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労安法違反のままの法人化は 命取り

労働安全衛生法違反のまま国立大学法人化をゆるしてはならない!

                名古屋大学 理学部技術部 河合利秀
はじめに

 大学法人化の議論のなかで、当局の労働安全衛生法に対する認識と対応が混乱
している現状に、大きな危機感をもちます。
 労働3法の基本理念において、一般事業所をどう捕らえるのかなどの解釈や、
労働者ではない学生も「実験」で危険物を扱ったり危険作業を遂行することをど
う考えるかなど、グレーゾーンの存在があって、十分整理されていない問題では
ありますが、昨今の事業所事故や観客を巻き込んだ事故例を考えますに、大学当
局の理解は極めて自分本位であり、社会常識とかけ離れた解釈であると言わざる
を得ません。このような解釈にもとずいて大学法人の設計がなされていることに
、大いに警告を発すると共に、教員の皆様方には大学人として「学生の安全を守
る」という観点を貫いた大学の制度設計と共に、ともすれば教育研究最優先でお
ざなりになってしまう「安全」の「意識改革」をお願いすべく、本文章を書きま
した。まだ十分推敲できず乱文のまま投稿するのは心苦しいのですが、事態が猶
予のならない状況であることに免じ、お許し下さい。

1、労働安全衛生法違反の大学

 国立大学の法人化は、これまで想定していなかったいくつかの問題を浮かび上
がらせました。その一つに、労働安全衛生法があります。
 ご承知のように、国立大学の行政職員は公務員でありますので、公務員法に則
った人事管理がなされています。それが、法人化によって、一事業所の扱いとな
り、大学で働く人々に「労働法」「労働組合法」「労働安全衛生法」が適用され
ることとなります。
 ここで問題となるのは、労働安全衛生法(以下、単に労安法と省略記述する)
に関する事項です。
 労安法は、事業所で働く労働者が弱い立場であり、法律で守らないと労働者の
命と健康を維持できないことから、事業者に対して「最低これだけは守りなさい
」という主旨で策定された法律です。従って、労安法における危険物や毒物と取
り扱い業務における管理規定や労働者の健康管理に関する条文は、時代と共に補
強され、詳細を労働厚生大臣が定める施行令や労働安全衛生規則などによってき
め細かく定めるという多重構造の法体系となっています。
 公務員労働者の安全と健康に関することは、公務員法及び人事院規則等で規定
されており、その扱いに大きな違いがあります。
 労安法以下の体系は、労働厚生省が各事業所に対して行政処置や罰則も含めた
強い処置を行うことができるのに対して、公務員法では罰則もない「遵守」すれ
ばよいばけのものなのです。
 これをよいことに、これまで国立大学では、人事院規則違反もお構いなしに教
育・研究を優先してきた結果、労安法違反の職場実態が広範に出現し、教員自ら
も危険な職場実態に麻痺して、このような環境を改善しないまま今日に至ってい
ることです。先の国会討議で浮かび上がったのは、このような国立大学の実態で
あり、しかもその本当の姿がいまだに十分把握できない(法の解釈すら定まって
いない!)という事実であります。

2、安全に無頓着な文部科学大臣・文部科学省・大学当局者、そして教授達

 このような労安法違反の実態は、先の国会審議で明らかになったものですが、
その解消のための施設予算を文部科学省が特別に用意するかと思いきや、なんと
「従来の公費から捻出せよ!」と言う驚くべきものでした。このことは、文部科
学省は労安法違反の実態に責任を負わず、もっぱら大学にその責任を押しつけた
不当なものであることはいうまでもありませんが、労安法違反の危険な事業所実
態を「学生の勉学環境」として押しつけて平気でいる文部科学大臣や文部科学省
の姿勢に、改めて強い怒りを感じるものです。
 それと同時に、このような違法性を周知した状況では、法人化に進もうとする
大学当局や指導的立場の教員にも大きな責任が発生したことになるのではないで
しょうか。これからは、業務上過失致死傷立件や損害賠償を承知で、教育研究を
企画立案・遂行しなければなりませんが、そのような覚悟ができているのでしょ
うか?
 今日の法人化の議論において、学長の権力集中による自治破壊すら無関心で自
己の研究成果のみに専念する多くの教員に、大学の果たすべき役割や国民の付託
に応える学問の自由に根ざした教育研究の主催者たる自覚を、感じることができ
ないのです。

3、学生が大学内で実験中に事故死したら「大学お取りつぶし!」

 それでは、労案法違反の実態が如何に法人化後の大学にとって恐ろしいもので
あるかを、考えてみましょう。
 大学入試の採点ミスで学長以下関係教授が総動員で「お詫び」を繰り返したこ
とを思い出して下さい。このときの受験生は、人生の方向が狂ったかもしれませ
んが、人生が完全に失われるものではありませんでした。それでも、一般社会か
らは厳しく糾弾され、関係する教授が「お詫び行脚」をするという事件になりま
した。
 それでは、もし不幸にして学生が大学の研究施設で事故死したとしましょう。
これまでは労安法違反の実態が隠されていたので、損害賠償等の訴訟には至らな
いで穏便に済んだかもしれません。しかし、法人化以後は全く異なった状況下に
大学が置かれるのではないでしょうか。このような事件が発生すれば、一事業所
の事故として労安局や警察が徹底して過失の有無を調べられることになります。
労安法違反を放置していた大学当局は厳しくその責任を追及され、事故をおこし
た施設の管理者は「業務上過失致死罪」で刑事処罰の対象となります。
 このような事態ともなれば、当然のことながら、遺族の思いは「労安法違反の
実態を放置した大学の責任」に向けられ、膨大な賠償金を要求されるでしょうし
、社会的にみても許されない行為として大学は厳しくその責任を問われるでしょ
う。
 国立大学の間まであれば、国に賠償責任が生じるのですが、法人化後は各法人
が独立採算なので、このような賠償は全て大学法人の負担となります。病院を抱
える大学は医療ミスによる賠償が法人を揺るがしかねないことを重く見ています
が、これと全く同じ危険性が、実験系の研究室に普遍的に存在するのですから、
このような事件が続発すれば、経営体力の脆弱な大学は存続すら危ぶまれる窮地
に陥ることは必定です。

4、世間の常識とかけ離れた大学

 しかしながら、問題は施設の不備だけに留まりません。文部科学省や大学の関
心はもっぱら施設の不備に向けられていますが、労安法は「安全教育」の徹底を
重視しています。
 学生は労働者ではありません。むしろ、学費を受け取っている大学からみれば
「お客さん」なのではないでしょうか。その「お客さん」を危険にさらすのであ
ればなおのこと、安全の徹底が重要だと考えます。ジェットコースターの事故例
を見ればわかる通り、主催者側の責任が一方的に問われるのです。
 実験系の研究室では、学生が労安法に定める危険物質を取り扱ったり、危険を
伴う作業は当たり前のようについて回ります。これらの作業なしには実験は進め
られないのですから、教育・研究の前提が成り立ちません。
 それではどうするか。
 彼らに十分な安全教育を実施し、安全管理を徹底する組織的な取り組みや実態
を積み重ねること以外に方法がないことを肝に銘じるべきです。
 もし皆さんのご子息が違法状況を放置している環境下で実験しているときに事
故に遭遇したとき、あなたはどの様な態度をとられますか?
 科学の前進のためには多少の犠牲も仕方ない。我が子は科学のために尊い命を
捧げたのだ!などと本気で思いますか?
 私は関係者の過失責任を徹底的に追及します。それが以後の無為な事故死を防
ぐ唯一の道だからです。
 しかし、さらに驚くことに、このような認識を、文部科学省も、大学上層部も
、私の周りの教授層も全く抱いていないと言うことです。
 その証拠には、国大協が厚生労働省に対して、違反状況を数年間猶予してほし
い旨の要望書を出したことで明白です。
 猶予期間中は労安法違反は明白です。本来ならば違反している作業は行えない
ことになります。このような不安を抱えたままで、はたして「大学」の教育と研
究が実施できるのでしょうか。

まとめ

 以上述べてきたように、労安法対応は極めて重要な事項にもかかわらず、おざ
なりな対応で、違法状態を解消しないまま法人化すれば、大学の命取りになりか
ねない状況があることをしっかり認識した上で、法人化実施をしばらく延期し、
法的に十分準備を整えるのが本道ではないかと考えます。
 そのためにも、是非ともこの問題に関する徹底した討論と啓蒙をお願いすると
ともに、法令違反のまま法人化が実施されないよう、共に力を尽くしましょう!