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新首都圏ネットワーク


 『朝日新聞』2004年3月14日付

 時流自論

 西川 伸一
 国立大は未来の姿を語れ

 4月から国立大学が法人化する。とはいっても、一般の人の関心は薄いようだ。
私は大学を離れて1年になるが、在職中法人化に対応するための委員会に参加し、
大学の姿を考えてきた。新聞などで大きく扱われるのが、法人化後の交付金一
律削減方針をめぐる政府と大学との綱引きといった専ら財務問題なのは気にか
かる。

 実際、医学部の大学院生に聞くと、法人化とは大学病院に赤字削減を迫り、
病棟を縮小し、非常勤医の数を減らす元凶のようだ。大学関係者に聞くと、中
期目標が話題の中心になる。中期目標とは国立大学法人が提出を義務付けられ
ている目標で、達成度に応じて国からの交付金の増減が決まるとする法人法の
柱である。

 ただ、目標を各法人が設定する点が曲者で、高い目標を掲げると達成できな
いし、安易な目標を羅列するわけにもいかない。いっそ達成度が査定しにくい
抽象的な内容を提出するのがいいのでは、などと各大学は対応に苦慮している。

 思い返すと、法人化は公務員総数削減の一環として出てきた。しかし、将来
への投資である教育・研究における国立大の役割について議論がないまま法人
化が強要されることに、ほとんどの大学は反対を表明した。にもかかわらず、
法人化案は文部科学省の方針となり、大学も拒否する力は持っていなかった。

 ―――――

 その代わり、法人化の影響を大学の財務問題だけに終わらせないための議論
が始まった。私が在職していた京都大でも、各学部代表による委員会を何回も
開催し、法人化の利点を生かした大学の形態とは何かを議論した。しかし、法
案が制定され、明治以来という大きな変化を大学が迎えようとする今も、一部
の大学のホームページを除いて、大学が自らの新しい姿について語ることはほ
とんどない。

 総合大学は大きな組織であるため、各学部の自治を基本として運営されてい
る。熊本大、京都大と二つの大学で医学部の組織改革にかかわった経験がある
が、構想実現のための交渉相手は文科省であり、大学本部の将来計画と医学部
の計画をすり合わせる作業は形式的だった。

 しかし、独立後は大学執行部は自らの計画に沿って、学部間の人員やお金の
配置を決定しなければならない。もちろん各学部への定員配置について現状維
持という決断をしてもよいが、現状が良いとする理由を大学執行部は示さなけ
ればならない。

 学部間の連帯も重要な課題である。大学は、様々な省庁や企業から研究費を
受け取っている。多くの大学で、理科系学部は文科系学部に比べ、研究費や奨
学寄付金の額がはるかに多い。これらの研究費の一定割合が、今後米国のよう
に大学に徴収されることになるだろう。

 大学執行部は、大学への運営費交付金の配分だけでなく、オーバーヘッドと
呼ばれるいわば上納金についても再配分しなければならない。この時、「理系
のお金は理系で使いたい」という声が出ないためには、学部間の理解と連帯が
いる。

 ―――――

 他にも、国立大学で限定的にしか果たせなかった各学部の定員構成の見直し
も、時代の変化に対応するために必要になるだろう。これには学部の利己主義
を克服し、理系、文系を問わず各学部の共存する大学の意義を確認しあう努力
が求められる。

 しかし、学部間の交流努力は既存の分野を超えた新しい「学」の誕生の契機
となるのではと期待できる。学部間の調整ではなく、構成員の積極的な連帯を、
大学は語る必要がある。

 連帯から生まれる新しい学の芽生えは、日本の学術の将来のカギともなる。
現在、科学技術予算配分の大筋は、総合科学技術会議という内閣府の機関によ
り決定されている。

 有識者からの聞き取りを基に意思決定をする現在の手法では、合意可能なも
のだけが重要分野として選ばれてしまう。もっと遠い将来に備えるためには、
総合科学技術会議だけでなく、多様な意思決定機関の存在が重要である。

 大学こそがそれを担える機関ではないか。国から個人の研究者へ交付される
研究費の30%が大学に還流できるなら、原資として各大学が考える未来への投
資が可能になる。どのように未来をつくるのか、大学が英知を集めて考え、
「上納分」を投資すればよい。未来の学を担う人材を探し出し、成果が見える
まで長期間支えるとなると、大学自身の高い見識が必要になる。

 国立大学や研究所は組織としての目的や方向性を外部に向かって語らなくと
も、優れた人材を集めるよう心がければ、活力を維持できた。しかし、大学が
組織としての方向性を明確に表明してこなかったことが、法人化案に対して対
抗できなかった原因ではなかっただろうか。

 法人化は大学に一定の自由と独立をもたらすものである。法人、個人を問わ
ず、独立し自由を得ることは、自らを語る責任を負うことに他ならない。

 大学は様々な方法で語っているのかもしれない。しかし、大学を離れてみる
と、その声がほとんど届いていないのがよくわかる。声が小さすぎて大学外に
聞こえないとすると、結局自由や独立すら夢と消えるのではないか、と心配す
る。

 にしかわ・しんいち 48年生まれ。京都大教授を経て理化学研究所(神戸市)
の幹細胞部門ディレクター。専門は発生学。