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新首都圏ネットワーク


『毎日新聞』2003年8月4日付

[論点]法人化でどうなる、国立大学


 ■来年4月からの実施でどう変わるのか。研究、教育にどんな効果があるのか■
 ◆自主性高めて経営を−−有馬朗人・参院議員、俳人、元東大学長
 ◇教育、研究にボトムアップの良さ残す

 ◇大学評価を適切に行い説明責任果たせ

 国立大学を法人化する最大の理由は自主性を高めることにある。私が文相と
して99年に法人化反対の方針を転換したのは、国立大が主体性を持つべきだ
と考えたからだ。

 東京大の学長になる前の88〜89年にかけて、優秀な外国人を2倍の給料
で採用しようとしたが、学部長より高いのはだめとか制約があってできなかっ
た。理事長を務めた理化学研究所では、業績を評価したうえで、それができた。
将来計画を立てやすく、自由度が高かった。理研が法人組織だからだというこ
とを悟った。

 文部科学省は第一に法人化の理由をよく考え、大学が本当に自主性を発揮で
きるようにしてもらいたい。もう一つ望むのは、今までの大学の良さや強さは
ボトムアップにあることを十分認識し、トップダウンだけで進めてほしくない
ということだ。大学の中期目標・中期計画を決める際も同じことが求められる。
これを生かしたうえで、トップダウンの戦略が必要なら付け加えればいい。

 教育なり研究は、まず個々人がどういう方向に進めるのか考えるところから
始まる。小柴昌俊さんや野依良治さんのノーベル賞の仕事がいい例で、いずれ
もボトムアップ型だった。トップダウンでノーベル賞は出ない。教育や研究の
目標がある程度固まり、もうひと押しすれば大成功するという段階では、逆に
トップダウンが効果を発揮する。

 大学もこういう機会をうまく使って主体的に動いてほしい。今も法人化に反
対の大学関係者がいるが、これまで文科省が干渉しすぎると文句を言っていた
のではなかったか。法人化で干渉は減るであろう。評価を嫌う人も多いが、国
が予算を出す以上、大学も文科省も国民に対する説明責任があり、評価は当然
である。説明責任を果たさない自治はあり得ない。

 ただし文科省と総務省の大学評価の手法には注文がある。文科省の評価委員
会は各大学の自己点検・自己評価を信頼して大学全体のレベルを評価し、総務
省は文科省の評価委の評価結果を検証すべきだ。総務省が直接、個々の大学を
評価してはいけない。

 学内評価で個人の待遇に差がつくのもやむを得ない。自己責任であり、頑張っ
た分だけ良くなる。文系を含む基礎研究がないがしろにされてはもちろんいけ
ない。しかし法人化するしないにかかわらず、要は教育・研究者がいい仕事を
することにつきる。私たちは繰り返し基礎研究と教育の重要性を訴えており、
文科省も理解しているはずだ。

 現職官僚を含む広い意味の天下りについて言えば、私が学長の4年間に事務
局長は文部省人事で3人も代わった。私の意向はほとんど反映されなかった。
しかし、法人化後は大学側が主導権を持ち、優秀な人に来てくれと頼めるのだ
から、自主性が増す。むしろ文科省に限らず、現役でもOBでも大学側が選べ
るのだということをしっかり認識し、積極的に経営に利用すべきだと言いたい。

 ◇ありま・あきと

1930年生まれ。東大理学部卒。原子核物理学専攻。89〜93年に東大学
長。中央教育審議会会長。98年に参院議員、文相。句集に「天為」など。

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 ◆発展を促す起爆剤に−−石弘光・一橋大学長
 ◇文科省の介入強まるという懸念は無用

 ◇規模や特性を踏まえ独自の将来構想を

 国立大学の法人化に関し、これまで賛否両論の立場からさまざまな意見が交
わされてきた。しかし今後は単なる反対論を繰り返すだけでなく、実施に向け
て建設的な議論を行い、法人化への準備を進めるべきである。

 これまで国立大学法人に反対する立場からいくつもの批判がなされてきたが、
私は法人化の仕組みの中で十分それらに対処しうると考えている。つまり法人
化がなされたら、大学の自治、研究の自由がなくなるとか、あるいは国や文部
科学省の介入がより強まるとかの危惧(きぐ)が出されている。しかしながら
大学側が自己責任に基づき、毅然(きぜん)たる態度を貫けば十分に対応でき
ると確信している。

 実施にあたっては運用次第といった側面が多い。大学側はいたずらに文科省
に対し、不信、懸念を持つのでなく、制度の運用にあたり相互に理解を深め緊
張関係を保ちつつ、大学本来の使命・機能を向上させるように努めねばなるま
い。

 90ほどある国立大学は、これから法人化の準備にあたり正念場を迎える。
いくつか留意せねばならぬ点がある。第一に、各大学とも「個性輝く大学」を
目標に、過去の伝統、大学の規模・特性、地域性などを踏まえ、他の追従を許
さぬだけの独自の将来構想を打ち出す必要がある。間違っても、すべての大学
が「ミニ東大」を目指すべきではない。こんなことをすれば法人化の意義がな
くなる。

 第二に、法人化に際し、あまり弱音を吐くなといいたい。大学関係者の議論
を見ると、うちの大学は小さく大規模な大学に太刀打ちできないとか、地方に
位置し大都市の大学と競争ができないとか、専門が偏りすぎ発展性がないとか、
とかく心配の種は尽きないようだ。しかし規模だけで大学の実力が測れないよ
うに、この種の悩みはあまり根拠があるとも思えない。自分たちの強みを積極
的に伸ばし、弱みを補うことを考えるべきである。攻撃は最大の防御なのだ。

 第三に、いたずらにあらを探すのでなく法人化の法的な枠組みを受け入れ、
自分たちの使い勝手のよい制度を構築したらよい。それだけの裁量の幅はある。
学外者の参加、学長を中心とした学内の意思決定、任用制を認める教員人事な
どいずれを見ても、活用いかんによっては大学の発展を促す起爆剤となりうる
ものである。守旧的な考え方とは相いれないが、日本の大学がやっと国際的な
レベルになるということである。

 そして第四に、教育をより重視した大学運営に改めるべきだ。従来ともすれ
ば研究中心で教育を結果として軽視しがちであったことは否めない。法人化の
結果、どこの大学でも学生に質量ともに充実した教育サービスを提供するよう
になってほしい。

 この際、最も重要なことは大学人の意識改革である。旧態依然たる従来の制
度・慣行と決別し、後ろ向きの議論をやめ、新しい国立大学法人の構築に向け
て歩み出すときである。

 ◇いし・ひろみつ

 1937年生まれ。一橋大大学院博士課程中退。経済学博士。著書に「大学
はどこへ行く」など。98年から学長。01年から国立大学協会副会長。

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 ◆教育水準の低下招く−−桜井よしこ・ジャーナリスト
 ◇改革に名を借りた文科省の権益拡大策

 ◇大学を蝕む法律は一日も早く見直しを

 文部科学大臣が100年に一度の大改革と述べた国立大学法人化は、大学関
係者らの強い反対にもかかわらず、来年4月に施行される。

 高等教育及び学術研究の水準の向上を目指すとされながら、むしろ高等教育
の水準を確実に低下させかねないのが第一の特徴である。文部科学省の意向が、
人事、教育、研究に、あまねく強く反映され、同省の権益拡大となるのが第二
の特徴だ。

 6年間をひとつの区切りとして、教育・研究の中期目標を定めることになっ
たが、その中期目標は文科大臣が定めるとした国立大学法人法第30条第3項
と、中期目標を達成するための中期計画を大学が作成し、大臣の許可を受ける
とした第31条を見よ。頭脳は大臣、手足は大学という構図である。

 どの国に、このような恥ずかしくも愚かな教育政策があるだろうか。87国
立大学すべての、教育で目指すべき課題、研究で達成すべき目標を定める識見
と能力は、大臣にも文科官僚にもない。第一、高等教育や研究に、6年単位の
目標設定はなじまない。

 参院文教科学委員会の審議で右の中期目標は、各大学の学部、研究科、付置
研究所単位ごとにこと細かに定められることが判明した。しかも文科省は法律
成立前の02年に、すでに各大学あてに中期目標の原案の定め方、報告の仕方
などについて、A4判横長用紙、1ページ40行、1行72文字で書けなどと
些末(さまつ)なまでに詳細な指示を出していたことも判明した。

 文科官僚が重箱の隅を針でつつくような無意味な検証をする姿が想像される。
この種の検証と認可の過程で、大学への文科省支配は確実に強められていく。
文科省の意向をうかがい、その意図するところに従わざるをえない精神の隷属
を大学側に強いるからだ。

 遠山敦子文科大臣や河村建夫副大臣らは、当初、そのような指導を既に開始
していたことを否定した。が、問い詰められて認め、6月26日参院文教科学
委員会で大臣が謝罪した。国会で偽りの答弁をしてまで、法人化を進めた理由
は人事構想にあらわである。

 大学の人事は文科大臣が任命する学長の下に、文科大臣が任命する2人の監
事、その下に、理事が置かれる。だが、驚くことに大学ごとの理事の数も、ま
た全大学の学長、監事、理事の給与も、今回の法律で、決められているのだ。
法人化は大学を自己責任で自由闊達(かったつ)に経営させていくことが目標
だった。一連の決定は明らかに目標に逆行する。

 こうして580のポストが新設され、各ポストの給与が法律で担保された。
580人への給与支払いは、計97億円にのぼる。大学法人化は大学のためで
も、教育を高めるためでもない。国家百年の計でもない。官僚の天下り先とそ
の待遇を担保した品性いやしい制度改変にすぎず、改革に名を借りた官僚の自
己利益増幅である。大学教育を蝕(むしば)む国立大学法人法の、一日も早い
見直しが重要だ。

 ◇さくらい・よしこ

 ハワイ州立大卒。95年に「エイズ犯罪 血友病患者の悲劇」で大宅壮一ノ
ンフィクション賞、98年には「日本の危機」などで菊池寛賞を受賞。

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 ■編集部から■

 国立大学法人法が先の国会で成立し、国立大は来年4月から法人化されます。
学長を中心とした経営の自由度が高まり、横並びだった大学が競争にさらされ
ることになりますが、一方で国の関与が強まるという批判的な見方もあります。
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