毎日新聞 2003525日(日曜日) 発言席

 

 審議足りぬ国立大法人法案

東京大学社会科学研究所教授・田畑 博邦 

 

国立大学法人法案が、5月16日の衆院文部科学委員会で可決され、22日の衆院本会議でも可決、参院へ送られた。有事法制問題などに隠れて新聞等の扱いは小さかったが、これからの国立大学のあり方、ひいては日本の高等教育のあり方にかかわる重要な法案である。

この間の衆院の蕃議を見ると、野党側からの質問によって、法案の多くの問題点が浮かび上がってきた。しかし、文部科学相、政府委員側の判で押したような官僚的な答弁が目立ち、諭戦は深まらないという繕果に終わっている。

例えば、なぜ法人化するのかという単純な、しかしも最も基本的な疑聞が複数の議員から提出された。文科相の答弁は、一貫して、独立行政法人化は「大学改革の一環として独立行政法人化を行う」という99年1月の閣譲決定にもとづいており、行財政改革(財政支出の台理化)を目的としているわけではないというものであった。しかし問題は、「大学改革の一環として」なぜ「法人化」という手法が選択されたのかという点にある。ところが、これについて文科省側は、ひたすら「大学改革の一環である」という答弁を繰り返すのみであった。

また、「中親目標」(大学の重要事項の目標)を大臣が定めるという法案の規定が、過度の国家介入によって「大学の自治」や[学間の自由」を侵すのではないかという野党側の議論に対して、文科相は、国が財政的な支出を行う限りは、「最低限の関与」が必要であるという答弁を繰り返した。しかし、この「最低限の関与」がなぜ、文科相からの付与という形をとらなければならないのか、例えぱ民主党修正案にあるように、「中期目標」を作成して届け出・公表するだけはなぜいけないのか、といった点は説明されなかった。

 文科委員会の審議の後半になって、国立大学協会(国大協)が発した「国立大学法人制度運用等に関する要請事項等」という文書が問題になった。この文書は、国大協が法案成立を見越して、政府に対する制度運用に関する要望をまとめようとしたものである。

 この文書の内答は、@国立大学の法人移行時に労働安全衛生法、労働基準法などの法律に違反する状態が発生するかもしれないが大目にいてほしい(「運用上の配慮」)A法人移行に際して新たな財政支出を要する費用が発生するので面倒を見てほしいB「中期目標」の運用などにおいて「学問の自由」「大学の自治」に配慮してほしい、というものであった。来年が4月1日付で国立大学が法人に移行すると、法律違反の状態が生まれるかもしれない、予想以上にお金がかかるかもしれない、法案の墓本的な仕組みが「学問の自由」「大学の自治」を侵書するかもしれない、というわけである。

委員会審議最終日の5月16日に、野党各党の委員は、法人化された大学が労働安全衛生法の基準に適合するための施設改善費用の見通し追及した。費用の見積もりとそれに対する財政的手当ての保証がなけれぱ、違法状態が発生する可能性が高い。文科省はこの質問に直接答えることができず、最終的には5月中に鋭意調査をまとめて結論を出すということを約束した。16日の委員会採決は、こうした審議における答弁の不備を残したまま強行されたのである。

法案を送られた参院文科委員会は、衆院審議の積み残し部分を徹底して審議する必要がある。"良識の府"とされてきた参院は、法案を自動的に通す機関となってはならない。独自の見識をもった結論を下すべきである。(毎週日曜日の掲載)