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新首都圏ネットワーク


『朝日新聞』2003年12月2日付

私の視点

東京大学学長 佐々木 毅

◆国立大法人化 予算削減では失速する

 国立大学法人の発足まで4ヶ月に迫っているが、ここに来て予算編成との関
係でその将来を揺るがす問題が浮上している。

 法案審議の過程で何度も政府側が答弁していたように、6年間の中期計画の
達成度と改革の実績を評価し、それに応じて資源配分を変えていくというのが
共通の了解だった。国立大学法人法が作られ、「教育研究の特性への配慮義務」
が定められているのもこうした精神に基づいている。

 ところが、この複雑な制度改革を背負わされた法人が動くかどうかも見極め
がつかないうちに、すでに運営費交付金の一律削減計画が文部科学省と財務省
との間で練られ、05年度から実行に移されようとしている。これでは話があべ
こべだ。政府支出減らしの口実を作るためだけに国立大学法人法を作ったと自
白するようなものである。

 当然、学長たちの間からは「話が違う」と不信感が高まっている。法人化の
過程にかかわってきた一人として、重い責任を感じるとともに強い怒りを禁じ
えない。

 仮に現在、国立大学に投入されている国費が毎年1%、5年間にわたって削減
された場合、その額は規模の小さな大学が20以上消滅する額に達する。この額
は全国立大学の工学部全体の半分に達する額であり、医学部の3分の1が消滅す
る額に相当する。授業料などへの波及については即断できないが、やがてそれ
を押し上げる圧力がかかることは確実である。

 また、文科省が計画中の案が実施された場合、先端医療、地域の高度医療を
担ってきた付属病院の将来がおぼつかなくなる。

 わが国の将来の発展が知識基盤社会に負うとすれば、理工系の大学院ほど重
要なものはない。そこで圧倒的な割合の学生たちが学び研究しているのは国立
大学である。自然科学系の研究業績において世界的に高いランキングを得てい
るのも一部の国立大学である。

 産学連携を含め、こうした知的資源の積極的活用が政府の施策であり、法人
化もそれを後押しする手段であるというのが我々の見解だったが、現に政府が
国立大学法人に行おうとしていることは長年にわたって蓄積した知的資源を自
ら破壊することのように見える。

 人材の育成を怠るような政策と科学技術創造立国の建設とがつながるわけは
ない。

 それはまた、高等教育政策の不在を実証することになる。国立大学の運営資
金の多くは国民からの貴重な税金であり、これを大切に使わなければならない
ことは当然である。

 しかし、ここで問いたいのは、その貴重な資金を使って運営するにたるだけ
の大学にするために、何を優先するべきなのか、そのグランドデザインなしに、
目先の官僚的技術論が支配しようとしている点である。

 国立大学法人法案を審議し、決定した「政治」は、こうした事態の認識を踏
まえ、識見を持って、政治主導でこの問題の解決に当たってもらいたい。役人
たちは04年度の説明だけして削減計画を隠蔽するかも知れないが、「そんなこ
とは知らなかった」では政治の責任を果たしたことにならない。

 とにかく削減するというのでは改革を主導してきた人々が基盤を失い、法人
化は発足前に失速しかねない。我々は重大な決意をもって事態の推移を注視し
たい。