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新首都圏ネットワーク


『東京新聞』2003年12月24日付

特報
『新大学構想』 対立の構図


 石原慎太郎都知事が8月に突然表明した「都立新大学構想」で火が付いた都
と都立大の対立は混迷度を増している。強引なトップダウン手法への反発で、
法学部の4教員が退職届を出し、来年4月開校する法科大学院の試験日程も延
期された。構想内容にも「こんな大学に生徒を進学させられない」と高校側か
らクレームが続出する始末だ。2005年春に開校予定の新大学の前途は―。
(藤原正樹)

 「新しい大学をつくろうと思っている。今の大学で満足しているのは、そこ
で偉いことをしている人だけ」。こう都立大を批判した石原知事が打ち上げた
新構想では、「大都市における人間社会の理想像の追求」を使命に掲げる。都
庁や企業の現場で実学教育を実施し、都市学を基本教養として学ばせるという。

 都が一昨年十一月に制定した「大学改革大綱」では、新都立大を人文、法、
経済、理、工、保健科学などの七学部にする方針などを定めたが、新構想はい
きなり白紙にした格好だ。

 「大学に何の相談もなく新構想を公にした。都と四大学関係者が、大綱を受
けた準備委で二年間検討した改革案を具体化する直前だったのに、努力を無駄
にされた。トップダウン手法に怒りを感じる」

 十月七日、都に抗議声明を出した同大の茂木俊彦総長の憤りは増す一方だ。

 茂木総長の抗議声明に対し、都大学管理本部は他の都立の三大学学長の「生
き残りには痛みを伴う。新構想に賛同して積極的に取り組む」という共同声明
を発表した。都立大は孤立する形になったが、茂木総長は「廃止される短大を
除いた二大学はほとんどそのままの内容で存続でき、痛みがないから賛同して
いるだけ」と切って捨てる。

■『準備委案は時代に逆行』 

 新構想を突如表明した理由について都は「準備委案は都立大の温存策で、時
代に逆行している。『まったく新しい大学』を目指す大綱の理念からも外れる。
新構想は、五月から開いている外部識者検討会で出てきた内容だ」と説明する。

 これに対し茂木総長は「検討会の九割は雑談で新構想の中身はなかった。こ
れは知事周辺で決定した」と反論する。実際、石原知事は今年四月の会見で
「大綱は上っ面で、改革のコンセプトはつかめない。理事長候補と直接話を進
めている」と明言している。

 茂木総長は、新構想の中身も問題視する。都立大、科学技術大、短期大、保
健科学大が統合される新大学では、総長とは別に、知事が理事長を任命して教
学と経営を分離した運営を行う。人文、法、経済、理、工の各学部を一つの
「都市教養学部」に押し込め、ほかは「都市環境」「システムデザイン」「保
健福祉」の四学部に再編される。都市教養学部コースの理念づくりの補強を大
手予備校の河合塾に委託するが、「他者に『理念を考えてくれ』と頼む大学が
大学と呼べるのか。『授業科目も考えてくれ』と委託している。理解しがたい」
と茂木総長は話す。

 現行の教授、助教授、講師という序列は、主従関係を生み出すとして廃止さ
れ、教授、准教授、研究員に変更される。任期制が導入され、准教授の任期は
五年で任期中に教授試験に合格できないと退職させられる。同大の文系教授
(48)は「院生は最短で卒業に五年かかる。指導を受けていた准教授が退職
すると、人生設計が狂うほどの打撃がある。長年の指導で学生の得意分野を把
握した進路指導が必要なのに」と批判する。

 学生にも混乱を招いている。西洋中世史を学ぶ女子大学院生は「新構想で大
学院の構成も、まだ決まっていない。専攻課程が消滅する可能性もあるので、
退学しようと思う」という。

 新構想に特に危機感を募らすのは、人文学部だ。一九四九年に都内唯一の公
立総合大として発足した当初から設置され、現在は同大の看板学部になってい
る。

■人文学部教員 半分以下に・・・

 同学部長の南雲智教授は「新構想は人文学部つぶしだ」と憤慨する。事実、
新構想では都立大全体で三割の教員が削減されるが、人文学部の教員は百三十
九人から六十四人と半分以下になる。都大学管理本部は「教員一人当たり十五
人程度の学生が妥当な数字だが、人文学部は四・五人しか教えていない。同大
平均の十人に比べても突出している。人文学部の削減幅が大きくなるのは当然
だ」と説明する。

 石原知事は「民間のコスト感覚で運営して赤字を減らし、学生が満足する理
想の大学にする」という。茂木総長も「国公立大で赤字でないところはない」
と経営事情の厳しさは認める。だが、同大の入試最難関学部で、競争倍率十二、
三倍の人気を誇る同学部をつぶすような構想でその目標達成にも疑問の声が上
がる。

 前出の文系教授は「人文学部がなくなる影響は計り知れない。少子化で経営
環境がより厳しくなるのに、金看板を外す信じ難い構想」と批判する。

■「赤字どころか存続も難しい」

 「人文学部教員が半減すると、語学など教養課程がだめになる。都は新大学
を『都のシンクタンク』に位置づけているが、基礎教養もなく専門的な学問を
やらされる学生が使いものになるわけがない。高校進路指導教諭の会合でも
『新大学には生徒をやれない』という批判が続出している。赤字を減らすどこ
ろか、大学存続も難しい」

 茂木総長は「新構想では教員のアルバイトも原則自由になる。授業に支障が
出るのを防ぐため制約を設けるのが常識で、教育の質が低下するのは避けられ
ない」と嘆く。さらに「コスト至上主義では大学がすさんで、よい研究成果が
生まれない。経営側から一方的に研究費を削られる恐れもあり、学問の自治が
侵される」と危ぐする。

 石原知事が新構想を強引に進める背景について、これに反発し退職届を出し
た法学部の山口成樹助教授は、十七日の学生説明会で「新構想は都立大の解体
宣言で、地方自治史上類をみない野蛮行為だ。過去の継承が必須の学問を完全
に断絶することを『新しい』と称する。文科省の大学政策を腰抜けと批判して
きた知事の同省への面当てでしかない」と批判した。

 「てっぺん野郎―本人も知らなかった石原慎太郎」の著者、作家の佐野真一
氏は「大学側の意向を踏みにじる裏には、石原知事の"エスタブリッシュメント
嫌い"がある」と分析する。

 「今回の騒動は、抜き打ち的に発表して、激しい住民反対運動にあった原宿
留置場構想と同じパターン。鬼面人を威(おど)す施策を次々に出す背景には、
最近思い通りにいかないことが多く、石原ブランドの賞味期限切れへの恐れが
ある。小泉首相が総裁選で再選され、石原総理待望論も消えた。銀行税でも一
敗地にまみれ、横田基地返還のアドバルーンを上げたもののうまくいかない。
絶えず日の当たる場所ばかり歩いてきた人間の寂しさを感じる」