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新首都圏ネットワーク


he-forum各位
東京大学史料編纂所教員有志です。
 新聞報道などによれば、一部政党グループの要請によって、大学入試センター試験の問題作成者を公開することを、文部科学省・入試センターが「決定」とされております。
 この出来事は、センター入試制度の根幹に関わり、かつ「学問の自由」をも揺るがせる重要な問題と認識します。
 ついては、この問題を広く皆様にお知らせし、私たちと同様に強い追究・抗議の声をあげていただきたく、私どもの声明をお伝えする次第です。
 なお私たちは、この追究・抗議の輪を広げたいと思っております。関係する大学関係者・研究者に、この声明をお伝え下されば幸いです。また次なる声明も検討しております。呼びかけに賛同いただける方は、鶴田(tsuruta@hi.u-tokyo.ac.jp)もしくは、遠藤(endo@hi.u-tokyo.ac.jp)までご返事下さいますよう、重ねてお願い申し上げます。


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大学入試センター試験問題作成者公表方針「決定」についての声明
                     東京大学史料編纂所教員有志

 新聞報道やインターネット上で配信されるニュースが伝えるところによれば、本年1月17日に実施された大学入試センター試験の「世界史」(A・B共通問題)で朝鮮人の「強制連行」が正解選択肢であったことをめぐって、次のような事態が起きています。

・この試験問題について、1月23日に「新しい歴史教科書をつくる会」が、文部科学省に対して、「強制連行」の設問を採点から除外するよう求める要望書を提出した。
・2月26日に文部科学省は、大学入試センター試験の問題作成者について、今後(新規に委嘱される委員が関与する問題が役割を終える2007年以降)氏名を公表する方針を決めた。
・2月27日付共同通信配信記事によれば、実際は「自民党議員グループが反発し、公表を要求。文科省がこの日、公表方針を同グループに伝えた。」であるが、「文科省は方針転換の理由を『センターの業務運営の透明性を高めるため』などとしている。」という。
・「新しい歴史教科書を作る会」のホームページによれば、自民党の「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」が、2月13日と26日の「総会」に文部省高等教育局の学生課長と大学入試センター副所長を呼んで「問題作成者名を公開せよ」と迫り、文科省側が公開を「確約」したとも言われている。

 もしこのようなことが事実であるならば、歴史の研究と教育に携わる者として、私たちは重大な危惧をいだかずにはいられません。

 まず疑問なのは、なぜ出題内容上の疑義が氏名公表要求や文科省の担当者を呼ぶことに結び付くのでしょうか。もし内容について意見や疑問があるならば、入試センターの問合せ窓口を通して行うのが本来のルールであり、問題作成者の氏名公表を求めることは議論のすり替えです。また、「議員有志」でしかない「若手議員の会」が、文科省・入試センターの関係者に「確約」を要求するというのも、政権政党の議員であることを利用した圧力もしくは恫喝だと言わなければなりません。

 入学試験問題という特性上、問題作成者名の公開やその手法については、機密性や中立性・公正性の保持などの観点から慎重に検討されるべきです。とくに客観的事実が重視される歴史の分野では、外部圧力によって出題内容が左右されるようではいけません。今回の文科
省・センターの「約束」が事実であるとすれば、こうした問題点を考慮しないままに、一部政治集団の圧力に屈する形になるのではないでしょうか。現に今回のような政治的圧力が存在する状況下で問題作成者名を公表するならば、出題内容に対する中立性・公平性を本当に保つことができなくなる恐れがあります。もし文科省や入試センターが、そうした検討を欠いたまま「方針転換」を決めたとすれば、教育や入試に関する行政の任にある者として、自ら責任を放棄するに等しい無責任な対応・行動であると言わざるを得ません。

 「つくる会」・「若手議員の会」は、戦時下に行われたのは「国民徴用令」に基づく合法的な徴用であり、強制連行は無かったと主張しています。しかしそれは、当時の歴史状況や学界の研究蓄積を無視した議論であると言わなければなりません。国民徴用令は、通常のやり方では労働者が集まらないので、国民を強制的に徴発することができるという勅令であり、また徴用令の存在が、実際に強制連行が存在しなかったことと同義でないことも明らかです。割り当てられた人数を確保するために朝鮮半島で行われたことや、鉱山等における労働実態については、これ
 までの研究が明らかにしています。

 もし伝えられるような「方針転換」が事実であるとすれば、私たちは次のような危惧をいだかざるを得ません。
 第一には、特定集団の政治的圧力によって、大学の入試に関わる重要な方針の「転換」が決められていることです。入試問題についての情報公開を進めようとするのであれば、メリット・デメリットや公開の手法について慎重な検討を行なう必要があります。
 第二に、「つくる会」・「若手議員の会」も文科省・入試センターも、これまでの歴史学の研究成果を全く無視していることです。
 第三に、今回のような形で問題作成者名が公開されることになれば、問題作成者個人に対してさまざまな攻撃がかかる恐れがあります。その場合、入試センター試験の質にも影響が及びかねませんし、戦前・戦中において国家が研究・教育に対して過度に干渉した事への反省から生まれ、憲法や教育基本法に盛り込まれた「学問の自由」の破壊にもつながります。

こ の認識に立った上で、私たちは、文科省と大学入試センターに対して、「氏名公表」「方針転換」と伝えられたことに関して、事実関係を明らかにするよう求めるものです。あわせて、報道機関各社もおいても、この件に関する事実関係究明に積極的に取り組んでいただくよう要請します。

                  2003年3月5日
                      東京大学史料編纂所教員有志(23名)