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新首都圏ネットワーク

経産省研究所の処分問題と就業規則問題

佐賀大学の豊島です.
この文通団で24日に流された朝日の記事には驚き,また寒気と吐き気さえ催します.
権力の地位にある人たちは,自分たちがさかんに批判しているはずの独裁国家を真
似ようとしているようにさえ見えます.一体どういうわけなのでしょうか.
[he-forum6604]MLで個人情報保護法案反対の研究員戒告 経産省研究所(朝日新聞04/01/24)
http://ha4.seikyou.ne.jp/home/kinkyo/index.htm#1/25_4

 同記事によると,「研究所のメーリングリストを使って個人情報保護法案に反対
するアピールの賛同者を募った」ことが処分の対象となったとのことで,しかも後
で規則を作って遡及適用したというのですからあきれ果てます.この研究所は,同
ホームページによると「非公務員型」なので,国家公務員法による「政治活動の制
限」も適用されません.一体このような処分にどのような法的根拠があるのでしょ
うか.もしないとすれば明らかに人権侵害であり,処分自体が不法行為ではないで
しょうか.だとすれば放置してよい問題とも思えません.

 処分を実行した側には,「非公務員型」とはいえ「独立行政法人」という政府系
の特殊な法人なので,国家公務員法が「準用」されるというような気分があるので
しょうか.「国立大学法人」の就業規則案にも同様の傾向が見られますので,その
意味でも重大な関心を持たざるを得ません。

 多くの就業規則案に見られる言論・表現の抑圧条項については,すでに批判をし
ました.私は,このような案を作る人たちは国家公務員法の「政治活動の制限」を
一知半解に「準用」しようとしているのではないかと推測します.そこで,現行法
は公務員の言論・表現活動をどのように制限しているのかを正確に議論する必要が
あると思われます.以下,私の理解を述べたいと思います.物理屋の法律論を信用
する人は少ないでしょうから,是非とも専門家の検証をお願いします.また,以下
に引用した人事院規則以外にも何かあるのならお手上げです.


国家公務員法百二条(政治的行為の制限)には,
「職員は,政党又は政治的目的のために,(中略)人事院規則で定める政治的
行為をしてはならない.」
とあります.何を禁止するかという重要な法の内容を人事院という役所に「丸投げ」
してしまうこの条文は,明らかに「法治」とは対極の「人治」そのもので,わが国
がまだまともに近代社会の仲間入りをしていないことを表しています.したがって,
もしその役所が決めた規則が言論・表現の自由に反するものであれば,憲法に依拠
してその権利を主張できることは当然です.のみならず,憲法12条が定めるとこ
ろでは,その「自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなけれ
ばならない」のであり,つまり国民の義務でもあるのです.

 しかしこのことは今はさて措くとしましょう.このような前近代的な様式を持っ
た法規ですが,問題は,はたしてその実質的内容が,公務員の一般的な言論・表現
活動を禁止しているのかどうか,ということです.結論から言いますと,実質的に
は何も禁止してはいません.問題の規則というのは「人事院規則14-7」です.以下,
単に「規則」と呼びます.

 上記のように法律は禁止の対象を次のように限定しています.
  「政治的目的」を持ち,かつ「政治的行為」であること.
このことは「規則」5項で(念のために?)繰り返されています.その5項は8項
目にわたって「政治的目的」を定義していますが,その中で一般的な言論活動に該
当するものはその第五の,「政治の方向に影響を与える目的で特定の政策を主張し
又はこれに反対すること」だけです.他は選挙運動や,内閣そのものへの反対など,
具体的な項目になっています.

 そして,もう一つの限定条件の「政治的行為」には,17項目にわたって具体的
な行為,例えば文書の「掲示」や「示威運動」などが挙げられています.しかし,
これまた念のためなのでしょうか,ほとんどすべての項目に「政治的目的をもって」
とか「政治的目的のために」などの限定の言葉が被せられています.経産省研究所
で問題とされた署名運動も同様です.ですから,国の政策に関する署名運動も当然
「政治的目的」を持つものだけが規制対象です.

 ところが,この一般的な言論活動に関することに限り,「政治的目的」という言
葉が特別な意味で使われているのです.上に引用した「規則」5項の五の冒頭の「政
治の方向に影響を与える目的で」というのがそれです.人事院は,またまたこの言
葉の意味を「運用方針」という下位の文書に譲っています.その四の(1)の
(五)がそれですが,実はこれが最も実質的な箇所であり重要なので全文引用しま
す.《》でくくった二ヶ所はアンダーラインとして下さい.

(五)第五号関係 本号にいう「政治の方向に影響を与える意図」とは、日
本国憲法に定められた民主主義政治の根本原則を変更しようとする意思をい
う。「特定の政策」とは、政治の方向に影響を与える程度のものであること
を要する。最低賃金制確立、産葉社会化等の政策を主張し、若しくはこれに
反対する場合又は各政党のよつて立つイデオロギーを主張し若しくはこれら
に反対する場合或は《特定の法案又は予算案を支持し又はこれに反対する場
合の如きも》、日本国憲法に定められた民主主義政治の根本原則を変更しよ
うとするものでない限り、《本号には該当しない。》

要するに,普通選挙の否定や,クーデターなどを主張しない限り,規制の対象には
ならないということです.
 要約しますと次のとおりです.一般的な言論活動・集団的言論活動は「規則」5
項の五に該当し,それにはさらに「政治の方向に影響を与える目的」を持つものだ
けが禁止の対象になるという条件が付けられている.そして「運用方針」によれば,
この「政治の方向」とは「民主主義政治の根本原則」のことであり,個々の法案や
政策を云々することはこれには当たらない,ということです.

 言論・表現の自由もまた「日本国憲法に定められた民主主義政治の根本原則」の
一つであるとすれば,これに違反する行動自体が「政治の方向に影響を与える意図」
を持つものとして指弾されるべきでしょう.つまり朝日が報じた処分そのものが,
「規則」が禁止するところの「政治的目的」を持つものである,ということになる
でしょう.

 なお,「規則」は何が禁止され,またされないかを明確に規定しており,決して
「管理者に許認可権を与える」などということは書いてありません.したがって,
多くの就業規則案に見られる管理者の許認可権は人事院規則のコピーでも何でもあ
りません.強いて言えば「オリジナルの存在しないコピー」とでも言うのでしょう
か.

 以前の1996年3月に,私は[reform:151]「国家公務員の政治活動の制限・禁止に
ついて」という文章を投稿しましたが,「規則」と「運用方針」も含め,ハイパー
リンクを追加するなど関連条文等を参照しやすくしていますので,どうかご利用下
さい.
 http://pegasus.phys.saga-u.ac.jp/UniversityIssues/PoliticalActivities.html
 ミラー
 http://www.geocities.jp/chikushijiro2002/UniversityIssues/PoliticalActivities.html

________________
別件付録(イラク自衛隊派遣問題)
1)小泉首相を「私戦予備罪」で告発する運動が提案されています.
 東京造形大学教授で,アフガニスタン国際戦犯民衆法廷をリードされた前田朗氏
が,「自衛隊イラク派兵準備は私戦予備罪(刑法93条)にあたる 」として小泉首
相の刑事告発を提起されています.私のウェブサイトにもコピーしています.
http://www.geocities.jp/chikushijiro2002/peace/maedaproposition.html

2)自衛隊派遣差止め訴訟が準備されています.
 自衛隊イラク派兵は,「憲法第九条」違反であり,憲法前文にある「平和的生存
権」の侵害であること,また「イラク特措法」違反でもあり,「米英の侵略行為」
への加担である,ということを法的な根拠にして,次の3点を裁判所に請求する.
 1.国は、自衛隊をイラクに派遣したことは違憲であることを確認すること。
  (違憲確認)
 2.国は、自衛隊をイラクに派遣してはならない。(派兵差し止め請求)
 3.国は、原告らそれぞれに対して、各金1万円を支払え。(慰謝料請求)
1月21日から原告を募集,2月上旬から原告に必要書類送付,2月中旬に名古屋
地裁へ提訴とのスケジュール.詳細は次をご覧下さい.
  http://pegasus.phys.saga-u.ac.jp/peace/tocourt.html または
  http://www003.upp.so-net.ne.jp/maytime/other/tocourt.html

豊島耕一
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