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☆存廃論議「質」踏まえて  国立大付置研究所 科学医療部 平子 義紀
 『朝日新聞』2003年6月2日付
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『朝日新聞』2003年6月2日付


存廃論議「質」踏まえて  国立大付置研究所 

科学医療部 平子 義紀

 国立大学法人化の波の中で、多様な専門分野の研究を担ってきた大学の付置
研究所もその存廃を巡って大揺れに揺れている。議論に火をつけたのは文部科
学省だが、その内容はいかにも生煮えで、各研究所の言い分とかみ合わず、関
係者の理解を得られるものでは到底ないからだ。日本の知的研究を支える基盤
の弱さが露見したものともいえる。

 国立学校特別会計下の研究所のうち20大学にある58の「付置研究所」は、各
分野の中核的研究拠点として学部や大学院と同様に政令(国立学校設置法施行
令)で設置が定められている。

 付置研究所を設ける利点は、集中的な研究や長期的視野に立った取り組みの
継続、新たな領域の開拓などができることにある。全国に関連研究者の多い分
野では、共同研究の要としても重要な役割を担う。

 こうした研究所とは別に、政令より扱いが自由な省令に基づいて、大学や学
部に482の「研究施設」も置かれている。付置研究所には平均57人の教官がい
るが、研究施設の教官数は一部例外があるとはいえ平均4・8人と小規模だ。

 文科省は国立大学の法人化を機に、付置研究所と研究施設を再編することを
狙って、昨年10月に見直し作業を始めた。今年1月、同省科学技術・学術審議
会学術分科会の特別委員会が打ち出した、見直し対象とすべき付置研究所の条
件は▽組織の見直しが10年間行われていない▽教官が30人より少ない▽総合評
価が低い−の三つだった。

 研究の質の本格的な評価は避け、外形的に判断しやすい安直なものさしを持っ
てきた感が強い。

 今回、同分科会は九つの研究所にヒアリングを実施し、4月に出した報告書
の中で、教官数が最も少ない東大社会情報研究所(49年設置、教官14人)と二
番目に少ない大阪大社会経済研究所(66年、18人)に厳しい評価を下した。
「組織としての活動状況が十分に見えず、組織の見直しも長期間にわたって行
われていない」と指摘したのだ。

 両研究所の関係者は一貫して「質」の高さを主張してきた。92年に新聞研究
所から名称を変え、マスコミ研究の中核とされる東大社情研の花田達朗所長は
「ジャーナリストとの共同研究や研究対象の拡大に取り組んできた。業績には
自負がある」と話す。阪大社研の常木淳所長も「論文数も、引用される機会も
多い」と存在意義を強調。日本経済学会も「経済系付置研究所の中で、1人当
たりの論文数は阪大社研が1位」と後押しした。しかし報告書を見る限り、十
分理解されたとは言い難い。

 結局、東大社情研は来年4月に大学院情報学環と合併する道を選んだ。阪大
社研は、学内に隣接しナノテク拠点として存在感を高める産業科学研究所(同
112人)との統合を検討したものの、文系・理系の違いなどから決裂し、単独
存続を目指すという。

 今国会に提出された国立大学法人法案では、付置研究所、研究施設ともに、
組織の存廃は大学の判断に任せられている。文科省主導で再編を進めることに
与党から異論が出たためで、当初もくろんだように国が直接大なたを振るうこ
とにはブレーキがかかった形だ。だが、吉川晃・同省学術機関課長は「大学が
生き残り策を次々と打ち出す中、付置研究所も現状のままでは社会に受け入れ
られない」と厳しい姿勢を崩さない。

 たしかに付置研究所の見直しは終わったわけではない。法人化後の大学が自
己評価する際には、付置研究所についても言及しなければならないからだ。運
営や学問の活性化は大学に課せられた宿題である。

 一方で忘れてならないのは、学問はすぐ実用に役立つものもあれば、そうで
ないものもあるということだ。多様性があってこそ新しい時代に対応できる。
研究の質を問う営みを置き去りにしたままでは、将来の芽を摘むことになりか
ねない。存廃論議を巡る今回の混乱からくむべき教訓は、そこにある。