トップへ戻る   以前の記事は、こちらの更新記事履歴
新首都圏ネットワーク


秒読み国立大学法人化の課題@ 

“新人事制度作り難題”(日本経済新聞、1月10日号、「教育」欄)


遅すぎるルール決定

時間不足で不安募る現場


四月からの国立大学法人化は秒読み段階。準備状況や法人化後の課題を現職の大学学
長に寄稿してもらった。初回は国立大学協会会長も務める佐々木毅東京大学総長。



ある所で国立大学の学長たちが、「四月に果たして給料が本当に職員の手元に届くの
だろうか。そうしたことを考えると、眠れなくなることがある」と話をしていたのを
耳にしたことがある。国立大学の法人化についての世間の抽象論とは別に、現場はこ
うした極めて具体的で現実的な不安に悩まされている。

 問題の所在は極めてはっきりしている。すなわち、人事制度を非公務員型に変える
ことを含め、万事にわたって膨大な史上最大の仕組みの見直し作業を大学に求める一
方で、制度の確定に必要なルールの実質的な決定が遅れ、時間面でのリソースが絶望
的にひっ迫していることにある。

 年末に報道された運営費交付金算定ルールをめぐる国立大学協会と文部科学省との
やりとりは、財務面でのリソース問題を浮き彫りにし、事態をさらに厄介なものにし
た。

 総じて、学生を含めると数十万人に上る関係者がいるこの膨大な改革を行うにして
は移行過程全体の責任体制は非常にぜい弱であり、それこそ薄氷を踏む思いであると
言わざるを得ない。四月を期してスムーズに法人化が行えるという見通しを持つ学長
たちがどの程度いるのか、心もとない限りである。

 残された三カ月において処理しなければならない課題は山積している。

理事や監事、それに経営協識会の学外メンバーの選出はかなり進んでいるようであ
る。しかし、中期計画についてどのような修正が求められることになるのか、年次計
画がどのようなものになるのかなど、なお十分に明らかでない。


包括できぬほど多種多様な活動


大学側の準備にそくしていえば、どこの大学においても残された最大の課題は人事制
度の新しい仕組みの創出である。

 周知のように大学では実に多種多様な研究教育活動が行われ、大きな病院を抱えて
いる大学も少なくない。こうした中で非公務員型の採用を踏まえ、複雑な活動実態を
包括できるような就業規則を新たに定め、併せて人事管理や給与体系の今後のあり方
を構想するというのは難事中の難事である。

 その際、退職金制度という重要な要素は外部的与件として存在している。しかも、
四月の法人発足に当たっては関係者の必要な同意を得られるようにしなければならな
いのである。大学においてはこれまで教官と事務官との二元的な人事体制をとってき
たが、この作業は人事制度全体を管理する体制も人材もないところでの作業であるか
ら一層難しいことになる。

 例えば、法人化以後においてはこれまでの定員という概念はなくなることになって
いるが、これを自由化として専ら受け止め勝手気ままな人事政策をとるならば、やが
て、人事管理体制そのものが崩壊し、学内の人事は無秩序化を免れないであろう。し
かしながら、他方で旧態依然とした態度で万事対応しようとするならば法人化が与え
てくれた貴重な新たな挑戦の機会を自ら放棄することになろう。

およそ管理がリソースの確定とその有効な活用を念頭に置くものである以上、明確な
共通の学内原則を確定しつつ学長や部局長の裁量の余地を拡大するのが当面の取り得
る処方せんである。

いずれにせよ、この肝心な人事制度についての見通しが立たなければ、四月からの法
人の長としての任を果たせないということで、その役目を返上することを考えなけれ
ばなるまい。


事務官の職務意識改革必要


法人化に伴う国立大学の研究教育面での変化についてはここでは立ち入ることを控え
たい。なぜならば、研究と教育に従事する教官団の活動が法人化によって一変すると
いったことはあり得ないからである。

むしろ、法人化によって大きな影響を受け、その帰趨(きすう)を決めるのは事務官
集団である。これまで国立大学は研究教育の担い手たちと、それを支えつつも同時に
コントロールする事務官集団との複合的組織であった。後者は最終的には中央の官僚
制と結びついていた。

法人化は制度的に大学全体を研究教育活動中心に組織化し直すことを趣旨としてい
る。つまり、事務官集団を中央官僚制の末端として位置付けるのでなく、研究教育の
サポーティング・スタッフとして可能な限り位置付けること、それとともに日常的な
管理事務を可能な限り学内で規制緩和し、見直すことがそこに含まれている。

 したがって、事務官にはどの領域で研究教育をサポートする役目を果たすかについ
ての明確な目標と意識改革が求められることになる。そして日本の大学に決定的に欠
けているのが良質なサポーティング・スタッフの存在であることは周知の事実であ
り、この改革は研究教育の改善にとっても決定的に重要である。


求められる立法者機能


しかしながら、官僚制的体質からの解放は大学法人が研究教育の今後のあり方につい
て自ら識見と洞察力を備えなければならないことを同時に含意している。大学の執行
部がこうした能力を備えるためには、それに必要な精査・助言機関を学外者の参加を
も含む形で自ら作り上げるといった準備が当然求められる。

 学長のリーダーシップなるものが学術的精査なしに、突然思いつき的に登場すると
いうような事態は、法人化の姿として到底望ましいとは考えられない。

 こうした根本問題の処理を含め、日常的案件の処理とは違ったいわゆる立法者機能
をどこまで実現できるか、残された時間は極めて少ない。