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『文部科学教育通信』2003年7月28日号 No.80 特別寄稿 「国立大学法人法の成立の意義と今後の課題」 文部科学省高等教育局 主任大学改革官 杉野 剛 ◆国立大学法人法の成立 去る七月九日、国立大学法人法案は、参議院本会議において賛成多数で可決、 成立した。行政改革会議で独立行政法人化が議論されてから六年、政府として 公式に検討開始を決めた平成十一年の閣議決定からでも、実に四年を越える歳 月を要した。 実は、国立大学法人化の議論は、さらに長い経緯を持つ。昭和三十年代の永 井元文相の「大学公社」論や中教審の四六答申、臨教審の第三次答申など、い くつかの提言が試みられた。しかし、その改革の衝撃の大きさ、合意形成の難 しさ、財政削減に対する疑念ゆえに、現実の政策課題とされることなく、今日 に至った。 今回の議論も、その発端が「行政改革会議」にあったため、一時期、大学関 係者の強い反発を招き、混乱の様相を呈したが、国大協を始めとする大学人が いち早く主体的に受け止め、常に議論をリードしたことが、この問題を「行政 改革」から「大学改革」の文脈に引き戻すことを可能とし、「国立大学法人法」 として実を結んだ。 ◆国立大学法人法の成立の意義 国立大学の法人化とは、一言で言えば、国立大学のマネジメント改革である。 したがって、法人化の意義としては、種々の規制緩和や運営組織の抜本改正と いった具体の仕組みを通じて、マネジメント・システムが刷新されることのメ リットを上げるべきだが、この点はすでに多く語られているので、ここではあ えて別の観点から整理してみたい。 まず、法人化の意義の第一としては、数年にわたる法人化の議論を通じて、 関係者や国民の間に、国立大学の存立の意義を検証し、これを今後どう発展さ せていくかという課題を明確に意識させる機会となったことが上げられる。 「民営化先進国」とも言える我が国の大学制度の中で、国立大学の存在意義を 簡潔に説明することは必ずしも容易ではないが、さりとて大学を全て私立とし た場合の大学制度の「歪み」「アンバランス」も明白である。国・公・私の異 なる形態が混在するという我が国特有の大学制度が持つ微妙なバランスと構造 的な柔軟性は、常にそのメリットを意識的に確認する努力なしには、これを維 持していくことは難しい。 法人化の意義の第二は、国立大学としての一般的な存立の意義を前提にした 上で、各国立大学が、それぞれの長期的ビジョンや目指すべき方向、大学とし ての特色や個性を真剣に考える契機となる、という点である。九十に近い国立 大学は、歴史も、立地条件も、抱える資源も異なる。当然、その目指すべき方 向は多様のはずである。この点、国立大学法人制度は、各大学が原案を作成す る中期目標が、全ての仕組みの前提とされている。各大学が、中期目標の策定 作業等を通じ、個性や特色を磨き、それぞれの目指すべき方向での一層の発展 に努力することにより、より魅力的な国立大学群が現れることを、多くの国民 は期待しているのではないか。 法人化の意義の第三は、国立大学が社会的な存在として、社会や国民と真剣 に向かい合う契機となる、という点である。法人化しても国民の税金に支えら れる大学である以上、国立大学は国民への重い説明責任を負う。特に法人化の 結果、国との距離感が変化する分、各大学が直接社会と意志疎通を図り、社会 的存在としての大学の在り方を実証することが求められる。国立大学法人制度 には、そのための道具立てとして、中期目標を始めとする大学の積極的な情報 発信と、学外者による大学運営への参画がビルト・インされている。 法人化の意義の第四は、この改革が、国立大学にとどまらず、公立大学、私 立大学のマネジメントにも影響を与え、我が国の大学制度全体の活性化に繋が る可能性を持つ、という点である。日本の大学のマネジメントは、設置形態の 違いを越えて意外なほど共通の課題が多い。過度のボトムアップ・システムに よる硬直的・分散型の大学運営、社会に対する情報公開の意識の低さ、外部か らの業績評価に対する異常なまでの臆病さ、大学のトップ人事や教員人事の閉 鎖性、教員以外のスタッフの能力を活かしきれない運営体制、等々。こうした 点で、国立大学の法人化が、大学マネジメント改革の大きなうねりとなること を期待している。 ◆国立大学と国との関係 国立大学の法人化とは、見方を変えれば、国と国立大学と社会との三者の適 切な関係を樹立し、大学として自主的・自律的で活力ある運営体制を確立する ための改革である。したがって、法人化による改革は、相互の意志疎通と信頼 関係の進展によってこそ、その実を上げうるものであり、これが今後の課題で ある。 具体的に、まず、国と国立大学との関係について。中期目標は、各大学の長 期ビジョンと、国の高等教育政策・学術研究政策との制度的な調整、摺り合わ せの仕組みとしての側面を持つ。したがって、各大学では、長期ビジョンにつ いての学内の合意づくりが大きな課題であり、さらに、社会に対する第一のメッ セージとして、中期目標の中で、大学の個性や特色を明確に表現することが課 題となる。他方、国としては、大学が策定する中期目標の原案を最大限に尊重 し、抑制的に関与するという慎重な姿勢をどう実現するかが課題となる。それ は大学が本来有する自主性・自律性を損なうことなく、さらに大きく育んでい くための大前提である。また、中期目標の設定や業績評価の場面を通じて、各 大学に国の意志を適切に伝えるためには、国の意思の前提となる長期ビジョン (「グランド・デザイン」と呼んでもよい)の策定が不可欠であり、国として の大きな課題である。 さらに、国立大学と国とのもう一つの意思疎通の仕組みである業績評価は、 評価の基準や方法、結果が完全に情報公開されること、評価の方法、手続きが できるだけ簡便であり、各大学の負担が重くならないこと、評価の精度は十分 に確保されること、評価の結果を財政措置に反映させる際には、慎重なさじ加 減が要求されること、などが課題となる。 ◆国立大学と社会との関係 次に、国立大学と社会との関係について。国立大学法人には、国による関与 を制限する一方、国民の税金で運営される以上、国民や社会の幅広い意見が大 学運営に適切に反映され、活かされるべきである、との思想に基づき、直接各 大学に外部者を参画させる仕組みがビルト・インされている。具体的には、役 員のうち、理事と監事に学外者の登用を義務付けたり、経営面を審議する「経 営協議会」の構成員の二分の一以上を学外者としたり、学長選考会議の構成員 の半数を学外者としたこと、などである。「学外者の参画」が国立大学法人制 度の一つの特色とも言える。この点、関係者からは、「大学の自主性を損なう」 とか「学外者といっても、なかなか大学のことを理解してくれるような人材は 見つからない」とする意見も聞く。しかし、理解者を増やす努力は必要であり、 そのためには、外部者に国立大学の運営に参画してもらいつつ、同時に大学に 関する理解を深めてもらうことが、効果的である。 したがって、国立大学関係者に、法人化は、国立大学の良き理解者を増やす 絶好のチャンスであると前向きに受け止めていただけるかどうか、また、参加 してもらう以上、実際にマネジメントの重い責任を分かちあい、優れた知見を 提供してもらえるよう、真剣に向かい合っていただけるかどうかが課題となる。 なお、社会との関係でもう一つ重要なのは、情報公開である。国立大学法人 制度では、独立行政法人以上の徹底した情報公開を求めている。大学の教育、 研究、運営の実態は、その専門性ゆえになかなか国民の理解が得がたい。国民 への説明責任を全うし、国民の支持を得るためにも、大学の側から積極的な情 報公開と情報発信を心がけていくこと、それは国立大学自身のためであること を構成員が深く自覚することが、重要な課題となる。 ◆自主・自律体制の確立 法人化後は、学内での難しい意見調整や厳しい意思決定を文部科学省の査定 に委ねるという形で外部に責任転嫁することができなくなるので、組織の新設・ 拡大、経費の抑制、不要ポストの削減といった学内資源の再配分の決定は、厳 しい反発を招く決断であっても、大学自身の手で決着をつける自主・自律の体 制を確立しなければならない。 現在の国立大学の重要な運営組織としては、各学部の教授会や評議会が存在 するが、これらの組織は、ともすれば既得権の擁護には十二分に機能し過ぎる 一方、痛みを伴う大胆な改革や機動的な意思決定を困難にする側面を持つ。ま た、これらの機関は決定機関ではなく審議機関に過ぎないにも拘わらず、学長 選考権を評議会が持つことも影響して、評議会等の意向に学長の決定が過度に 拘束され、結果として大学運営の責任の所在が曖昧となるケースも多々見られ る。 法人化後の国立大学の運営組織は、こうした従来からの運営上の問題を解消 しつつ、法人化により新たに国から大学に委譲されるマネジメントの権限、す なわち学内の資源配分を決定する権限の重みに十分に耐えられる体制の構築が 課題となる。 今回の国立大学法人法で制度化された新しい運営システムは、教育研究の重 要事項に関する教育研究評議会の審議と、経営の重要事項に関する経営協議会 の審議を踏まえつつ、学長と理事で構成される役員会が重要事項を議決し、最 終的には学長が意思決定を行うことになる。これにより、学長以下の役員会は、 学内の二つの審議機関の意向を勘案しつつも、特定の審議機関の意向に振り回 されることなく、優れたバランス感覚と強い責任感をもって、戦略的な大学運 営を実現しうる体制が用意されたものと考える。 但し、制度設計そのものは、大学の判断でかなり弾力的な運用が可能な仕組 みとなっており、狙った効果を上げうるかどうかは、結局のところ、各大学の 学長以下の役員の手腕と、大学の一人一人の構成員の自覚に待つところが大き い。大学関係者の、前例にとらわれない積極的な対応を期待している。(七月 十四日寄稿) |