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☆変貌する大学を考える 平井 一臣 
 .『鹿児島新報』正論異論  2003年2月28日付
 

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『鹿児島新報』正論異論  2003年2月28日付


 変貌する大学を考える 平井 一臣


 大学に入ること、あるいは大学に入れることには熱心であるが、大学に入っ
て何をやるのかということについては無関心という人も多いだろう。ましてや
日本の大学がここ数年で大きく変わり始め、これからさらに変貌を遂げるかも
しれないということを、果たしてどれだけの人がご存じだろうか。

 現在、国立大学は法人化という問題に直面している。大学関係者以外の方々
には、なかなかイメージしにくいだろうが、簡単に言えば現在の国立大学を半
民営化して、民間経営の発想を導入した大学運営や競争原理の積極的な導入、
産官学連携の強化を図ろうというものである。今国会に法案が提出されること
になっているが、既に大学の現場では来年4月から法人へ移行するという前提
で準備作業が進められている。

 もちろん、これまでの国立大学のあり方に全く問題がなかったわけではない
し、むしろ大学は時代の変化をにらんで常に自己変革を試みなければならない。
しかし、今まさに進められつつある法人化が実現するならば、様々な問題が噴
出するのではないか。

 一例をあげると、民間経営の発想を取り入れた大学運営により、大学におけ
る基礎的研究領域が縮小される可能性を否定することはできない。いわゆる産
官学連携に対応しやすい領域に、重点的に予算や人員が配分され、研究成果を
短期間のうちに社会に還元しにくい分野については予算も人員もカットされる
のではないか、ということである。

 私自身が専攻する人文社会科学分野なども、その多くは基礎的研究に位置づ
けられており、また、必ずしも産官学連携にはなじまない研究領域も数多く存
在している。もし、大学における基礎的研究が縮小されるならば、思想も歴史
も全く学ばない大学生を多数輩出することにもなりかねない。

 以前、あるセミナーで某自動車会社の設計の仕事をしていた技術者の話を聞
く機会があった。印象深かったのは、彼がヨーロッパに研修に行き海外の技術
者と交流した経験談である。それによれば、海外の技術者は、歴史、思想、芸
術といった多領域にわたって実に話題が豊富であり、また、そうした裾野の広
さが技術開発のベースになっているのではないのか、という話だった。

 多くの基礎的研究を含む多様な「知」との出会いを学生に提供し、学生はそ
の中で少しでも裾野の広い知的経験を積み重ねていく。こうした大学の役割を
軽視してはならないと思う。国立大学法人への移行に伴い、そうした多様な
「知」との出会いの場が、経営的な発想で著しく歪められないか。私が危惧す
るのはそのような問題である。

 以上のような問題を含めて、国立大学の法人化が孕む様々な問題について、
大学関係者自身がもっと社会にアピールしなければならなかったのかもしれな
い。同時に、日本の市民一人一人が大学を単に「入ればそれでよい」と考える
のではなく、大学に何を求め、大学から何を得ようとするのか、考えてみる必
要もあるのではないのだろうか。

 (鹿児島大学法文学部教授)