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新首都圏ネットワーク


『朝日新聞』2004年2月3日付

 経産研発 相次ぐ処分に「官」の影 政策に沿わず、不満も


 経済産業省管轄の独立行政法人「経済産業研究所」の研究者が昨年、相次い
で懲戒処分を受けた。世界にも名の知れた官庁シンクタンクで、何が起きたの
か。

 昨年10月28日夜、研究員の劉敏鎬(ユ・ミンホ)氏に、研究所から懲戒解雇
を伝えるメールが届いた。1年間の契約期間満了の3日前。米国防総省開発の戦
争シュミレーションソフトの不正利用が理由だった。

 劉氏はソフトを使い、日本が北朝鮮の核攻撃を受けた想定の「ウォー・シュ
ミレイション 北朝鮮が暴発する日」(新潮社)を出版した。

 発売直前の10月10日、研究所は新潮社の編集担当者に電話、シュミレーショ
ン費用を研究所が負担したと受けとられる部分が後書きにあるとして書き換え
を要求した。

 新潮社と劉氏は「ソフトは使用許可を得ていた。筆者に無断で訂正を求める
など前代未聞。許されない」と憤る。

 ●圧力

 昨年6月には上席研究員の池田信夫氏が戒告処分を受けた。研究所のメーリン
グリストで個人情報保護法案への反対署名を集めたのは就業規則違反だという
理由だ。研究所幹部は「経産省の情報通信技術担当者の一部は非公式に『何と
かならないか』と伝えてきた」と言う。

 「私は以前からにらまれていたのだと思う」と池田氏は話す。

 02年2月、経産省官房長あてに日本放送協会(NHK)理事名で手紙が届いた。
「池田氏に対し、別紙のとおり謝罪と訂正を求めた」

 池田氏は研究所外の非公開メーリングリストで、地上デジタル放送へのNH
Kの対応を「地上波デジタルの断末魔」として書いた。NHKは「事実無根な
ので抗議したのは事実だが、今回の処分とは無関係」と言う。

 ●背景

 池田氏の処分の背後には次のような動きがあった。個人情報保護法案に反対
する池田氏の動きについて国会の特別委員会で取り上げられ、細田博之・情報
通信技術担当相(当時)が経産省に事実関係を問い合わせた。経産省は研究所
に「研究員の諸活動は研究所職員就業規則に違反しているのではないかと思わ
れるが、見解如何(問題があると判断される場合には、関係者の処分方針を含
む)」と、事実上処分を促す文書を送った。

 研究所は、処分の対象となる行為を新たに明文化し、さかのぼって適用した。
経産省は「研究所に処分を求めたわけではなく、あくまで研究所の判断だ」と
している。

 池田氏は処分後、知人のキャリア官僚から「屁みたいなもの。自分も何度か
受けたことがある」と慰められた。官僚の世界では、政治家などのメンツを立
てるため処分を「利用」すると知人から解説され、「自分も経産省の『身内』
としてこの枠組みに組み込まれたのか」と池田氏は感じた。

 研究所は01年4月に独立行政法人に移行し、経産省の局、課が外部に調査依頼
するための予算が研究所予算の原資に回された。研究所は予算を自由に使える
が、成果には外部評価が採り入れられ、研究員はアピールしやすいテーマを選
びがち。同省の調査要請を無視する傾向があるという。

 「官の権威という"オーラ"をもらっている研究員は官側の政策を邪魔せず、
官へのカスタマーサービスを考えてもいいとの不満が経産省側にある」と研究
所幹部は話している。

 経済産業研究所

 旧通産省の一部門である通産研究所が前身で、01年から独立行政法人に。予
算の大半が国からの運営費交付金で賄われる。経産相が任命する理事長には同
省OBの岡松壯三郎氏がつき、幹部研究員にも同省出向者が多い。

(村山治、山本健一)