「国立大学法人法」案についての意見表明

東京外国語大学外国語学部教授会

 

2003年3月20

 

 

2月28日、政府は「国立大学法人法」(以下「法案」と略記)を閣議決定し、国会に上程しました。私たち東京外国語大学外国語学部教授会構成員は、「国民全体に対し直接に責任を負って行われるべき」(教育基本法)教育を担当し、「教育を通じて国民全体に奉仕する教育公務員」(教育公務員特例法)として、今後の日本の高等教育に重大な変化をもたらすこの法案に対し、以下のような意見を学内外に表明し、私たちの立場を明らかにしたいと思います。

 

(1)「法案」では、国立大学の設置者を「国」とせずに「国立大学法人」としています(第2条)。「学校教育法」第5条には「学校の設置者は、その設置する学校を管理し、法令に特別の定のある場合を除いては、その学校の経費を負担する」と規定されていますから、国立大学の設置者を「国」ではなく「国立大学法人」とすることは、国の国立大学に対する財政的責任を曖昧にするものであり、賛成できません。

 

(2)「法案」では、文部科学大臣が「六年間において各国立大学法人等が達成すべき業務運営に関する目標を中期目標として定め」、国立大学法人等は「当該中期目標を達成するための計画を中期計画として作成し、文部科学大臣の認可を受けなければならない」とされています。また、「中期目標の期間の終了時の検討」については、「独立行政法人通則法」第35条が準用され、「事業の改廃」をも含む措置をとることができるとされています。「教育基本法」第10条には教育行政について、「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである」と定められていますが、これでは文部科学大臣の目標管理、評価による財政的締め付けにより大学に対する統制が強化され、大学運営・教育・学問研究について大学の自主性が失われてしまいます。

 

(3)「法案」では、「経営協議会」は委員のうち学外委員が「委員の総数の二分の一以上でなければならない」と規定されているほか、「役員会」「学長選考会議」にも学外委員が入ることになっています。第3条で、国は「教育研究の特性は常に配慮しなければならない」としていますが、これでは、大学運営が経営優先の立場からなされ、その結果、大学の自主的な改革・自律的な運営に支障をきたし、また教育研究の内容も規定される可能性があります。大学の運営を左右する重要な会議へのあまりに多くの学外者の参画には賛成できません。

 

(4)「法案」では、大学法人の運営は法人の長である学長と学長が任命する理事からなる「役員会」の議によって決定されることになっています。また学長は「経営協議会」「教育研究評議会」の議長として会議を主宰し、さらに「学長選考会議」にも参加できることになっています。一方、「法案」には学長・役員会に対するチェック体制については一言も言及されていません。これでは学長を中心とした役員会によるトップダウン方式の大学運営が可能となってしまいます。このように学長があまりに大きな権限を持つことには賛成できません。

 

(5)「法案」では、法人化後の大学運営に関し経営と教学を分離し、経営事項を審議する「経営協議会」と教学事項を審議する「教育研究評議会」の二つの機関を設置することにしていますが、二つの機関の関係が明らかでないうえ、「教育研究評議会」は「教育研究組織」の審議権さえないことになっています。教育研究に直接責任を負っている教員の意見が反映されにくい大学運営システムには賛成できません。また、「学校教育法」第59条には「大学には、重要な事項を審議するため、教授会を置かねばならない」と規定されていますが、「法案」には教授会についていかなる規定もありません。従来教授会は大学運営において大きな役割を果たしてきました。その地位・役割は明確に示されるべきです。

 

(6)「教育基本法」第6条は、教員について「法律に定める学校の教員は、全体の奉仕者であって、自己の使命を自覚し、その職責の遂行に努めなければならない。このためには、教員の身分は、尊重され、その待遇の適正が期せられなければならない。」と定めています。「教育公務員特例法」はこの精神に立って「教育を通じて国民全体に奉仕する教育公務員の職務とその責任の特殊性に基づき、教育公務員の任免、分限、懲戒、服務及び研修について規定」(第1条)したものであり、「学問の自由」(憲法第23条)と「大学の自治」を制度的に保障する法として機能し、これにより国立大学の学長および教員の人事、すなわち学長の選考、教員の採用・昇任・免職・懲戒・服務等は各大学において自主的に行われ、また私立大学にあっても教員の身分を保証する事実上の規範となってきました。「法案」が成立すれば、現在国立大学で働く教職員は「非公務員化」され、「教育公務員特例法」の適用外となることになります。これでは、この法律によって制度的に保障されてきた「学問の自由」と「大学の自治」が侵されかねないことになり、賛成できません。

 

 「法案」には少なくとも以上のような重大な問題が含まれています。私たちは大学の教育研究に直接携わる者として、このような重大な問題を含む「法案」に賛成することはできません。

 「法案」の全容は2月28日に示されたばかりです。

 教育が「国家百年の大計」であり、この「法案」が今後、日本の教育全体にはかり知れない影響をもたらすことを考えるならば、教育は「国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである」(教育基本法)という原則的な立場から、今回の「法人法案」に示されている国立大学の法人化が、真に「大学の教育研究に対する国民の要請にこたえるとともに、わが国の高等教育及び学術研究の水準の向上と均衡ある発展を図る」(「法案」第1条)ことになるのかどうか、問題を根本から再検討し、あわせて、国民的な論議を十分に行う必要があると考えます。