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国立大学法人化 基礎科学 衰退の危機に 
 . 『河北新報』2003年6月4日付 「論壇」加藤静吾(山形大学理学部長)
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『河北新報』2003年6月4日付

加藤静吾(山形大学理学部長)

「論壇」

国立大学法人化 基礎科学 衰退の危機に


 国会で審議中の国立大学法人化法案は国立大学にとどまらず、日本の基礎科
学に深刻な影響を与える。

 独立行政法人は、一九九九年に閣議決定された「国家公務員の25パーセン
ト削減」に対応するために導入された。国の機関から離れることで、国立大学
を苦しめていた職員定数削減を回避できるという期待を大学関係者に与えた。
しかし、公務員削減の背景に30パーセントもの経費節減という目標があった
ことを見失ってはならない。

 高等教育への公財政支出の対国内総生産(GDP)比は、日本0.5パーセ
ント、米国1.1パーセント、英国0.8パーセント、フランス1.0パーセ
ント、ドイツ1.0パーセントであり、先進国の中で日本が最も低い。さらに
下がることに備えて、文部科学省は効率化の手法を導入した。世界最高水準の
大学を育成しようという「トップ30」に見られる、一部の大学への重点的な
研究費配分が良い例である。

 産学官連携による外部資金導入、民間手法、競争的資金、法案にある大学評
価による運営費交付金などにも効率の論理が貫徹されている。競争に勝つであ
ろう一部の大学を優遇することで、国立大学全体には大幅な経費削減を押し付
けているのである。

 国立大学に法人格を与えて大学裁量を増大するという宣伝が大いに効果を発
揮した。文科省はこれで有力大学の法人化反対論を鎮めてから「国立大学に法
人格を与える」としていたのを、法案では「国立大学法人が国立大学を設置す
る」にすり替えた。国は学校教育法第五条で規定されている経費負担の義務を
免れたのである。関連して「定員削減」は消えるが、削減が解消されたのでは
なく、削減の主体が国から法人に移った結果、「リストラ」と名を変えたにす
ぎない。

 大学の裁量を増大させるとしながら、実際には文科省の統制を強める仕掛け
が多い。まず、中期目標を文科相が決めるようなシステムは世界のどこにもな
い。目標策定時に大学の意見が尊重されるのではなく、配慮されるだけである。
大学の教育研究を官僚が決めることが本当にできるのか。また、法人への評価
は第三者ではなく、文科省内の評価委員会が行う。評価は運営費交付金配分に
反映され、大学は文科省の言いなりになるしかなくなる。

 評議会の機能は縮小され、経営協議会、役員会の下位に位置付けられ、学長
の権限が大幅に拡大するシステムも大学自治を脅かすものである。各大学に配
置される監事二人の人事権は大学にはなく、文科相に握られる。これは典型的
な天下りポストである。

 法人化すると、運営費交付金による基準的研究費が減らされ、外部資金の比
重が増す。大学側で検討中の中期計画案には、産学連携などによる外部資金確
保などの項目が並び、法人化は比較的外部資金を導入しやすい応用科学分野に
都合が良いことがよく分かる。基準的研究費が減らされると、外部資金に結び
つかない基礎科学分野や人文、社会分野は衰退させられる。

 国立大学理学部長会議は九九年に出した声明で「基礎科学は、息の長い研究
が可能な環境下で、自由な発想のもとで自律的に追求されることによってのみ
大きな成果を期待できる学問領域である。その成果は数十年後あるいはもっと
後の社会を支える中核技術を生み出す可能性を持つ」と強調している。東大理
学部もこの声明を引用して法案に対する疑問を提出している。

 地方の国立大学も地域の文化、産業の基盤を支え、高等教育の重要な役割を
果たしている。しかし、教育学部統廃合問題で顕著に現れたように、条件の悪
い地方大学は存続さえも脅かされる。

 国立大学法人化法案は、日本の基礎科学と高等教育を台無しにする危険な法
案である。この悪法によって「科学技術立国日本」に回復しがたい大損害を与
えてはならない。