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Academia e-Network Letter No 75 (2004.03.17 Tue)
http://letter.ac-net.org/04/03/17-75.php

━┫AcNet Letter 75 目次┣━━━━━━━━━ 2004.03.17 ━━━

【1】 石井紫郎氏論文「学術研究推進に関する諸問題」紹介記事
高等教育「大転換必要」 予算倍増が唯一の手段
科学新聞 2004.3.5

【2】 仏研究界、大荒れ  予算や人員削減に抗議
共同通信配信記事 2004年3月9日付

【3】「知性に対する戦いに抗して」
――フランスの科学研究者たちの集団辞職
西山 雄二(一橋大学博士課程:パリ第10大学博士課程)
意見広告の会ニュース113(2004.3.14) フランス便り(2)

━ AcNet Letter 75 【1】━━━━━━━━━━ 2004.03.17 ━━━

石井紫郎氏論文「学術研究推進に関する諸問題」紹介記事
科学新聞 2004.3.5
高等教育「大転換」必要 予算倍増が唯一の手段
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「研究推進に関する諸問題」 石井紫郎・東大名誉教授が論文

前総合科学技術会議議員の石井紫郎・東京大学名誉教授
は23日、科学技術・学術審議会学術分科会の基本問題特
別委員会で「学術研究推進に関する諸問題」と題する論
文を公表した。現在、同委員会で検討している国立大学
法人化後の学術研究の推進方策に関するもので、現在の
構造的欠陥を指摘した上で、高等教育経費の倍増や博士
課程学生に対する奨学金の充実などを論じている。


◆ 法人化では不十分 ◆

石井氏は論文の中でこれまでの日本の高等教育制度を振り返り、
キャッチアップ型教育が経済成長に大きく貢献したことを認め
た上で、大きな政策転換が必要だとしている。つまり日本は高
等教育をめぐる世界的な構造変化に対応して、真の意味での知
の創造の場としての大学等を体系的・多角的に支援する方向へ、
大きく政策転換しなければならない。それは単に我が国の持続
的発展にとってえ必要なだけでなく、全人類共通の課題として
の知の創造に国として取り組むことが国際的責務になっている
からである。

こうした責任を果たすには現在の財務状況を前提とした国立大
学の法人化では不十分であると指摘している。教育経費につい
ての予算措置が貧弱なこと、特に博士課程の学生に対する資金
援助が貧弱なこと、研究費がほとんど競争的資金に頼らざるを
得ない状態にあることなど、大学等の財政的は非常に脆弱であ
る。これに法人化が加わり、しかも毎年一律の経費削減、煩瑣
な評価等が課せられることになれば、改革は大学の知の創造の
場と反対の方向に導くものに傾くことになりかねないと指摘。


◆ 研究者志望の減少 ◆

日の当たる分野偏重、大学等の研究の基底部分の衰退、学問の
多様性喪失、分野間の淘汰のおそれ、大学共同利用機関や諸大
学附置の全国共同利用研究所が各法人の経営の都合で劣化する
危険。現在でさえみられる研究費あさりの激化、エンドユーザー
(企業)志向・短期決戦型の研究課題・計画の流行。研究者間、
研究組織・機関間の協力関係喪失。資源・情報・成果の囲い込
み。そして何よりも研究者志望者の減少と研究者のモラル低下
などの問題が生れる可能性を示唆する。

こうしたことが起きないようにするためには、欧米諸国に比べ
てGDP比半分という高等教育投資を倍増することが唯一の手
段であるとしている。それによって、博士課程は基本的に無償・
奨学金付与という国際水準達成、研究活動の基礎代謝部分を支
える基盤研究費の予算措置等を図る。これがなければ、現在す
でに学生が博士課程へ進学せず、就職の道を選ぶ傾向が著しい
日本の大学院・研究養成制度は崩壊すると警鐘を鳴らしている。


◆ 基盤校費の問題 ◆

さらに石井氏は、学術振興・支援システムの構造的欠陥につい
て詳述している。

国立大学の予算は 経常的部分と特別の事業費予算(例えばスー
パーカミオカンデの設置)に分類される。大学の教育研究の日
常的営みを支える財源は前者である。これは基盤校費というシ
ステムによるものだが、形式的には学生経費、教官研究費など
を積算根拠としているとはいえ、実勢価格を反映したものでは
なく、何年もの間金額は固定したままで推移してきた。しかし、
この積算根拠には含まれないものの、大学が大学として成り立っ
ていくために必要な経費、例えば定員削減に伴う人手不足を補
う人件費等は含まれていない。また、教官研究費として積算さ
れている金額も大学全体、部局(研究科・学部)、学科・専攻
等々が、必要な経費を差し引いたものが各教官に配分されるに
過ぎない。さらに、この基盤校費はいわゆる形式的平等主義を
排し、学長のリーダーシップによる戦略的経営を可能にするた
めの学長裁量経費の財源にされたので、各教官に配分される研
究費は大幅に減少した。

学生経費は元来、積算根拠としても微妙な額しか計上されてお
らず、他の目的への支出が増大するにつれ、学生教育にまわる
金額は極めて少ない。文科系でも授業の教材・資料(アメリカ
のロースクールでは新しい判例等、毎回数十頁に及ぶ資料が無
料で配布されるのが普通)は学生に経費負担されるのが原則と
なっている。理科系においては、実験用の教材・薬品の費用を
いかに調達するか、各教官が最も苦心するところであり、なけ
なしの研究費がそれに消えてしまうのが常識となっている。


◆ 「競争的資金」偏重 ◆

他方、確かに科学研究費補助金等、いわゆる競争的研究資金は
それなりの伸びを見せているが、種々の問題がある。第一に科
学研究費を除くと、ほとんどの競争的研究資金が特定分野の研
究開発を目的としたおのであり、学術としての基礎研究への資
源配分の役割を果しているとは言い難い。

第二に科学研究費補助金そのものの規模が十分ではないため、
採択率が20%台と著しく低い。教育研究活動の基礎代謝を支
える経費(基盤校費)にさえ事欠く状態で、しかも科研費がこ
の状態であるとすると、教育研究が財政的に可能な教官は全体
の約半分だということになる。

第三に基礎代謝を支える経費にさえ事欠く状態のまま競争的資
金のみが措置されるという構造そのものが持つ問題を指摘しな
ければならない。競争的資金は特定の研究課題を推進するため
に申請し、措置されるものであるはずだが、この構造のものと
では、いわば資金が「赤字補填」の役割をも果たすことにもな
りかねず、本来の趣旨に反する結果になりかねない。科研費が
とれないと大学院生の教育ができない、という言葉は理科系の
研究者からしばしば聞かれる。むろん大学院学生が科研費を得
た研究課題の研究チームの一員として研究に参加することによっ
て育成される(いわばOJT)ということは大いに考えられる
から、これを「流用」と決めつけるわけにはいかない。しかし、
そのOJTは大学院学生が独立に問題設定し、研究を進め、そ
れを教官が指導するという本来の大学院教育ではなく、学生の
自立性・独創性の涵養という観点からは問題であろう。


◆ 体をなさぬ大学院 ◆

その点、博士課程の学生に対する奨学金(DC特別研究員制度)
は学生自身に研究費が措置されることとなっており、極めて優
れたプログラムだが、採択率が極端に低く、申請する意欲さえ
わかないという声をしばしば聞く。ポストドクトラル・フェロー
シップ(PD特別研究員制度)の充実もさることながら、そも
そも大学院への進学の意欲を学生に持たせない限り、PDその
ものが成り立たないという当たり前のことから解決していかな
ければならない。

いずれにしろ、研究者人材養成システムとして大学院を見た場
合、日本の大学院はほとんど体をなしていないといっても過言
ではない。

━ AcNet Letter 75 【2】━━━━━━━━━━ 2004.03.17 ━━━

仏研究界、大荒れ  予算や人員削減に抗議
共同通信配信記事 2004年3月9日付
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【パリ8日共同】フランスの公的研究機関の研究者団体は、政
府の研究費や定員の削減に抗議して9日、24時間ストを行い、
全国各地でデモを行うほか、数百人の研究管理職が一斉に管理
職を辞任する。研究機器や資材調達の決裁ができなくなって研
究が止まる事態も予想され、研究界は大荒れの状況だ。

抗議行動は、研究者団体「研究を救おう」の呼び掛け。予算増
と定員増を求め、公的研究機関の計10万4000人のうち、
国立科学研究センターなどの研究者6万3000人が署名に参
加した。

管理職の辞任は、たとえば学部長を兼任している教授らが、学
部長の部分だけについて辞表を提出するという。

フランス政府は2002年に研究費の一部予算の執行を凍結し、
03年予算は前年比0・9%削減。今年は研究職の公募数も大
幅に削減した。

━ AcNet Letter 75 【3】━━━━━━━━━━ 2004.03.17 ━━━

意見広告の会ニュース113(2004.3.14) フランス便り(2)

「知性に対する戦いに抗して」
――フランスの科学研究者たちの集団辞職
西山 雄二氏 (一橋大学博士課程:パリ第10大学博士課程)

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OHOKA BLOG(大岡聡氏サイト) http://so.air-nifty.com/ohoka/
に写真付掲載:http://so.air-nifty.com/ohoka/2004/03/post_1.html
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3月9日――フランスの研究活動の状況改善を呼びかける署名運
動「研究を救おう!」が告知していた日がやって来た。この日、
政府側が研究者の要求、すなわち、過去の予算凍結分の支払い、
若手研究者のポスト増設、そして、研究活動をめぐる全国規模
の討論会の開催を受諾しないかぎり、科学者たちは集団辞職を
行なうことになっていた。全国各地で抗議集会が開催されたが、
パリでは正午から市役所裏手の広場に数千人の参加者が集った
(警察発表5300人、主催者発表13000人)。市役所の祝宴場(!)
で集団辞職をめぐる最後の意見調整がなされ、全国から届けら
れた郵便やファックスでの辞職届が集計された――社会党のド
ラノエ・パリ市長は「研究者の大義は高邁かつ正当なものであ
る」として、寛大にも市役所の一室をこの前代未聞の儀式のた
めに提供したのだった。その窓の下では、参加者たちが「辞職!
辞職!」とシュプレヒコールを連呼し、楽器を用いたり金物を
叩いて抗議の騒音を鳴らしていた。白衣の作業服を着た若い科
学研究者たちの姿がひと際目につく。そんななか、突然、葬送
行進曲が奏でられ、黒い風船で縛り首になった研究者が群衆の
中を通り抜けるパフォーマンスが演じられた。集会参加者の数
が増し、喧騒が大きくなる中、集団辞職の時間が迫って来てい
た――。

1月29日の研究者のデモ以降、研究活動に対する運動に社会的
関心は徐々に高まってきた。雑誌「レザンロキュプティブル
(Les Inrockuptibles)」はフランスの若者に人気のある、映
画・音楽・演劇・文学などの芸術一般を対象とする週刊誌だが、
同誌は2 月18日号で「知性に対する戦いに抗するアピール」と
署名者8000名のリストを発表した。署名リストには哲学者ジャッ
ク・デリダ、エチエンヌ・バリバール、ジャック・ブーヴレス、
社会学者アラン・トゥーレーヌ、映画作家フランソワ・オゾン、
クロード・ランズマン、左派政治家ミシェル・ロカールを初め
として、教員や研究者、弁護士、芸術関係者、精神分析家など
「知的職業」に携わるさまざまな人々が名を連ねている。同誌
の記者とラジオ局フランス・キュルチュールの関係者が発起し
たこのアピールは、現政権を「短期的にみて非生産的、無益あ
るいは非常識的だとみなされるありとあらゆる類のものを貧弱
にし不安定にする点で極めて首尾一貫している政治」だと批判
している。「国家による新たな反知性主義」を告発するこの呼
びかけは、実効性を追求する権威的リベラリズムにもとづくラ
ファラン政府に抵抗する各潮流を一つにまとめ上げている。つ
まり、「研究を救おう!」を中心として抗議活動を続ける研究
者、昨年から文化活動予算の削減に激怒し続けている芸術関係
者――昨年は各地で夏の芸術祭の開催中止が相次いだが、彼ら
の抗議行動は現在まで長く続いている――、そして、治安維持
の名目で警察権力を拡大するペルベン法に強く反対する弁護
士――2月上旬には大規模な弁護士のデモ行進が行なわれたば
かり――に共同戦線が提供されたのである。

3月9日の研究者集団辞職を前にして、ル・モンド紙は3月上旬
からほぼ連日、識者の論説を掲載し、研究者の運動に比較的多
くの紙面を割いてきた。とりわけ、3月3日付の同紙は世界の研
究活動を比較・検討する8頁の別冊特集を折り込んだ。アメリ
カへの頭脳流出は高額給与、充実した研究補助金、機能的な研
究設備、秘書や助手による事務作業補助といった数々の魅力に
よるものとし、フランスにはポスト・博士課程の社会的ステー
タスの観念が欠落していることも報告されている。日本の研究
活動には概して、羨望の眼差しが向けられる。政府が研究活動
を国家の優先項目としており、不況にもかかわらず研究予算が
大幅に増えている、野心的にも2050年までにノーベル賞を50個
獲得すると豪語している、という具合だ。だが、私見では、大
学研究の予算比較に関して、フランスの国立大学の授業料がほ
ぼ無料であるのに比べて、日本では授業料が高額なのだから、
いくつかの前提条件を抜きにして研究予算だけを単純に比較し
て判断を下すことは難しいように思われる。記事は今年4月か
らの国立大学の独立行政法人化にも触れてはいるものの、「研
究者は私設研究所での共同研究にさらに参加しやすくなる。
(・・・)最終的には、この改革によって実績に応じた報酬が
間違いなく大学のなかに導入されるだろう」と、残念ながら当
り障りのない書き方にとどまっていた。

さて、研究者と政府の対立が高まるなかで、大御所の科学研究
者が仲介役を果たした。3月9日、ノーベル賞受賞者の生物学者
フランソワ・ジャコブと化学者ジャン=マリー・レーン、そし
て、数学者ピエール=ルイ・リオン、パストゥール研究所所長
フィリップ・クリルスキーの四人が、フランスの研究体制を批
判的に分析し、建設的提言を盛り込んだ文書「フランスの研究
活動に新たなる発展を!」を発表したのだ。この長文テクスト
は「研究を救おう!」の主張を支持しながら、フランスの研究
体制が危機に直面していることは事実であり、この機会に抜本
的な改革を進めるべきだとしている。四人の重鎮たちによれば、
問題点は、フランスの研究体制が過度に中央集権化しておりそ
の構造が不安定であること、また、給与・研究費・人員数といっ
た点で研究者の作業環境が悪化していることにある。ただし、
彼らの提案する「即効性のある対処法」は厳しい内容だ。それ
は、厳正かつ信頼のおける価値評価基準の設定、優秀な研究者
への報酬の増額、固定研究員と契約研究員の人員比率の良いバ
ランスを計ることなどである。彼らの解決策とはすなわち、研
究活動におけるフランス的エリート主義から能力主義への移行、
業績主義の徹底化であった。

また、同日9日、科学アカデミーは「研究を救おう!」グルー
プとともにある委員会を設立した。提案者の名前を取って「ボ
リュ―ブレザン委員会」と名づけられたこの会は科学者・非科
学者を含めて30人ほどからなる集まりで、2004年末の政府の研
究計画案に対して提言を行なうことを本義とする。委員会は科
学行政をめぐる全国的な討論会を組織し、フランスの研究活動
の改革案を独自に練り上げていく意向だ。「研究を救おう!」
の代表者アラン・トロトマンは、この委員会のおかげで政府と
研究者が研究活動を協議するひとつの場所が確保されたとして、
科学アカデミーに感謝の意を表明した。

とはいえ、概観してみると、研究者側と政府側の交渉は明らか
に難航していた。ラファラン首相は3月5日、科学アカデミーの
議長・副議長と会談し、2005-2007年に年間10 億ユーロを研究
に投資することを提案したが、その財源は曖昧なままだった。
首相が提示したコミュニケについて、3月6日、「研究を救お
う!」グループは、「首相のコミュニケは具体性に欠け、何一
つ新しいところがない」として全面的な拒絶姿勢を明らかにし
た。彼らは若手研究者のために、「2000万ユーロの費用で2004
年度に削減される550 のポストを維持すること」を単純明快な
第一の争点としている。だから彼らの眼からすれば、今年度の
2000万ユーロの予算も約束できないのに、2005年から年間10億
ユーロ投資すると言われても納得しようがない。それに、研究
活動に対する年間10億ユーロ程度の財源確保は既に2000年にシ
ラク大統領が宣言していたことだった。

なるほど、保守派は「アメリカの研究者はノーベル賞をとるの
に、フランスの研究者は署名をとるのか」、「この半世紀のあ
いだ、左派知識人は自分の教義を信じない者たちを片っ端から
呪ってきただけだ」と揶揄したが、しかし、世論は意見を異に
しているようだ。調査機関CSAの世論調査によると、82%が研
究者の運動への支持を表明し、77 %が研究部門に対する政府
の取り組みが不十分だと答えているのだ。「研究を救おう!」
にはいくつかの大学や教員組合が当然ながら支援を表明し、ア
メリカのナショナル・アカデミー、イギリスのロイヤル・ソサ
イエティの研究者たちからも支持の声が上がった。政府の最終
的な見解はというと、9日付のリベラシオン紙が掲載したラファ
ラン首相のインタビューによれば、政府は研究予算を「犠牲」
にしたことなどなく、研究者の要求に耳を傾けて十分な取り組
みを行ったとして、「取引には応じない」と断固たる姿勢を示
している。集団辞職に向けた最終局面において、この「取引」
という言葉は「研究を救おう!」グループを完全に激怒させた。
研究者たちは集団辞職を「既に決断している」のだから、彼ら
の行為を「取引」と形容することはスキャンダラスに聞こえた
のである。

さて、科学者の管理ポスト集団辞職と聞くと学術的な大混乱を
予想してしまうが、必ずしもそうではないようだ。実際、「研
究を救おう!」のHP上では、集団辞職は重大な行為だが、「研
究所が直ちに無秩序状態に曝されるわけではない」と事前に告
知されていた。というのも、まず、辞職願を提出して研究所所
長が書類を受諾するまでに一定の時間が必要だからだ。そして、
「研究を救おう!」はその後の三つのシナリオを想定している。
まず第一に、辞職願が受理された場合である。この場合、研究
チームは解散され、安全管理という理由で研究施設は即刻閉鎖
されてしまうため、あまり有効な戦略とはいえない。第二に、
辞職願が拒否された場合である。この場合、辞職提出者は研究
所の管理運営に対するストを打ち、さらには業績評価業務に対
するストが行なわれ、研究機関はある程度混乱するだろう。た
だし、博士論文審査や雇用斡旋などの点で若手研究者に絶対に
不利益が被らないことを鉄則としてである。第三に、辞職提出
者の代わりに、研究所が代理責任者を任命する場合である。し
かし、これほどの社会的抗議運動を前にして、後任者が管理ポ
ストにすんなり着任することは困難だろう、と「研究を救お
う!」グループは見越している。ともかく、集団辞職の影響は
まず第一には研究現場の混乱ではなく、象徴的効果がフランス
社会にもたらされることだろう。

集団辞職という決断に半信半疑の私も、9日の抗議集会会場で、
「辞職といっても次のポストを確保した上での辞職では?」と
何人かの参加者に問い質した。彼らは真剣だがどこか余裕のあ
る表情で、「もちろん兼職している研究者にとっては管理職ポ
ストを失うだけだが、それでも収入は減ることには変わりない。
それに、兼職していない多くの研究者にとって、これは決定的
かつ断固たる辞職に他ならない」と答えた。

市役所の高窓が開き、辞職予定の研究者が腕を振り上げると、
集会参加者からわっと声が上がる。「会議室には既に1000名以
上の辞職願が届けられた!地方からも150名の辞職願が届いて
いる!」――辞職の確認が告げられると、その度に「辞職!辞
職!」という歓声。逆説的にも、ここでは辞職が勝利のしるし
なのだ。結局のところ、976名の研究部局長、1100名の研究チー
ム責任者が集団で管理ポストの辞職を発表した。運動代表者ト
ロットマンはその際、「誇りと少しばかりの不安が入り混じっ
た感情」を抱きながら、「今回の辞職は未来を培っていくもの
である」と確言した。研究者署名64,000、一般署名180,000が
集まった今回の運動だが、今後も継続され、3月19日には一般
市民とともに示威行動が行なわれ、その二日後の統一地方選挙
の投票に何らかの影響を及ぼすのではないかとみられている。

<参考記事>
ル・モンド紙、2004年2月18日、3月3・5・7-8・9・10・11日付け

(転載は自由です)
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編集発行人:辻下 徹 admin@letter.ac-net.org
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