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新首都圏ネットワーク

各位

京大再生研教授再任拒否事件について、京都地方裁判所第3民事部
裁判官への大学界有志要望書の電子署名を実施します。東京都議会
と横浜市議会への要請書電子署名(http://poll.ac-net.org/1 で続
行中)と同じ形式です。

期間:11月21日〜12月6日
場所:http://poll.ac-net.org/2
連絡先:admin@poll.ac-net.org

要望書は、阿部泰隆氏(神戸大学教授・行政法学)が起草されました。

この問題も大学界全体の将来に大きな影響を与えますので、資料等
を検討され、連署されることを願っております。今回は、OBの方
も署名できます。また、電子アドレスも機関のものに限らずフリー
メールのもので手続きできるようにしました。また、裁判官に提出
時以外の氏名非公開の選択肢も用意しています。

辻下 徹

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京都地方裁判所第3民事部
      裁判長裁判官  八木 良一殿
         裁判官  飯野 里朗殿
         裁判官  財賀 理行殿


           要望書

京都大学再生医科学研究所の井上一知教授がいわゆる大学教員任期
制法に基づき失職扱いにされていますが、これは、以下に述べるよ
うに、学問の自由を守るべき大学が自ら教員の学問の自由を侵害し
ており、裁判所によって、本来救済されるべき事件です。貴職にお
かれては、この問題を根底から再考して、井上教授を本年5月1日
に遡って復職させていただきますように要請します。

同教授は、平成15年4月30日までの任期に先立ち、その一年前
に再任申請の手続きをされました。井上教授は再生医療に関する研
究業績で国際的に高い評価を受け、日本再生医療学会の初代会長を
勤められました。特に糖尿病に対する再生医療開発研究は臨床応用
直前の段階にあり、多くの患者さんがその開発を待ち望んでおられ
ます。再任審査の結果、超一流の専門家7名から構成される外部評
価委員会の委員全員が一致して、今後の活躍に期待し、再任に賛成
との結論を出されました。

ところが、同研究所内部の協議員会は、“外部評価委員会の評価に
「基づいて」決定する”という内規を無視し、井上教授に何等の説
明の機会を与えることもなく、「基づかない」理由を示すことなく、
再任を拒否しました。井上教授は当時の所長に対して再任拒否理由
の明示を求められましたが、なしのつぶてです。

大学教員の人事権は大学に属するという大学の自治が、今日学問の
自由の一内容として承認されていますが、それは公明・正大である
べきです。このような事件がそのまま見過ごされては、教員の学問
の自由は、国家権力からは独立でも、大学内の権力によって弾圧さ
れてしまいます。これは大学の自治・研究所自治の濫用です。国家
権力に抵抗して、大学の自治を守った京大滝川事件の70周年に当
たる本年に、京大がみずから弾圧者側に回るという事態に至ったこ
とは、誠に遺憾であります。

任期制を採用する大学・学部は急激に増加し、医学部ではすでに2
0大学以上が任期制を採用し、横浜市立大学では全教官の任期制へ
の移行が議論されています。今回のような理不尽な処置が容認され
ると、任期制教官の地位は、いかに業績を挙げどれほど社会的貢献
をなそうとも、それとは関係なく、再任を決定する機関の恣意的な
判断に全面的に依存することになってしまいます。

これでは、教員は再任拒否の憂き目にあわないようにと、発言どこ
ろか、研究をも自己規制することになり、それが全国に波及する結
果、この国では、自由な学問は死滅します。大学内に救済の道が閉
ざされていることを踏まえ、日本は法治国家であることを信じてお
られる井上教授は、もはや一個人のためだけではなく、憲法で保障
された教員の学問の自由を守るために、そして将来の日本の社会の
ために、京都地裁に行政訴訟を提起されました。

本件は、仮の救済がないと、研究がストップして回復が至難になる
ところから、井上教授は、さしあたり、行政訴訟における仮の救済
である執行停止を申請しましたが、本年4月30日、貴裁判所(京
都地裁民事三部)は、本件は“任期切れで失職したのだから救済の
道はない”とか、“任期制の教員からの再任申請に対して、任命権
者は審査をする職務上の義務はあるが、再任申請者に対する関係で
の義務とまではいえない”といった考え方により、却下(門前払い)
をされました。しかし、これは時間のない中で急遽判断されたため
と推察されます。

そこで、目下、この失職扱いを行政処分として、その取消しを求め
る本案訴訟が貴裁判所に係属していますが、これに対し、元京大法
学部助教授でもあり、前最高裁判事の園部逸夫博士は、今回の井上
事件を、大学の自治を侵害し、日本の教官任期制度を根幹から歪め
る極めて重大な社会的な事件と判断され、貴裁判所に意見書を提出
されました。その中で、“大学自治の理念もその運用を誤ると,教
授会の独善や、派閥人事の隠蔽などに悪用される恐れがある。任期
制の運用に当たっては、大学教員の身分保障に基づく学問の自由と
発展と言う、大学自治の基本理念に反することがあってはならない
のである。”と述べられています。

考えますと、たしかに、任期が適法につけられ、しかも、公明正大
な評価とルールに基づいて再任拒否が行われれば、任期満了により
失職となるはずです。しかし、本件では、憲法で定められた裁判官
の任期制とは異なり、本人の事前の同意が必要ですが、井上教授が
公募に応じたときには任期制との説明もなく、発令直前に事務官か
ら急遽同意を求められたということですし、業績をあげても問答無
用で再任拒否されるとまでは予想できなかったでしょうから、そん
なことであるとすればその同意に瑕疵があったことになります。し
かも、本件は一号任期制ですが、井上教授のポストがこれに該当す
る理由の説明もありません。文部科学省は、任期制を導入できる場
合を限定したものと国会で言明しています。以上の理由により、本
件では任期が適法につけられたとはいえないと思われます。

また、再任申請に対する審査について、文部科学省は新規採用手続
と同じと考えてきたようですが、それでも国会答弁では再任拒否に
対して司法審査の道があると認めていますし、判例でもそのような
ものがあります。しかも、再任審査は一般の新規採用とは異なり、
再任申請者のみを対象とし、かつ、任期制法に基づく文部科学省令
から学則に授権された手続で行っておりますので、単なる職務上の
義務にとどまるものではなく、外部評価に「基づく」といったその
ルールに違反すれば、およそ公明正大な評価とルールとはいえない
ものですから、違法となるものと考えます。

それにもかかわらず、本件を、単に任期切れとして、門前払いで済
ませるのでは、日本は法治国家とはいえないと信じます。

丁度今、日本の行政訴訟は、「やるだけムダ」といわれて、機能不
全に陥っているとの認識のもと、それを国民・利用者の立場に立っ
て機能させるべく、その改革作業が進んでいますが、本来これは立
法を待つことなく、裁判所の努力でも十分に改善できるものと考え
ます。

貴裁判所におかれては、短時間で行われた先の判断にこだわらずに、
ここで、学問の自由の崩壊を防ぎ、法治国家を実現するために、法
理論を再検討され、本件の真相を徹底的に解明されて、井上教授の
学問的断絶を早急に回復すべく、公正な御判断を下されますよう、
切にお願い申し上げます。

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#以下の資料は、園部逸夫氏(元最高裁判事)が裁判官に送付した
意見書です。了承を得て転載します。

意 見 書

立命館大学大学院法学研究科客員教授 法学博士 園 部 逸 夫

 神戸大学大学院法学研究科阿部泰隆教授の要請により、大学の教員
等の任期に関する法律(以下、「任期法」という)の適用に関する法律
問題について、次の通り卑見を申し述べます。

1, 任期法の規定する任期制の下では、任期の満了に伴い、任期を
附された教員はその職を失うという見解がある。公務員について任期
制を採用することの是非はさておき、大学教員に限って見ると、任期
制を適用する場合は、特に大学の教員に保障される大学の自治と学問
の自由に関わる重要な問題があることに留意しなければならない。

 任期法の主な目的は、大学における、特に研究の活性化及び人事の
流動化にあり、我が国における大学の閉鎖性や人事の独占という弊害
を除去するための政策的立法であることは容易に理解できる。しかし、
そのことによって、大学教員の身分保障に基づく学問の自由と発展と
いう、我が国の大学が、多年にわたり幾多の試練を経て培ってきた、
大学自治の基本理念に反することがあってはならないのであって、当
該事案に照らし、任期法の適用を巡って、当該教員の再任に関する期
待権が正当な根拠を有する場合は、単に任期満了という法律要件の形
式的な適用に止まることなく、大学教員の任用に関する基本的な身分
保障の要請を十分考慮することが肝要である。

 本件についてこれを見ると、一般職の公務員と同様、外部評価委員
会の評価に「基づいて」再任の可否を判断することになっているので、
外部評価の結果、再任が可とされた場合に、それに「基づかない」再
任拒否は許されないことになっている。そうであるとするならば、本
件の任期満了とそれを前提とする任期満了退職の通知は単なる法律効
果の通知ではなく、相手方に対する一定の行政組織上の判断に基づい
て行われた積極的な処分と同視すべきものと解するのを相当とする。
仮に行政実体法上の免職処分と見ることが困難であるとしても、相手
方が、行政訴訟上の救済を求めている以上、本件失職通知に至る一連
の手続を総合して行政事件訴訟法上の「行政庁の処分」と解して、本
件任期満了手続の違法又は不当を審理する機会を処分の相手方に与え
ることは、大学の自治と学問の自由に関する条理に照らし、決して過
剰な要請ではないと思料するものである。

 任期法について国会の附帯決議が濫用のおそれを指摘しているのも、
このような事態を予想したものであると解されるのであって、処分の
適正と被処分者の権利救済という見地からも、上記のような法解釈を
導くべきなのである。

 公務員の失職には、定年退職のように、期限の到来によるもの又は
禁固刑に処せられた場合のように、法定の事由によるものがあるが、
これらは、法令上当然に失職するものであって、通常は、格別の処分
を必要とするものではない。しかし、懲戒処分や分限処分について見
ると、特定の公務員の状況が、任命権者によって法定の懲戒処分や分
限処分の事由に該当すると判断された場合に、免職を含む処分がされ
る場合がある。この処分が、当該公務員の権利利益を害する場合は、
いわゆる不利益処分として、行政不服審査及び抗告訴訟の対象となる。

 このように、公務員の失職は、法定の事由による当然失職と、任命
権者の判断過程を経た不利益失職処分に大別することが出来る(二分
論)。本件任期制による失職について、失職した公務員には何ら不利
益はないとする見解は、二分論の当然失職に当るとするものである。
しかしながら、私は、すべての失職を形式的に二分論で律することは、
失職に至る任命権者の関わり方によっては、具体的妥当性を欠く場合
があると考えるものである。すなわち、本件任期制の下では、任期満
了後の再任があり得ることとされている。もちろん、再任制度があっ
ても、それは新規任用と並行して行われるものであるから、任期満了
の公務員が再任を希望した場合、他の新規採用候補者に当然に優先す
るものではなく、他の新規採用候補者が存在しない場合でも、再任希
望者であるということのみで新規採用候補者と異なった取り扱いをす
べきでないことはいうまでもない。

 しかし、再任希望を有する者について、任期満了についての通知を
するまでに、内規により一定の手続を経ることとされている本件の場
合(京都大学再生医科学研究所任期制教官の再任審査に関する内規
(同研究所協議員会平成14年7月18日決定))、任期満了による
失職の通知に、行政手続上任命権者の意思が関わっていると解すべき
であって、このように、失職の通知に何らかの行政的手続が前置され
ており、しかも再任の希望を全く考慮しないという結果をもたらす場
合は、当該公務員の期待権を害することになり、形式的には期間満了
による失職の通知であっても、その実質において、任命権者の意思決
定が介在する失職の行政処分と見るべきであって、当該通知を受けた
者は権利保護を求める利益があると解するのを相当とする。


 2,次ぎに、大学の自治と本件失職処分との関係について述べる。
京都大学のいわゆる京大事件(沢柳事件・滝川事件)に象徴される戦
前の大学自治に関する理念の基調は、大学教授の人事に関しては、教
授会による自治を尊重すべきであるというものであった。しかし、大
学自治の理念もその運用を誤ると、教授会の独善や、派閥人事の隠蔽
などに悪用されるおそれがないとはいえない。大学教員に関して言え
ば、任期制の採用は、大学人事の活性化をもたらすものであり、ひい
ては、学問の自由を現代的な意味において発展させる契機となること
が期待される。しかし、その運用は、慎重であるべきで、本件におけ
る内規が、外部評価委員会に基づく協議員会の決定という制度を置い
ているのも、大学教員の身分保障という観点から理解出来るものとい
えよう。

 ただ、ここで考えなければならない問題がある。大学における人事
関連の教授や教員による組織(評議会、教授会、本件協議員会)の運
用は、任命権者や政府当局に対する場合でも、或いは人事協議の対象
となる当該教員に対する場合でも、放埒で恣意的なものであってはな
らないのであって、常に客観的に公正なものであることが期待されて
いるということである。

 本件において、任期満了前に再任拒否の決定がなされていることは、
単なる任期満了による失職と異なり、外部評価委員会の評価に基づい
て協議員会が再任の可否について審議決定したということである。こ
のことは、基本的には大学における人事の自治的判断として尊重すべ
きであるが、再任拒否の決定を受けた者が、当該決定を不服として争
う場合には、少なくとも不服申立機関や裁判所に対する関係において、
右決定に基づく任命権者の最終的判断に対してこれを行政処分として
争う途が開かれなければならない。従って、当該被処分者が、任期制
の適用に同意しているとか、任期満了の通知に過ぎないという理由よ
り、争訟の道を全く閉ざすことは出来ないと考える。

 一般論として見ても、再任拒否の決定を、人事に関する組織が下す
ことにより、表面上は任期満了という形式を取っていても、再任拒否
の理由によっては、本人の将来にわたる経歴を考慮するとき、その利
益を害する恐れなしとしないのである。このように大学自治の下にお
ける大学教員の身分保障と任期制の問題には単なる期間満了の法理の
みでは解決し得ないものがある。形式的には、期間満了の状態にある
失職公務員に対する行政救済は、抽象的には執行停止の問題を含めて
法理論構成上の難関があることはよく承知しているが、本件について
原告の法律上の地位を、失職に関する処分を受けた地位と理解すれば、
解決の糸口を見いだすことは出来ると考える。

 阿部教授の意見書はこの意味において、原告擁護の立場に立ついわ
ゆるためにする理論ではなく、任期制と大学教員との相関関係につい
て行政救済の面から検討を加え、かつ行政訴訟の将来を見据えたもの
で、十分検討に値する。私としては正鵠を得たものと評価したい。

 なお、期間満了による失職の行政処分性については、法定の事由に
よる失職の場合でも行政処分に当るとした名古屋地判昭和47・11・
8行裁集23巻12号855頁、期間満了前にした再免許しない旨の
通告の行政処分性を認めた、FM東海事件東京地判昭和43・8・9行
裁集19巻8・9号1355頁を、本件の期間満了の通知に至る再任
拒否処分の過程における人事上の裁量権の行使については、いわゆる
個人タクシー事件最高裁判所判決(最判昭和46・10・28民集2
5巻7号1037頁)を、再任拒否処分の行政処分性については水戸
地判昭和55・11・20判時999号118頁を参考判例ないし裁
判例として援用する。

                          以上
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