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新首都圏ネットワーク

裁量労働制に関する実務的論点

高等教育フォーラム各位

 裁量労働制に関わる情報交換が行われていますが、東北大学職員組合
でも、労使協定のとりくみを決定するために調査と議論を行いました。
 その結果、一部、従来の議論ではカバーしていないような論点と政策にた
どりついたのでご報告し、ご意見をうかがいたいと思います。現段階では
機関決定でなく私の意見です。

1.まず本日の議論を受けた情報です。
 盛誠吾「裁量労働制をめぐる運用上の論点 −−政省令・通達をふまえて」
『労働法律旬報』第1567・1568号、旬報社、2004年1月25日は、厚労省の
平成15年10月22日基発1022004号にある「『主として研究に従事する』とは、
業務の中心はあくまで研究の業務であることをいうものであり、具体的には、
講義等の授業の時間が、多くとも、一週の所定労働時間又は法定労働時間
のうち短いものについて、そのおおむね5割に満たない程度であることをい
うものであること」という部分を次のように解釈しています。
 「そこでは明確にはふれられていないものの、授業時間等には教授会な
どの諸会議のための時間を含み、一週を基準としていることは、たとえ特定
の日について授業時間等が所定労働時間または法定労働時間のうち短い
ものの5割を超えていても、一週当たりではそれを超えていないかぎり、制度
の適用を認める趣旨だと解される。」
 このように、「授業の時間」に校務時間を含むという解釈も出されているこ
とには注意が必要と思います。日本語の素直な読み方では「政府は校務や
授業の準備時間を考慮していない」と見るべきでしょうが、実際にとにもかく
にも運用して行かねばならないという見地から見ると、解釈が確定していない
状態にあると言った方がいいのではないでしょうか。

2.教授・助教授等にとっての裁量労働制のメリットと問題点

(1)始業・終業時刻のあり方は就業規則次第
 裁量労働制にも始業・終業時刻があり、使用者は通常の勤務形態と同じよ
うに管理しなければなりません。したがって、裁量労働制を適用するだけなら
ば、この点で教員の勤務実態ともあわないし、教員の希望ともあいません。
 ところが、厚労省マニュアル『国立大学法人化に向けた就業規則のポイント』
の例のように、就業規則に「始業・終業時刻と休憩時間は、裁量労働制が適用
される職員の裁量によって決定されるものとする」などとあると、事態が変わってき
ます。東北大学の案はこうなっています。こうなると、教員の希望するはたらき方
に近づき、裁量労働制の方がそうでないよりメリットがある、ということになります。
 念のため宮城労働局に確認したところ、このような条項を加えても法的に問題
はないそうです。

(2)節度ある兼業は可能になるが問題も残る
 裁量労働制と兼業の関係は、実務的には重大で、色々な大学で問題になって
います。もともとの問題は、週単位の勤務時間割り振りが労基法ではできないた
め(色々な意見を聞いたのですが、「できない」の方が正しいように思います)、
8時30分から17時15分が固定された勤務時間になり、その間に他大学での非常
勤などの兼業をして別のところから給与をもらうという行為は説明がつきにくい
ということです。
 裁量労働制だけでは、この問題は解決しません。なぜなら始業・終業時刻が
あるからです。ところが、ここでも「始業・終業時刻と休憩時間は、裁量労働制
が適用される職員の裁量によって決定されるものとする」とすれば、昼間の
長すぎない一定時間だけ、どこかで兼業する、ということは成り立ちます。
それ以外の時間で労働することが可能になるからです。ここでも、裁量労働制の
方が、そうでないよりはメリットがある、ということになります。
 ただし制約もあります。まず、裁量労働は出勤した上でのことなので、ある
一日に大学にまったくいかずに兼業に出かけるのはよいのかという問題は
残るのです。集中講義等ではこの点は特に問題であり、まだ十分な解決を
見ていないと思います。
 次に、厳密に言えば、始業・終業時刻の間は「みなし労働時間」+休憩時間
はなければならないと聞いています。よって、そうした解釈が不可能なほど長い
時間の兼業はできないことになります。ただし、こういう解釈を専門家から聞い
た一方で、宮城労働局では「そこまで厳格に管理すると裁量労働制の趣旨を
外れるから、やれとは言いません」と聞いており、どうも解釈のぶれが大きい
部分なのかと思っています。

(3)事業場外労働
 兼業にも関わりますが、より広く、事業場外労働の問題があります。つまり、
いったん大学に出勤したとして、それから事業場外に出てよいのか、という
ことです。これも、裁量労働はただちに事業場外労働を許すのではない、とい
う理解を専門家から聞いた一方で、宮城労働局では「裁量労働制の趣旨から
言って、事業場外で仕事をするのも裁量に属することだから構わないでしょう」
と聞きました。これも解釈がぶれるところなのかもしれません。

(4)大きな問題は何なのか
 私の意見では、大きな問題は、現行の給与体系や、各大学での能力主義・
成果主義導入という動向のもとで裁量労働制を無造作に導入すると、負担増
に報いる制度がないということだと思います。これは一般論ではなく、現在
の国立大学での状態を念頭に置いた論点です。
 裁量労働制は研究を念頭に置いていますが、実際の負担は教育と校務の
部分で増えています。ところが全体がみなし労働になってしまうと、負担増は
給与増にまったく結びつかなくなるわけです。この点を補うためには、
みなし労働時間を8時間より長くするか、私立大学と同じ増担手当を求める
のが適当と思います。
 特に、教員評価に基づく能力主義・成果主義が強化されようとしている中で、
「年功制を守れ」では通りにくいでしょうが、「まずは負担に応じて払え」「私学
では普通だ」なら説得力があります。

(5)適用対象の問題
 教授・助教授・講師はよいとして、助手等には適用できるのか。また、授業が
多くて計算するとグレーゾーンになる教授・助教授などはどうか。これも重大な
問題です。
 私はこの点を、「研究時間が20時間以上か」「研究の業務か」ということを踏
まえつつも、業務実態に即して以下のように考えてはどうかと思います。ただし、
これは上記の始業・終業時刻の裁量的決定が裁量労働制適用教員にだけ
認められているような就業規則を念頭に置いています。
・17時15分以後も仕事があることが多く、本人が仕事の裁量的な遂行や始業・
終業時刻の裁量的決定を望んでおり、またそれが業務遂行に適切だと考えら
れる場合は、裁量労働制の方が本人にとってベター。
・17時15分以前に仕事を終わらせられる可能性が高く、またそれ以後の仕事も
上司の監督下で行われる場合は、裁量労働制は適用せずに時間外協定の適
用対象者とし、実際に行われた時間外労働には厳密に割増賃金を支給する
方が本人にとってベター。
 これは組合の議論なので、どっちが本人にとってベターかと実践的に考えます。
具体的には、「仕事の裁量的な遂行や始業・終業時刻の裁量的決定権」と、
「割増賃金請求権」の、どちらか一方を確実に保証するのです。これだけで、
少なくとも今と同じか、あるいはそれより少し良い状態を助手等に確保できるの
ではないでしょうか。
 やってはならないのは、裁量労働制も適用せず、かつ時間外協定の対象
にもせず、ということだと思います。天地神明に誓って残業がないと大学が言う
ならばこれでもいいのです。しかし、夜まで仕事のある助手等がこの状態にお
かれると、「遅刻するな、早退するな、残業手当は払わないけど夜まで働け」、
ということになり、最悪です。
 なお、こう考えると、36協定の結び方と専門業務型裁量労働制に関する協
定の結び方は連動しているので、ばらばらに考えてはいけないという注意点も
浮上します。

 他にも色々考えたのですが、長くなるのでここまでとします。間違いがあるかも
しれませんので、ご意見をいただきたく思います。

 ただ一つ、とにかくもう3月半ばですから、組合運動の議論としては、具体的
なことを念頭に置いて、実務的に論じないと身動きが取れないということは
主張させてください。各大学の組合、各事業場の過半数代表者が、明日にでも
使えるようなロジックと証拠が必要だと思います。ここでは、そういう次元の議
論をめざしたつもりです。

 なお、以上の具体的論点を貫く原理は何かというと、以下の三つだと思い
ます。

a.民間企業と大学では、裁量労働制のメリット・デメリットは異なる。
 例えば、民間の企画業務型裁量労働制職場では、始業・終業時刻の管理
を曖昧にすることが長時間労働や過労死につながるので問題になっていま
す。しかし、大学教員は始業・終業時刻の裁量的決定を強く望んでいます。

b.裁量労働制に、始業・終業時刻の裁量的決定条項がプラスされるか、され
ないかでかなり違う。
 上記の説明でおわかりと思います。

c.制度の曖昧さは、ある程度までは使いようである。
 曖昧な制度は、一方的負担増にもつながりますが、教員の希望する勤務形
態にそれなりにつなげることも可能と思います。もちろん、どちらになるかは
労使の力関係や議論の優劣によります。労働局が大学をどう指導するかを
確かめるのも有力な判断材料になります。

 なお、「民間企業の労働者の苦難のもとになっている法解釈の仕方や制度の
あいまいさを、大学教員にとって使えるからといって使って良いのか」、という批
判はあり得ます。しかし、これまで書いたことが、具体的に民間労働者や労働
組合の迷惑になるとまでは思いませんので、許されると考えました。むしろ、
大学教員の労働時間管理について、民間企業と区別する重要性を押し出すこ
とは、ひるがえって民間企業の労働時間管理の原則を再確認することになるの
ではないでしょうか。

 労働時間把握、健康確保措置、苦情処理などについては、組合で政策を準備
中なので、近いうちにまたとりあげます。

東北大学職員組合教文部長
川端 望
mailto:kawabata@econ.tohoku.ac.jp