東大工学系研究科・工学部執行部見解(「国立大学法人法案をめぐる状況について」)とそれに対する東大工学部職員組合の見解


2003年5月27日
 独立行政法人反対首都圏ネットワーク事務局


東大工学系研究科・工学部執行部(研究科長=学部長と評議員)は「国立大学法人法案をめぐる状況について」という文書を5月15日に全教職員あてに発送しました。
これに対して東大工学部教職員組合は、こうした文書を提出した労を多としつつ、その問題点も率直に指摘するコメントを執行委員長名で提出しましたので、同組合の了解を得て2つの文書をお知らせします。

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平成15515

東京大学大学院工学系研究科

教職員各位

国立大学法人法案をめぐる状況について

東京大学大学院工学系研究科

研究科長大垣眞一郎

評議員笠木伸英

評議員平尾公彦

1.経緯について

国立大学法人化について,東京大学では評議会に「東京大学21世紀学術経営戦略会議(UT21議)」を設置し,その下に,社会連携推進,教育体制,男女共同参画,大学憲章に関する委員会と共に、法人化準備委員会が設置され,継続的に検討が続けられてきました。法人化準備委員会の下には,副学長・部局長等を委員とする、「総長・部局長等の選考方法・任期ワーキンググループ」,「就業規則作成ワーキンググループ」、「学内予算配分方法ワーキンググループ」の3つのワーキンググループが置かれ,この3月にそれぞれの中間報告が提出されました。また、国立大学法人法案が平成15年2月28日に閣議決定され、通常国会に上程された状況をふまえ、平成15年4月に、法人化準備委員会に代わり新たな組織として、法人化委員会が設置されました。この委員会の下に、3つの制度委員会(組織・運営制度委員会、人事・業務・評価制度委員会、財務・会計制度委員会)が設けられ、引き続き検討が進められています。

現在、国会では、「国立大学法人法案」(以下、「法案」と略す。)が審議されています。佐々木総長は,学内広報(No.1258特別号、2003317日)を通じて,「法案は・・(略)・・各大学に広範な範囲で自ら決定する権利と義務を課しており,法案で明記されていない大学内部の仕組みについて早急に組織規範を自ら整備する必要がある。」と述べています。

工学系研究科では、平成14年度に設置した運営諮問会議(学外委員により構成される工学系研究科の諮問委員会、委員:桑原洋議長ほか5名)から、「運営諮問会議報告書」を平成15年4月9日に受理しました。その報告書は、工学系研究科が、世界をリードする工学教育研究機関として、「未来の科学技術に対する責務」と「世界拠点としての責務」を果たすべく新しい部局運営を試みていること、また、人員・設備・スペースへ戦略的な投資を実施していることを高く評価しています。しかし同時に、報告書は、大学の組織および体制を新しい時代にふさわしい形に変革する必要性も指摘しており、基礎研究の一層の充実と共に、工学系研究科の部局としての主体的な組織運営体制の整備も求めています。

法案審議の動きの中で、工学系研究科においても,この間、国立大学協会や東京大学内での検討状況を周知すると共に、専攻長会議などで意見の交換をしてきました。法案条文が公表され国会に上程された現在、部局としても、その法案の内容を吟味するとともに、現在全学で検討中の学内制度設計に対して率先して具体的な提案を示すことが重要と考えています。

 

1

専攻長会議の下に、「新制度設計委員会」(構成:研究科長,評議員2名,研究科運営委員2名,調査室長、専攻群選出教員7名、事務部長)を、この平成15年4月に発足させました。これからの大学のあるべき姿を展望し、また,工学系研究科としての教育,研究の使命と責務を達成する視点から,具体的な提案と新しい制度設計の検討を始めたところです。

ここに、法案の問題点を指摘すると共に、学内の制度設計について現時点における見解を示します。

 

2.中期目標について

法案第30条において、「文部科学大臣は、中期目標を定め、又はこれを変更しようとするときは、あらかじめ、国立大学法人等の意見を聴き、当該意見に配慮するとともに....(略)....」と定められています。しかし、普遍的な知の体系と高度の専門性に基づいて教育と研究を担う大学がその社会的責務を遂行するためには、各大学が自らの理念と規範を踏まえて自発的、主体的に目標、計画を定める自律性が担保されるべきです。そもそも期限をきった目標設定は、知の創造と伝承を目的とする大学の活動にはなじまないものがあります。個性と活力に溢れた大学を生み出すために、このような自律性が配慮されるかどうかという観点から、目標策定の具体的な手続きと運用は、大学と部局にとって重要な関心事です。

また、国立大学の研究科、研究所など学内の主要組織は、法案審議の中では、中期目標に書き込まれる形をとるとの説明がなされているようですが、これが国の財政的担保を意味するとの見方がある一方、組織変更が難しくなる心配もあります。大学設置基準などの緩和措置に見られるように、学内組織の変更は基本的に大学の判断に委ねられるべきであると考えます。中期計画期間途中での中期目標の変更手続きの制度も含め、目標の策定とその変更手続きは重要な論点と認識しています。

 

3.国立大学法人の評価について

法案第9条において、国立大学法人等の業務の実績に関する評価を、文部科学省に設置される評価委員会がつかさどることになっています。しかし、委員の構成、性格を異にする大学評価・学位授与機構の評価との関係、あるいは、運営費交付金など予算措置との関係など、未だに明確ではありません。大学は、基礎研究のように息の長い研究から、現代の社会が抱える問題に直接切り込むような研究まで、実にさまざまで多様な研究活動を行なっています。このように多様な研究活動が共存する大学組織の評価制度をいかに設計するかは大きな課題です。学部と大学院における教育は、これらの研究と表裏一体となって実施されています。このような特質を持つ大学の教育と研究は、単純な量的評価にはなじみにくいものです。経営の評価と教育・研究の評価を峻別した評価制度が必要です。

また、評価の方法についても特段の工夫が必要と考えられます。大学評価・学位授与機構の研究評価(工学系)の試行を平成14年度に受けた研究科として、その経験から、あらゆる評価は、その基準と方法に関して慎重な設計が必要であることを実感しているところです。国立大学協会、あるいは、大学評価・学位授与機構などへも我々の意見を伝えているところです。煩雑で重複の多い評価事務作業によって、大学の教育、研究、事務機能を担う力を疲弊させることのないようにしなければなりません。

 

4.大学の運営体制について

(1)大学運営における研究科・学部・研究所等の役割について

東京大学の教育研究は極めて広い学術領域に分布し、それらは領域内の深化と領域横断型の知の統合によって、日々、進歩発展を続けています。従って、学長のリーダーシップの下に学術全体を俯瞰する視点から大学の組織が運営されるとともに、個々の大学構成員,個々の専攻・学科,個々の研究科・学部・研究所など大学の構成単位ごとの自由で自発的な活力を醸成することが重要です。教育に関しては、各部局が教育現場に対する直接的な責務を担う単位となっています。また、それぞれの部局等は、その専門学術分野に対する責任を担い、学問固有の自律性を担保する機能も果たしています。従って、このような教育と学問の特性に鑑みて、研究科・学部・研究所などの自律的運営は十分尊重されなければならないと考えます。加えて,東京大学のような大規模な総合大学では、学長一人がその指揮采配によって各部局の細部に至るまで管理運営をすることは不可能であることも明らかです。研究科・学部・研究所等は、それぞれの理念に基づいて、かねてより自らの教育と研究の目標の達成のために不断の努力を続けており、東京大学の全学運営はそれらを助け、さまざまな部局が担う多様な学術の調和ある発展に寄与すべきものです。一方、各部局等は、大学全体の運営方針に積極的かつ建設的に協調連携すべきです。このような双方の協働によって、大学のすべての構成員の活力と創造力を維持し、東京大学憲章に述べられた、知の共同体としての東京大学の使命の達成が初めて可能になるといえます。

(2)学長の任期と選考について

学長のリーダーシップの下に,大学の使命を見据え,全学的な見地から,既存部局を越えた新しい活動を展開することは,学融合などこれからの学術の発展のために,望ましいことといえます。一方、教育への責務、研究活動の継続性など大学固有の自律性から,学長の任期と中期計画の期間が厳密に連動する必然性はないと考えてもよいでしょう。東京大学は、その歴史の中で自らの総長に関わる制度を確立し、その健全な運用によって、大学の使命を果たしてきたといえます。学長の任期は、今までの経験を十分検討して、東京大学にもっともふさわしい期間とするべきです。

また、法案では、学長選考会議の設置が定められていますが、学長選考会議の運営と選考の審議過程の中で、学内の意見を集約し、それを尊重することが極めて重要です。

(3)経営協議会と教育研究評議会について

経営協議会の委員を学長が指名する際には、法案にあるように、教育研究評議会の意見を十分に聴取する仕組みを作る必要があります。経営協議会の委員数の決定、学外識者の人選にも、東京大学の使命と課題に照らして適切な配慮がなされる必要があるといえます。教育研究評議会には、各部局から適当数の教員が加わることが必要であると考えます。

(4)部局長の選出について

部局長の任期と選出方法は、全学が定める規範内において、各部局が独自に決定できるようにする必要があります。学校教育法が定める部局の教授会が、部局の長を選出している現行の選出方法は尊重されるべきです。

(5)安全・衛生・環境・防災管理について

キャンパスの安全と衛生を確保し、優れた環境や防災管理を保つことは、当然のことながら、変わらぬ重要な課題であり、大学が今後とも責任感と緊張感を持って努力すべき目標です。また、その情報開示、説明責任もより強く求められると考えられます。これらの事柄は法人化にかかわらず常にその改善に努力を傾注すべきですが、国立大学法人の制度の下では、労働安全衛生法など新たな法令に照らして十分な施設、環境整備が必要となります。特に、放射性物質取り扱い施設を含め、多くのさまざまな研究施設を抱える工学系研究科にとっては極めて重要な課題です。

安全・衛生・環境・防災管理に関わる、環境整備、資格者の確保、老朽狭隘建物の解消、あるいは、関連設備の導入などに対する、国から大学への適切な措置を求めたいと考えます。

 

5.工学系研究科の運営体制について

(1)執行体制

大規模な部局である工学系研究科においては,その運営体制に十分な工夫が必要です。基本的には,研究科長のリーダーシップのもとで,透明性の高い効率的な運営ができる設計が必要であると考えています.現行運営体制においても,教授会に代わって専攻長会議などに意思決定機能を持たせ、また、運営執行の中核に研究科運営委員会を設置していますが、工学系研究科の部局としての運営機能をより高める工夫が必要です。

(2)研究科長の任期

工学系研究科長の任期については、全学の議論を視野に入れながら検討していますが、基本的には工学系研究科の判断が尊重されるべきものと理解しています。

(3)副研究科長

工学系研究科のように大きな部局では、研究科長を補佐し、共に運営に責任を持つ副研究科長のような職が必要です。現在は、工学系研究科選出の評議員2名が実質的に副研究科長の役目を果たしています。新しい体制における副研究科長の職務、人数、選出方法などは今後検討する予定です。

(4)事務部門

研究科の使命を達成するには教員組織と事務組織の密接な連携協働が不可欠であり、新しい制度において描かれる事務部の体制は極めて重要な課題です。またこれは、大学本部事務局の事務体制とも協調すべき全学的課題でもあります。研究科長の意志と事務機構が有機的に連携するようなシステムの構築など、研究科にもっともふさわしい体制を検討していく予定です。

(5)運営のための諸組織

現在、運用整備している、総合研究機構、調査室、教育プロジェクト室,国際化推進プロジェクト室、国際交流室、安全管理室,情報システム室、広報室、建築計画室などの研究科内諸機能を、より充実し、新しく展開する方向で体制作りを進めます。さらに、全学の制度と連携し、社会連携・産学連携・知的財産管理関連の体制も検討が必要となります。

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(6)他研究科等との協調運営

学部・大学院の教育や研究の上で、ひいては大学全体の運営の上で、工学系研究科の教育・研究の理念を明確にしつつ、学内の他学部・研究科等との協力連携と意思疎通はますます重要になると考えられます。また、学部や大学院を協力して運営する関連研究科・研究所等とは特に深い関係を有しており、それらとの一層の協調運営体制についても検討を続けているところです。

 

6.おわりに

東京大学憲章に述べられている「世界の公共性に奉仕する大学」、あるいは、「知の共同体としての東京大学」の部局として、工学系研究科の運営体制をよりよいものに作り上げていかなければなりません。教職員皆様のご協力をお願いする次第です。

 

以上

 

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2003526

大垣研究科長殿

東京大学工学部教職員組合

        執行委員長 榎本一夫

 

「国立大学法人法案をめぐる状況について」へのコメント

 

 工学系研究科として、研究科長及び評議員の連名で「国立大学法人法案」への見解を示したことは、一定の評価ができますが、発表が遅れた(5月19日付け)ことや内容的に不十分な点がありますので、以下にコメントします。

 

○「時期について」

 この間、研究科長交渉等で法人化についての説明会を再々要求してきた。しかしながら、国会審議も不十分なまま前代未聞の悪法が衆議院を通過した現在、その影響力も弱いといわざるを得ず、遅きに失した感は否めない。また、一方的なメールの送付ですませるべき問題ではなく、工学部内構成員からの意見を求めるべきであると考える。

 今後は、具体的な懸念をあらゆる機会を通じて明らかにし、すべての構成員による議論の場を設け、我々教職員の懸念を払拭するよう一層の努力をお願いしたい。

 

○「中期目標について」

「2.中期目標について」において、「各大学が自らの理念と規範を踏まえて自発的、主体的に目標、計画を定める自立性が担保されるべき」とし、「目標策定の具体的な手続きと運用は、大学と部局にとって重要な関心事」と述べて、法案への懸念を述べている。

しかし、法案のもっとも大きな問題点は、中期目標を文部科学大臣が定めること自体にある。この点への言及がないのは、きわめて不十分だと考える。

さらに、「学内組織の変更は基本的に大学の判断に委ねられるべき」とする一方、「目標の策定とその変更手続きは重要な論点と認識している」としている。学長や監事を文部科学大臣が任命し、理事の過半数以上を学外者で占められる点からすると、学問の論理ではなく、大学執行部の独断、文部科学省の圧力、いわゆるトップダウンにより、学部や研究所が廃止される可能性は否定できない。学部・学科・研究所という、大学の教育研究の基礎的な組織については、むしろ省令上できちんと位置づけるべきである。

 

○「国立大学法人の評価について」

文部科学省に設置される評価委員会に対し、「3.国立大学法人の評価について」で、大学の教育・研究は、「単純な量的評価にはなじみにくく」、「経営の評価と教育・研究の評価を峻別した評価制度が必要」と述べている。

国会での答弁では、文部科学省内における複数(国立大学評価委員会と独立行政法人大学評価・学位授与機構)の評価に加え、総務省の評価も受けることが明言されている。つまり、文科省は教育研究と経営とを「峻別」して評価を行うとしているが、総務省の評価はあくまでも「通則法による独立行政法人」と同列であることを明言している。そこに重大な問題がひそんでいることを指摘していない。

具体的な評価の方法については、大学評価・学位授与機構の試行評価を受けた経験をあげて、「その基準と方法に関して慎重な設計が必要であること実感している」と述べており、一定の危惧を表明しているとも言える。しかし、教育研究の評価の困難さを十分にアピールしているとはいえない。

また、「煩雑で重複の多い評価事務作業によって、大学の教育、研究、事務機能を担う力を疲弊させることのないよう」に求めており、総じて法案が要求する大学に対する評価そのものへの慎重な対応を要請する姿勢であると言えよう。しかし、大学に評価がなじまないことを述べるべきであろう。

 さらに、大学の評価に関しては、学問の自由と大学自治の担保が不可欠であることをより明確に述べるべきである。

 

○「大学の運営体制について」

「4.大学の運営体制について」では、研究科・学部・研究所等の運営において、それぞれの理念に基づく独自の運営と大学全体の運営方針との協調・連携を求めていることは重要な視点である。また、学長の任期については、今までの経験の上に、「東京大学にもっともふさわしい期間」とし、選考については、「学長選考会議の運営と選考の審議過程の中で、学内意見を集約し、それを尊重することが極めて重要」と述べ、大学が主体となった学長選考の重要性を指摘していることは評価できる。

経営協議会や教育研究評議会についても、さまざまな面で「適切な配慮」を求めている。加えて部局長の任期・選出について、部局教授会での選出と、選出方法の尊重を求めていることは評価できる。

 まさにこれらは、法案において学内の民主的運営が担保されないことに対する危惧である。これまでの国会の審議においても、これらの点が野党から追及されているが、文部科学大臣の答弁では上記の不安は払拭されていない。また、部局長の選任については明確な定めがなく、学長の任命となる可能性も否定できないので、十分な注意喚起が必要である。

 

○この文書では法案の問題点を指摘しながらも、下記の緒点に触れていない。

1.教職員の身分が非公務員化されることへの言及がない。とくに職員の場合は、教員と違って国家公務員試験に合格して採用されており、国立大学に就職したのは任意とはいえ偶然にすぎない面がある。国家公務員としての身分を剥奪する合理的根拠も説明も無いまま一方的に非公務員とすることは許されない。

2.学長や監事を文部科学大臣が任命し、理事の過半数以上が学外者である。これでは、教育研究の自由が保障されないばかりか、大学自治を否定するものである。

3.監事のポストが大学改革の理念から逸脱し、単に文部科学省からの天下りの受け皿になりかねない。

4.教員が教特法の適用から外れる点についての検討がない。

5.法案審議の途中であるにも関わらず、職員は移行準備のさまざまな作業を押し付けられている。法案の成立以前に移行に備えた準備を行う根拠はなく、違法である。

6.もし、法案が成立すると、東大は約1千億円の債務返済問題や労働安全衛生法および労基法適用問題を抱えることになる。

7.大学には独自の基盤技術が必要であり、その技術の確保・維持のための技術組織の検討がない。