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共同通信配信記事 2003年7月15日〜22日 『信濃毎日新聞』2003年7月15日付 夕刊 再生に挑む 国立大法人化の行方 1 ◆膨大な準備 教員忙殺 研究も犠牲 「事細かに指示しているじゃないですか」 国立大法人法案を審議していた六月十日の参院文教科学委員会。民主党の桜 井充議員が資料をかざし、激しく遠山敦子文部科学相に迫った。 問題にしたのは「国立大学法人(仮称)の中期目標・中期計画の項目等につ いて」と書かれたA4判の資料。法案も提出されていない昨年十二月に、文科省 が国立大に学部学科ごとの具体的な計画事項の提出を求めたことを示していた。 遠山文科相は「参考資料として出していただくもの。提出は大学の判断」と かわしたが、桜井氏は納得せず審議がストップした。 「大学教員がこの指示を受けてどれだけ苦労しているか、知らないのか」。 傍聴していた東京外国語大の岩崎稔・助教授は憤った。 法人化に伴い、文科相が大学ごとに教育研究や運営の指針を定める「中期目 標」制度が導入される。各大学は昨夏ごろから、その原案づくりに追われてき た。岩崎助教授は「肝心の教育や研究を犠牲にして十回は書き直した」。 中国地方の国立大学長は「膨大な作業だ。どこまで書くかという判断も難し い。教官をこんな作業から解放したい」と悩みを打ち明ける。 来年四月の移行に向け、外部役員の選任や大学の保有する資産の評価など、 ほかにも課題は山積している。 「通常の三倍の仕事をしている」と近畿地方の国立大事務局長。九州地方の 学長は「手探り状態。どうすればいいか誰も分からない」と未経験の作業に戸 惑う。 法案審議が止まった六月下旬。ある国立大幹部は「遅れは痛い。外部役員を 委嘱する交渉など、成立しないと動けないことが多いのに」と焦りをみせた。 共同通信が実施した六月の国立大学長アンケートでは20%が「法人化は二〇 〇五年以降の方がいい」と先延ばしを求めた。「準備期間があまりにも短い」 (小樽商科大)、「急ぎすぎだ」(大分大)と悲鳴も上がる。 文科省幹部からも「何もかもが一度に変わりすぎる。せめてあと一年余裕が あれば」という声が漏れ始めた。 文科省が法人化で目指すのは「活力に富み、個性豊かな大学」。それとはほ ど遠い疲労感と焦燥感が大学を覆い始めた。 ◇◇◇ 国立大を国の直轄から切り離す国立大法人法が成立し、来春から新たな国立 大がスタートする。「競争原理」や「運営の効率化」を強調する改革によって、 国立大はどう変わるのか。改革の行方を探った。 ___________________________________ 『信濃毎日新聞』2003年7月16日付 夕刊 再生に挑む 国立大法人化の行方 2 ◆地方は必死 生き残りへ学部再編 「生き延びるにはどうしても理系学部が必要です。地方の国立大は必死なん です」 福島市郊外の丘陵地にある福島大。臼井嘉一学長が力説した。 福島大は教育、行政社会、経済の三学部を持つが、理系学部がないため企業 からの資金提供が伸びない。地元企業や行政と連携した地域貢献も、円滑に進 まない。理系創設は二十年来の悲願だが、法人化で必要性はますます高まって いるという。 「学部増設は認められない」「教員増も無理」。文部科学省の姿勢は厳しい。 そこで全学を文・理の二学群に再編し、その下に四学類をつくる苦肉の策を打 ち出した。 既存学部の理系教員を回し、定年退職や転出した教員の穴埋めをせずに新学 類に振り向けてスタッフをそろえた。 福島大の教員養成課程は教員採用率が52%と東北地方でトップ。しかし文科 省に「教員養成と新設学部の両立は大変ではないか」と言われ、手放すことに 決めた。 学内には「ここまで犠牲を払う必要があるのか」との不満もあったが押し切っ た。だが構想が実現しても安心はできない。地場産業が振るわず、東北の他大 学からは「連携しようにも地元企業が衰退している」と悲鳴も上がっている。 「法人化で得をするのは旧帝大や首都圏の大学だけではないか。地方はそん な疑問の目を向けている」。臼井学長がため息をついた。 六月上旬、京都市で開かれた内閣府主催の産学官連携推進会議。廃木材を使っ た吸湿炭、ガソリンタンクのコーティング技術…。全国の大学がブースに分か れ、カラフルなパネルで企業との共同研究の成果を展示、新たな提携先も探し た。 北見工大(北海道北見市)は高性能防雪さくと、氷雪の付着を防ぐ撥水(はっ すい)性被膜の研究を披露した。「地方では大規模な共同研究は無理。大企業 が手を付けないようなすき間的な研究を目指すしかない」と担当者。 高知大の内田昌克教授は「高耐震エコ建築鉄骨ビル」を展示した。「都市に 比べ不利な点があるのは確かだが地域の応援があり、県の助成も受けやすい」。 内田教授はメリットを生かし前向きに取り組もうと考えている。 ………… 評価と運営交付金 文部科学省に設置する第三者機関の評価委員会が、目標の達成度など各大学の 業績を6年単位で評価、その結果が国からの運営交付金額に反映される。評価 委の人選や評価基準について文科省は「検討中」としている。 ___________________________________ 『信濃毎日新聞』2003年7月17日付 夕刊 再生に挑む 国立大法人化の行方 3 ◆学費値上げ 学部間格差の発生も 「学費を下げたら人気が上がるだろうか」 西日本の国立大幹部は学内の会議が終わった後、居酒屋で杯を傾けながら切 り出した。 「下げたからといって受験生が集まるのか。『大学に付加価値がないから』 とみられかねない」と別の幹部。 「学費を上げられるのは有名校だけだろう。地方大は上げにくいよ」。そん な見方の同僚もいた。 法人化後、国立大の学費はどうなるのか。大学関係者や学生の関心を集めて いる。各大学が一定の範囲内で決めることになるが、下げる方向という大学は ほとんどない。 名古屋大は昨年十月、国からの運営交付金の額によっては現在約五十二万円 の年間授業料が七十万−八十万円程度になるとの試算をまとめた。 新潟大は学生一人当たりの年間教育経費を試算。人文社会学系三十四万円に 対し、医歯学系は百三十六万円と四倍の格差があった。新潟大は学費に反映す ることに慎重だが、大学によっては現在全学部一律の学費を改めるとの判断も あり得る。 愛媛大の小渕港教授(財政学)は「将来的に学費の上昇は避けられない」と みる。 愛媛大を例にとると、付属病院収入を除けば自己財源は四分の一程度にすぎ ず、残りは国庫に依存する。法人化されれば外部資金の導入など自己財源の調 達が求められるが、地方では外部資金には多くを期待できない。 「国の財政状況を考えれば、国庫支出は今後削られる可能性が高い。行き着 くところは学費の値上げと教職員の削減という最悪の事態だ」 小渕教授は最近、アルバイトに励む教え子が増えたと感じている。「以前は バイト代を趣味につぎ込む学生が多かったが、今は生活費を稼ぐため。不景気 で親の収入も落ち込んでいる。学費が上がれば影響は深刻だ」 長崎県出身のお茶の水女子大四年生(二一)は気が気でない。三人姉妹の真 ん中で、姉は国立大の大学院生、高三の妹も進学の予定だ。父は会社員、母は パートで家計を支える。親の負担を考えて寮で暮らし、学費と寮費以外の生活 費は奨学金とアルバイトで賄う。 「今でも国立大と私大の学費の差がどんどん縮まっているのに…。これ以上 高くなったら困る」 ………… 国立大の学費 法人化後の国立大は、一定の範囲内で個別に学費を設定する。文部科学省は標 準額を示す方針で「授業料は現行の約52万円が基本になる」としている。共同 通信の6月アンケートには、国立大学長の半数が「上がる」と予測した。 ______________________________________ 『信濃毎日新聞』2003年7月18日付 夕刊 再生に挑む 国立大法人化の行方 4 ◆採算性重視 基礎科学の冷遇 懸念 基礎科学研究を支援する財団をつくりたい−。六月十五日、愛知県豊橋市の ホテル。ノーベル物理学賞を昨年受賞した小柴昌俊・東大名誉教授が市民栄誉 賞授与式でこんな構想を打ち出した。 国立大法人化への危機感に迫られてのことだ。「採算性重視のあまり、基礎 科学の分野が冷遇されるのは目に見えている」。説明する口調に力がこもった。 政府の研究予算は最近、バイオテクノロジーやITなど応用分野に集中する。 小柴さんは「産業に役に立つかどうかばかり考えている」と批判してきた。そ の傾向が法人化でさらに強まると危ぐする科学者は多い。 銀河系を泡の連なりに見立てた「泡宇宙論」の提唱で知られる名古屋大の池 内了教授には、米国のワイオミング州立大が最近、天文学教室の廃止を打ち出 したことと法人化後が重なって見える。 「天文学は文化にだけ貢献し、金にならないから経営上は軽視される。国立 大が中心となってきたこういう分野は、国が責任を負うべきだ」 文部科学省幹部は「経済産業省など『カネになる研究に予算をつぎ込め』と いう勢力に、基礎研究の重要性を訴えているのはわれわれだ」と理解を求める。 だが、法人化した大学は六年ごとに中期計画を策定する仕組みだ。 池内教授は「細切れに期限を区切られ、小さな仕事しかしない研究者集団に なる。ノーベル賞も遠ざかる」とみる。 法人化を機に文科省は、二十の国立大にある計五十八の研究所の再編を打ち 出した。「知的創造力が乏しい」「教官が三十人以下」。諮問機関の科学技術・ 学術審議会特別委員会が今春出した報告書は廃止や再編の基準を示したが、あ る教授は「多様な学問の必要性にまるで理解がない」と吐き捨てた。 東大地震研究所は観測の空白域だった西太平洋に地震計などを設置している。 「データを集め、地域の特性が分かるには三十年以上かかる。成果がないから 突然打ち切ると言われても困る」と山下輝夫所長。 地震研は今春、北海道大や九州大などから四人を客員教授に招いた。「連携 を深めることで、こういう大事な分野もあるということを、ほかの大学や東大 のトップにも伝えたいんです」 ………… 中期目標・中期計画 法人化した国立大の運営や教育研究面の指針となる期間6年の目標・計画。文 科相が各大学の意見を聴いた上で大学ごとに中期目標を決定。これに沿って大 学が中期計画を作成、文科相が認可する仕組み。 ___________________________________ 『信濃毎日新聞』2003年7月22日付 夕刊 再生に挑む 国立大法人化の行方 5 ◆生殺与奪 ポスト放さぬ文科省 数年前、北日本の国立大の副学長になった教授(五二)が真っ先に手をつけ たのは、文部科学省から派遣されていた幹部に「お引き取り願うこと」だった。 「改革しようという気概がない。もっと有用な人材に代えたい」と持ち掛け られた文科省は慌てた。本省にはポストはなく、別の大学に押しつけるわけに もいかない。 文科省の妥協案は、これまで「よこせ」と要求しても出さなかった有望な若 手キャリアとの抱き合わせだった。「指定席を何としても確保しておきたかっ たのだろう」。副学長はそう推測する。 文科省はキャリアとノンキャリアの計約二千人を国立大に出向させている。 キャリアは出世競争に敗れたり、「本省の仕事に不向き」とらく印を押された りした人たちが多い。それでも役職は事務局長、総務部長といった重要ポスト だ。 法人化で出向はなくなるのか。文科省幹部は「もちろんこれまで通り引き受 けてもらう。そうでないと、本省は引き揚げ者であふれちゃうよ」とあっさり 言い切る。 それどころか新設の理事や監事に文科省出身者が就任する可能性さえ指摘さ れる。国会で遠山敦子文科相も「人事交流は組織活性化のため今後も必要」と 言明。だが具体的な枠組みは明らかにしなかった。 幹部が解説する。「こちらから持ち出せば”天下り””権限強化”と批判さ れる。だから大学に『お願いします』と言わせるんだ」 こう言い切れるのは、法人化した大学が文科省出身者を受け入れざるをえな い仕組みを作ったからだ。 再編・統合や名称変更、廃校にするには、文科省の大学設置・学校法人審議 会を経た上に、国会で「法人法」を改正することが必要。つまり、文科省が首 を縦に振らなければ実現しない。「結局、生殺与奪の権は文科省が握った」。 幹部は思い通りに運んだことに満足そうな表情を見せた。 西日本の学長も「数人の受け入れは仕方がない」と認める。「中期目標に業 績評価、運営費交付金。文科省とのやりとりは永久に続くから」 自主、独立した運営を目指すはずの法人化。だが大学には文科省の意向と出 身官僚が押し付けられる。関係者からは「結局、失敗した場合には責任をとら されるだけ」という冷めた見方も出ている。 (おわり) ………… 学外者の登用 国立大法人法は大学の最高意思決定機関である役員会と運営指針を定める経営 協議会に学外者を入れなければならないと規定。役員のうち監事は文科相が任 命するとしており「天下りポストになる」との懸念が出ている。 |