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新首都圏ネットワーク


『日本経済新聞』夕刊 2004年3月24日付

厳しさ増す非常勤講師
苦しい大学経営、女性を直撃

突然、契約打ち切り
出産で解雇、セクハラも

 少子化による入学者の減少などで大学経営が冬の時代を迎えつつある中、厳
しい立場におかれているのが非常勤講師だ。とくに全体の半数強を占めるとみ
られる女性講師は、相次ぐ学科縮小や出産などの事情で契約を打ち切られるケー
スが増えている。彼女たちの現状を追った。

 昨年暮れ、東京都内に住む大学の非常勤講師A子さん(40)宅に一通の封書が
届いた。「諸般の事情により、来年度の授業の継続については、見送らせてい
ただくことといたしました。あらかじめご了承ください」

 A子さんが、フランス語の授業を受け持つ都内の私立大学からの契約打ち切り
通告だった。A子さんはその大学に六年勤務。契約は一年ごとの更新だった。打
ち切りについて「ついに」と「やっぱり」という思いが交錯した。というのも、
A子さんが知っている他の非常勤講師にも最近、同様の通知が舞い込んでいたか
らだ。

 「語学や一般教養を教える非常勤講師は、働く場がどんどん少なくなってい
るのが現状」。首都圏大学非常勤講師組合の志田昇委員長が説明する。志田委
員長によると理由は二つある。

 一つは、一九九一年に大学設置基準が改正され、教養部を廃止する大学が増
えたこと。現在、国立大学の中で教養部があるのは東京医科歯科大学の一校を
残すだけとなった。第二外国語の必修を取りやめる大学が出てきたことも同基
準の改正に由来する。これに加え、大学や学生側が英会話などを中心にした実
学志向を強めたことも大きい。慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスなど有名大学
の中には、民間の外国語学校に語学の授業の運営や、カリキュラムの作成を委
託するところも増えている。

 「語学などの文科系科目は、女性講師が多いのが特徴」(志田委員長)でも
ある。フランス文学とフランス語を専門とするA子さんは、まさにそのケース。
この影響をもろに受けた。A子さんの場合、ピーク時に週五コマ持っていた授業
数は現在二コマまで減っている。

 「紙切れ一枚で首を切られるのは悔しい。でも、時代の流れなので仕方な
い」。A 子さんはあきらめを口にする。女性講師の場合、大学教育の方針転換
だけではその苦境を説明できない面もある。

 「非常勤でよかったじゃないか。この際、育児に専念してのんびりしたら」。
埼玉県内の大学などでドイツ語の講師を務めるB子さん(37)は、同じ学科の教
授に言われてがくぜんとした。三年前、妊娠したことを相談した時だ。

 非常勤の場合、産休、育児休暇が服務規程にない場合が多い。大学に出産の
ための休暇を申請したところ反応は教授とほぼ同じで、即刻、解雇となった。
出産から二年後、別の大学に職を得たが、その間のブランクは大きかった。

 身分保障のない非常勤に妊娠、出産は死活問題。「授業に影響が出ないよう、
年度末に近い一月に出産するよう調整した」(法学を教える42歳)という女性
もいるほどだ。

 弱い立場につけこまれたセクシュアルハラスメント(性的嫌がらせ)も女性
講師特有の悩みだ。首都圏非常勤講師組合が実施したアンケート調査で「上司
などからの嫌がらせを受けた」と答えた人のうち、一五%が「性的嫌がらせ」
だった。「懇親会などでのセクハラはざら。ただ、契約の継続や常勤採用への
妨げになることを心配し、声を上げる女性は少ない」(39歳の講師)

 賃金面に関しては、待遇改善を図る動きもある。昨年九月、文部科学省は私
立大学の非常勤講師の補助単価を五割アップすることを表明。また、四月の国
立大学の独立行政法人化に伴い、多くの大学が非常勤講師の給与カットを計画
していることを受け、同省は十五日、専任講師とのバランスを欠くような取り
扱いはしないよう大学に通知した。

 事実、ある国立大に勤務するC子さんは昨年末、大学側から独立行政法人化に
伴い四月から給与を約二割削減すると電子メールで通知されたという。幸い、
C子さんの場合、組合が大学側と交渉を重ね賃金カットは撤回されたが、多くの
国立大学で昨年秋ごろから、同様の通知が送られているようだ。

 労働経済学が専門の昭和女子大学の木下武男教授は「私立大学の場合、非常
勤が語学系教員の六割を占めるともいわれ、大学教育の底辺を支えている。に
もかかわらず賃金も低く、雇用も安定しない現在の待遇は使い捨てにしている
としか言いようがない」と指摘。特に女性については「専任講師に採用する教
授らの側にも、まだ男性を優先する風潮がある」(木下教授)。そのうえ専任
講師への就職時期が結婚、出産と重なる例も多く、研究者としてキャリアを積
む上で、女性は二重の障壁を抱えているようだ。

 文部科学省によると、教授や助教授、専任講師などの常勤職を持たず、主に
非常勤で生計を立てる「専業非常勤講師」は全国に延べ六万六千人程度。この
中には数校を掛け持ちする講師もいるので、実数はその三分の一ほどと見られ
ている。

 勤務実態については、首都圏大学非常勤講師組合などが二〇〇二―二〇〇三
年にかけて実施したアンケート(約四百八十人が回答)に詳しい。非常勤のう
ち女性が占める割合は五七%だった。

 待遇の厳しさも浮き彫りに。平均年収は二百八十万円で、教授など専任教員
との賃金格差は五倍近くにもなる。そのうえ大半の大学で授業、研究関連の出
費に対し公費は支給されず、資料購入代などに年額二十九万円程度を自己負担
している。

 「生活や研究を支えるため、予備校などのアルバイトと掛け持ちする人が多
い」(志田委員長)という。契約打ち切りを経験した人も四八%に上った。最
も多い理由が「科目がなくなったから」で、雇用が不安定であることを示して
いる。

大学非常勤講師の労働条件でもっとも不満な点(3つ選択)(%)
賃金が低い                    74
雇用が不安定                   61
健康保険・年金がついていない           41
研究者として扱われていない            38
施設が不十分                   24
教学上の権限がない                19
クラスの人数が多い                15
産休・育児休暇・病気休暇等の保障が充分でない   14
(注)首都圏大学非常勤講師組合など調査


非常勤講師の年収(%)
500万円以上        10
250万〜500万円      40
250万円未満        49
わからない          1
(注)首都圏大学非常勤講師組合など調査