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新首都圏ネットワーク


                        2004年3月16日

   裁量労働制の導入に関して

           山形大学人文学部教授  藤田稔(専攻:独占禁止法)

 裁量労働制についての議論がこのフォーラムでも行われていますが、私は、次の
ように考えておりますので、ここに問題提起を行います。

(1)大学教員への導入について:適法に導入できること

 裁量労働制を規定した労働基準法38条の3のみなし労働時間については、1週
の労働時間の全てをみなす必要はなく、必要な拘束時間を除いて、裁量労働時間と
みなすことができます。民間企業の適用対象となる業務でも、例えば、水曜日の午
後4時間は、会議に出席して成果を報告し会社の他の部署との調整を行うこと等と
義務づけることが、可能とされています。この4時間を除く時間が、みなし労働時
間の対象となるわけです。
 大学教員の場合にも、授業や会議への出席を義務づけ、これを除いた研究時間に
ついて、裁量労働のみなし労働時間とすることが、労働基準法38条の3の合理的
な解釈適用になります。私が、山形労働基準局について、問い合わせをしましたと
ころ、こういった解釈適用になるとのことでした。

(なお、裁量労働制の導入経緯等について、「国大協事第1号 平成16年1月7
日 国立大学協会第4常置委員会委員長 国立大学法人化に伴う就業規則作成に関
する課題への対応について(その2)」の「4 労働時間・休暇」の「(2)大学
教員の勤務時間」が参考になります。この文献について、まだ読んでいない労組関
係者は、それぞれの大学の事務当局からこの文書を入手して読むことをお勧めいた
します。)


(2)裁量労働に関する就業規則の細則を設けるべきである

 就業規則の親規則の部分には、裁量労働制を導入する一般的な規定があるだけだ
と思います。細則がどうしても、必要となりましょう。そこに何を定めるかです。
 私は、
 (1)教員の義務として、講義を行い、会議に出席することを定めることは、当然の
ことだと思います。この部分は、みなし労働時間から除外することになるでしょ
う。
 (2)入試センター試験の業務などに従事することも、教員の義務とすべきでしょ
う。この部分は、当然のことながら、みなし労働時間には算入されず、休日出勤で
業務に従事した場合には、割増賃金の支給対象とすべきことも、規則に盛り込むべ
きでしょう。
 (3)勤務場所が事業場に限定されないように定めるべきです。始業時刻・終業時刻
から研究を行う勤務日まで、教員が完全に自由に定めることができる旨、規定すべ
きです。裁量労働制の魅力はここにあるからです。これは研究の自由の獲得を意味
します。
 (4)上記の(3)に対応して、教員の義務が生じると思います。連絡先を大学の事務
局に明らかにしておくことです。緊急連絡の必要性も十分にあることから、これは
教員の義務とすべきでしょう。

 教員に裁量労働を導入するには、以上のことを定めた就業規則が必要だと思いま
す。これらの内容は、あるいは規則に書けるかまだ必ずしも明らかではないものも
あるかも知れません。だが、私は労働組合こそ裁量労働制の導入に積極的に取り組
むべきであって、上記の就業規則が作れないようならば、裁量労働制の制度的改善
を求めて、むしろ全大教として取り組むべきであり、全大教執行部が、文部科学省
と厚生労働省に対して、制度の改善を求めて交渉を行うべきであると考えます。


(3)成果主義賃金との関係について

 裁量労働制が成果主義賃金に結びつくから反対だとの意見も聞きます。だが、私
はこの意見には同意できません。
 まず、裁量労働制の導入が成果主義賃金の導入と必然的に結びつかなければなら
ないとの規定は、どこにもありません。両者は全く別のことであり、現在の給与体
系に何らの変更もなく、裁量労働制を導入しても、何ら法的問題はありません。労
働組合の対応としては、「裁量労働制の導入を求めつつ、成果主義賃金の導入には
断固反対する」といった対応もできるわけです。
 また、私は、成果主義賃金の限られた範囲での部分的な導入は、けっして悪いこ
とではないと考えています。例えば、賞与の部分で、「その年に高い研究業績をあ
げた場合には、最高100万円の賞与の割増を行う」といった成果主義賃金の部分
的導入は、研究の励みになるのではないでしょうか。世間的にも高い評価を受ける
研究業績を教員があげた場合には、当該教員の評価が高まるのみではなく、当該教
員の所属する大学もまた社会的評価を高めるものであり、こういった教員に賞与の
割増を行うという種類の成果主義賃金の部分的導入は、私は積極的に行うべきであ
ると思います。しかしこれには、労働運動の目指すべきものは何かという本質的問
題が関係すると思いますので、別に項目をたてて論じます。


(4)大学の労働運動は何を目指すのか

 今までの労働運動は、平等主義の色彩が強かったと思います。しかしながら、こ
ういった横並び的平等をもって運動の目的とする考え方は、悪く言うと、「できの
悪い教員の駆込み寺」となる側面もあるのではないでしょうか。何でも横並びが良
いことだという考え方で、得をするのは、できの悪い教員であり、エネルギッシュ
でどんどん仕事を行う優秀な教員は、損をすることになるのではないでしょうか。
その帰結は、優秀な教員は、労働組合は自分達の不利益を追求する組織であるとし
て、組合に加入しないという行動を引き起こすのではないでしょうか。私は、重大
な問題であろうと思います。
 私は、労組が「できの悪い教員の駆込み寺」であるという側面もあった方が良い
と思います。労組がそのような社会的役割を果たしてきた面は間違いなくあり、今
後もその役割を果たすべきだからです。だが、労組はそれだけの存在であってはい
けないと思います。むしろ、若く優秀で、エネルギーに満ちあふれた教員が、大学
における研究教育の環境を改善し、自らの高度な研究成果をあげる為の足がかりと
して、労組に加入し、労働運動に取り組むといったそういった労組でなければなら
ないと私は考えます。だがそうなると、労組の、結果の平等を目指した横並び主義
の面はもう少し後退すべきなのであって、機会の平等を求める側面をもっと強める
べきであろうと私は思うのです。
 横並び主義でいけば、成果主義賃金には全面的に反対ということになりましょう
が、労働運動の目的を考え直せば、賞与の割増といった次元での、成果主義賃金の
部分導入については、労組は賛成すべきであって、反対すべきではないと思いま
す。


(5)裁量労働制の導入にあたっては、一律導入はすべきでなく、議論を深めるべ
きである

 大学の教員の職場環境の面でも、文系・理系等、千差万別であり、裁量労働制を
一律に導入したり、一律に導入に反対するといった態度を労組は取るべきではない
と思います。職場によっては、単なる労働強化になるに過ぎない所もあるでしょ
う。そういった所では、断固、導入に反対すべきでしょう。あくまで当該学部学科
の教員が、それぞれ別個に裁量労働制の導入の利害得失を考えて、まずは組合内部
で広く深く十分に議論を深めることが必要なのだと私は思います。
 各大学でそろそろ労働基準法90条の過半数代表者の選出が進んでいると思いま
すが、過半数代表者になった方には、くれぐれも自らの単なる個人的意見をあたか
も教員を代表するかのように述べることのないように、慎重な対応を強く望みたい
と思います。

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FUJITA Minoru mfujita@human.kj.yamagata-u.ac.jp