に
高い階級となる。

 D しかし、入学希望者全員の親が、年間52万円の学費を納めることができ、
入学前にかかる塾などの予備的な教育費を投じるだけの能力があるかといえば
そうではない。以前の国立大は、授業料を安くして機会均等という考えに沿っ
ていたが、今後、そういうことはなくなってしまう。

 A 昨今、勝ち組、負け組という言葉が多く使われる。この言葉に当てはめ
ると、もともと勝ち組だった親の子どもが、学費のかかる大学に入って、さら
に勝ち組になり、もともと勝ち組だった大学もさらに勝ち組になる。法人化は
こうした流れを一層、強化するシステムだ。

 これまでは、勝ち組、負け組が出ないように、どこかでバランスがとられて
いたが、そうした措置もなくなる。競争した結果、勝つ人、負ける人が出るの
は仕方がない、負けた国立大、学生は努力が足りなかった、やり方が悪かった、
自己責任だというように、負けた側に責任が全て押し付けられてしまう。

 人間の価値観全体がマーケティングメカニズムによって決められる。こうし
た根本的なところから批判する必要がある。これはもう国立大だけの問題では
ない。

 E 市場原理で価値が決まる部分は、人間の社会生活の中でほんの一部にす
ぎないはずだ。