新首都圏ネットワーク |
【分析・研究】科学技術政策の動向 首都圏ネットワークではこれまでも重要な問題について不定期で分析・研究 を行ってきました。新たに出発した首都圏ネットワークもそうした活動を継続 したいと思います。今回は、昨今の科学技術政策の分析を試みます。 2003年8月21日 国立大学法人法反対首都圏ネットワーク事務局 基礎科学をめぐる危機 わが国の基礎科学に総合科学技術会議が大きな暗い影を落としている。 これには「失われた10年」を通じて、民間の研究開発投資意欲が低下し、 国の産業政策に何をやってもだめという手詰まり感がでてきたことが背景にあ る。そこで経済産業省などに主導され、科学技術が国の「一丁目一番地政策」 (最重点政策のこと)に格上げされることになった。これは一見科学重視政策 の様に見えるが、小泉行革の新自由主義路線に則って行われたため、副作用の 方が大きいという悲しむべき結果を生んでいる。国の「非常時」にあたり、大 学における研究に「総動員令」を出す一方で、お役に立てない基礎科学は退場 を命じられたからである。 好況期のわが国の科学技術政策は、それほどおかしなものではなかった。 1995年に議員立法で制定された科学技術基本法には崇高な理念も含まれており、 それに基づいて出された第1期科学技術基本計画('96-'00)では政府研究開発 投資を欧米並の対GDP比率にとするため、5カ年間で17兆円の支出が決定された。 しかし猫の目行政のわが国らしく、2年後の1998年には第1期計画の早期見直し が行われた。その検討を経て、「基礎研究と応用研究は車の両輪」とする第2 期科学技術基本計画('01-'05)が策定されたが、それは発足前に踏みにじら れることになる。時を同じくして、2001年に総合科学技術会議が発足したから である。 総合科学技術会議は科学技術庁が所管していた科学技術会議(1959年発足) を置き換えたものであるが、科技庁と文部省が統合されてできた文部科学省の 所管とならず、内閣府に置かれた。15名のメンバーの内7名が大臣であり、 「全員の同意を得られない場合には、議長が会議の議論を踏まえた上で、議事 を決する」(運営規則案第4条)という、議長である総理大臣の意向に反する ことが決まることは有りえないトップダウンの仕組みをもっている。 総合科学技術会議は文部科学省内に置かれた科学技術基本計画準備室と重複 して科学技術政策を論じることになったので、役割分担が合意され、前者が総 合的かつ全体的な施策を、後者が具体的な重点分野の設定などを論じることに なっていた。しかしその約束は守られることが無かった。総合科学技術会議は 「重点分野推進戦略専門調査会」を作って、「重点4分野」としてライフサイ エンス、情報通信、環境、ナノテクノロジーを策定したのである。それを受け て財務省が、重点4分野以外の研究には予算を付けないと明言したため、その 年の新規プロジェクトは雪崩を打って、「すぐ役に立つ」分野が選ばれること になった。さらに、「国の政策として実施」「研究成果の産業への迅速な還元」 「省庁間の重複の禁止」「重点化、整理、合理化、削減」などのスローガンが 付け加えられたので、同様の研究は一ヶ所でやれば十分との査定が為されたの である。 このような動きの中で、大学の研究に大きく影響するであろうもう一つの施 策が決められた。それは競争的研究資金の重視と、それに対して30%の間接費 を付けることである。この間接費(オーバーヘッド)は米国のNSFの仕組みを まねたもので、現在は施設費、事務経費、光熱費などに使われているが、法人 化後は、これで技術スタッフのみならず研究者自身の人件費や大学院生の賃金 までもカバーすることが組み込まれている。米国の大学の間接費はまさしく大 学の運営を根本から支える資金であり、それなくしてはやっていけない。勢い、 研究費が取れる分野の研究が加速され、研究者の選別が進むことになる。わが 国でもこのようなトレンドに乗れない大学は、研究大学から教育専門大学に格 落ちせざるを得ない運命が待っているだろう。 科学研究費補助金の配分審査の変質 科学研究費補助金(科研費)は文部科学省審査分の特定領域研究、萌芽研究、 若手研究及び学術創成研究費と、日本学術振興会審査分の基盤研究に分かれて いる。日本学術振興会担当分の科学研究費補助金の配分審査は、約4500人の審 査員で構成される科学研究費委員会によっておこなわれているが、従来これら の膨大な数の審査員の推薦は、毎年、日本学術会議が依頼を受けて行ってきた (http://www.jsps.go.jp/j-grantsinaid/index.html)。具体的には各分野の登 録学術団体(学会)から指名された委員よりなる研究連絡委員会が審査員を推 薦することになっていたのである。 日本学術会議は、わが国の科学者を代表する国の特別の機関として、国費で 運営されながら政府から独立して活動するという性格を与えられていた。しか し、その特性は風前の灯となっている。同会議は独自の「日本学術会議の在り 方に関する委員会」を組織して、自ら改革の方向を探ってきたが、ほぼ同時に 総合科学技術会議が「日本学術会議の在り方に関する専門調査会」を開催して、 トッップダウンの改革案の作成を行なった (http://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/gakujutsu/gmain.html)のである。 最終的には総合科学技術会議の意見が大幅に取り入れられ、平成15年7月に 「日本学術会議の改革の具体化について」 (http://www.scj.go.jp/arikata/kaikakutop.html)が出された。学術会議は総 合科学技術会議に屈服する形で、「科学者コミュニティの代表機関として総合 科学技術会議との車の両輪」体制に生き残りをかけているが、はたしてこれを 科学者コミュニティ自身が認めるかどうかは大いに疑問である。 日本学術会議はこれまで学問の特質にそって理学、工学など7部に分かれて いた体制を、「生物生命系」、「人文社会系」、「理工系」の3つに統合し、 すでに科研費配分率が5割を超えているバイオ・医学分野に重点を置くことに なった。会員はこれまで実質的に学会推薦委員間の選挙により選ばれてきたが、 今後は会員自身の推薦により後任が選ばれることになる。またこれまでの研究 連絡委員会委員は「連携会員」として、学会の推薦の他、学術会議の独自審査 や外国人の登用などを組み合わせて選ばれることになる。 丁度この時期は日本学術会議が18期から19期に移行する時でもあったが、改 革案が決まるまでは古い体制が否定された訳ではないとの考え方の下に、19期 の委員・研究連絡委員の選出や科研費審査員の推薦が、これまでの方式で行わ れた。しかし、改革の行方次第ではこれらの委員は選出はされても実質的には 任命されない可能性や任期が短くなる可能性が残っている。 これらの「変革」に呼応する形で、日本学術振興会は平成15年7月1日、 学術システム研究センターを設置した (http://www.jsps.go.jp/j-news/030701/01.pdf)。これは学術振興方策に関す る調査・研究, 学術研究動向に関する調査・研究などを職務内容とする組織で、 全ての分野を8領域40分野に区分し、各領域1名、計8名の主任研究員、各 分野1名毎の40名の専門研究員を置いており、その任命が現在進んでいる。こ れらの委員の調査研究の対象には科研費の審査方法や審査員の選考方法の改訂 も含まれており、このセンターの審議次第で、配分審査が大きく変更される可 能性がある。問題があったとは言え、学術会議の研究連絡委員会が選出した審 査員によるボトムアップの審査から、学術システム研究センターによるトップ ダウンの審査方法に変わる可能性が出てきている。 学問全体を40の分野に分けると、たとえば物理学は素粒子と物性の2つに、 数学や地球科学は1つの分野にしかならない。これをそれぞれ一人の専門研究 員が見ることになるが、分野全体を理解することはほとんど不可能ではないか。 基礎科学を取り巻く環境で見られるこのような総合科学技術会議の影は、学 問自体を変質させるものであり、今後有効な対抗手段を構築していく必要があ る。 |