国立大学法人法案批判

 

200336

独立行政法人反対首都圏ネットワーク事務局

 

 228日、国立大学法人法案(以下、法案)が、国立大学法人法等の施行に伴う関係法律の整備に関する法律案、独立行政法人国立高等専門学校機構法案、独立行政法人大学評価・学位授与機構法案など関連5法案とともに国会に提出された。言うまでもなく、同日に閣議決定された法案は、その直前の「法案概要」をめぐる国大協理事会における紛糾に示されるように、国立大学側の了解を得ていない。また、法人化をめぐる強い批判・反対があるために国会提出後のこの法案の帰趨もいまだ定かでない。

 

 

1.設置形態と国立大学法人の性格

1)設置者としての国立大学法人

法案は、すでに「法案概要」をめぐって議論があったように、調査検討会議の「最終報告」までの、国立大学を法人とする「直接方式」ではなく、「国立大学」を設置する「国立大学法人」を設立することとしている(法案21項)。

法案がとった「間接方式」によれば、学校教育法上、国立大学の費用負担の第1次的責任は法人に帰せられることになる(学校教育法5条)。国の財政責任を回避する意図が込められているといってよいであろう。以下に見るとおり、法人の自己責任を強化するための財務の仕組みがとられようとしているからである。

また、これも以下に見るように、国立大学法人と国立大学との関係について不明な点を残すことになった。

 

2)私立大学よりも強い包括的な大学統制

 法案の第2の特徴は、国立大学法人の組織と業務に関して、詳細かつ包括的な行政的規制を加えていることである。“法人化によって国立大学の運営が自由になる”という議論があるが、事態はまったく正反対である。中期目標・中期計画などを通じた国立大学の官僚的統制は現行システムよりもはるかに強まるだけでなく、法案の規定する管理運営組織などは、私立学校法が定めるそれよりもはるかに自由度の小さいものになっている。

 

3)「大学の自治」の崩壊? −法人と大学−

 法案が規定する管理運営組織によれば、法人に設けられる学長・役員会が最終的な意思決定権限を有し、役員会、経営協議会には学外者を含むことが強制されている。かつ、経営協議会と教育研究評議会の審議事項などを見れば、従来、教授会、評議会が有していた権限は大幅に無力化される。

 「大学の自治」は、法案によって崩壊の危機に瀕している。

 

2.通則法体系に組み込まれた国立大学法人法案

1)通則法の準用 −通則法に準拠した法人法案の骨格−

 法案は、独立行政法人通則法(以下、通則法)の39か条の条文を準用するとしている(法案35条)。通則法中、特定独立行政法人(公務員型)に関する規定を除けば、通則法のほとんどの規定が「準用」され、準用されない規定のほとんどすべてが法案における同等の規定に置き換えられているにすぎない。

 後述する国立大学法人に特有の規定を除けば、法案全体の骨格は、通則法そのものといっても過言ではない。

 

2)中期目標・中期計画と評価のシステム

 法案第3章「中期目標等」に規定される条文は2か条しかない。それ以外の規定はすべて通則法によるのである。

 以下、法案によって準用される通則法の規定を挙げておく。

−業務方法書の大臣による認可(通則法28条)

−年度計画・年度評価:評価委員会による評価と「審議会」(総務省)への報告、評価委員会による勧告、審議会の評価委員会に対する意見(同31条、32条)

−中期目標期間終了時の事業報告、評価委員会による評価(総合的評定)と「審議会」への報告、評価委員会による勧告、大臣による検討(業務の改廃を含む)、「審議会」による大臣への勧告(改廃を含む)(同33条、34条、35条)

 以上に見るように、通則法の年度評価・計画、中期目標期間終了時の評価・検討に関する通則法の規定は、国立大学法人にダイレクトに適用される。再編淘汰の仕組みがビルトインされているのである。

 法案が通則法と異なる規定を置いているのは、中期目標・中期計画の内容と策定手続きである。しかし、目標・計画の内容に関する規定(法案302項、312項)は、教育研究という「業務」の当然の差異を反映したもので実質的な変更はないとみてよい。むしろ、業務運営の改善・効率化、財務内容の改善という通則法と同じ目標が掲げられていることに注目すべきである。

 中期目標・中期計画に関して唯一、通則法と実質的に異なりうるのは、文部科学大臣が中期目標を定める際に、「国立大学法人等の意見を聴き、当該意見に配慮する」(法案303項)とする規定である。国立大学の自主性を尊重するというのが、本来のこの規定の趣旨であったが、当初大学が提出する「原案」を「十分に尊重する」(調査検討会議「最終報告」)とされていた構想は、「意見」に「配慮する」だけのものとなった。それだけ、主務大臣が中期目標を独立行政法人に付与するという通則法に近似するものになった。

要約すれば、大学による「意見」の提出とこれへの「配慮」(法案303項)を除けば、ほぼ全面的に通則法のシステムが貫徹しているといえるのである。言い換えれば、国立大学法人法案は、国立大学を行政の「実施機関」の如く統制・管理するシステムである。

3)財務・会計

 財務・会計においても、企業会計原則、会計監査人、利益(剰余金)・損失の処理、財源措置など通則法36条以下の規定が全面的に適用される。財源措置に関する通則法の規定によれば、「政府は、予算の範囲内において、・・・業務の財源に充てるために必要な金額の全部又は一部に相当する金額を交付することができる」(通則法46条)とされており、国立学校特別会計の廃止(整備法2条)と相まって、運営費交付金の額は不確定な要素を多く含むことになる。

 法案が、通則法に加えて規定する条項は、以下のとおりである。

−積立金の使用(大臣の承認を受けた金額:法案321項)

−通則法455項の「個別法に別段の定め」に基づく長期借入・債券発行(法案33条)

これらを総合すれば、運営費交付金、剰余(積立金)などにおける大臣の裁量が広く認められることになるであろう。それは、“評価に連動した資源配分”を可能にする。

さらに注目すべき点は、通則法では原則として禁じられている長期借入・債券発行が可能とされていることである。これによって、資本市場から資金を調達するという“企業的経営”の観念が支配的になり、“経営の自立”・公費投入に対する削減圧力、評価に基づく再編淘汰の圧力が強まる可能性がある。

 

4)役員の任免

通則法第2章(役員及び職員)は準用されていないが、これに対応する法案の条項(法案10条以下)は、法人の長・監事・その他の役員、役員の職務・権限、大臣による長と監事の任免、解任事由などに関し通則法の規定とほぼ同様の内容のものになっている。

 法案において、唯一通則法と実質的に異なるのは、法人の長の任命・解任に関し、大学法人・学長選考会議の申出(法案12条、174項)が必要とされる点である。これについては後にまたふれる。


3.国立大学法人法案と大学の特性

1)大学の特性

法案3条は、法律の運用において「教育研究の特性に常に配慮しなければならない」と規定する。通則法33項に独立行政法人の「業務運営における自主性」に配慮しなければならない、という規定があるから、この規定がどの程度実質的な意味をもつか不明である。しかし、法案が、大学の特性に関連して、独自の規定を有していることは明らかである。法案は、独立行政法人一般ではなく、大学に特殊な規制を加えている。

2)通則法に対する特則

前項で見たように、法案は、以下のような通則法と異なる規定をもっている。

−学長任免における学長選考会議の申出

−中期目標についての「意見」への配慮

しかし、これらがどの程度大学の自主性を保証しうるか定かでない。

学長選考会議(法案122項)は、経営協議会から選出される学外委員と教育研究評議会から選出される委員とが同数で構成され、場合によって学長・理事を含むことができるとされているからである。学外者の役員・委員の役割がきわめて高くなっており、これまでの教員による全学投票を慣行としてきた伝統的自治との差異は大きい。また、学長解任事由とされる「業績悪化」の規定(173項)は、通則法とまったく同じであり、業務の効率、財務事情などが解任事由になりうることを意味している。

 後者の中期目標策定における大学の「意見」への配慮義務も前述のように法案の立案過程で弱められてきた。文部科学大臣の権限が強化されているのである。さらに、現下の中期目標・中期計画作業の実情を見るなら、大学が自主的に作成する中期目標・中期計画という考え方はほとんど形骸化する可能性が高いといえる。

 

3)国立大学法人に特有の管理運営組織

 国立大学法人の内部組織についての詳細な規定は、通則法に見られない法案の特徴である。通則法による独立行政法人であれば、内部組織はより自主的に定めることができるはずである。すなわち、法人法案は、国立大学を統制するための法律であるといいうる。

−学長および役員会の権限

法案において、学長・役員会の権限は異様に強化されている(法案112項)。私立学校法における業務の決定に関する規定が「理事の過半数」(同法36条)としていることと比較しても特異である。さらに、学長の決定権限が明示されていることとの関係で、経営協議会や教育研究評議会の権限がどのような性質のものになるか不明である。

−学外者役員の必置 

文部科学大臣が任命する監事、学長が任命する理事には学外者が含まれなければならない(法案14条)。理事は、法案127項に規定する者のうちから任命されなければならないとされている(法案131項)が、学外者の理事に期待されているのはおそらく、財務・人事に関する民間の経営専門家であろう。企業会計原則の採用や債券発行の可能性、職員の非公務員化などに対応するために、これらの学外専門家が導入される可能性は高い。

−経営協議会と教育研究評議会

経営協議会(法案20条)、教育研究評議会(法案21条)は、国立大学法人内の経営と教学を分離し、「経営」における学外委員を優位させる、という特徴をもっている。言うまでもなく、これは、教員の発言権を狭い「教学」の分野に閉じ込め、「経営」から排除することを意味する。さらに、両機関の審議事項から「当該国立大学、学部、学科その他の重要な組織の設置又は廃止」(法案112項、役員会の議決事項)が排除されている点に注目すべきである。大学内の教育研究組織の再編が「トップダウン」で行われる可能性があるということになる。 

教育研究に密着したこうした問題について教授会の権限、教育研究評議会の権限が失われるとすれば重大な問題である。

−部局の地位

首都圏ネットワークが公開した法案(骨子素案)に規定されていた「学部及び研究科等」に関する款が法案では全体として脱落した。学部、研究科、付置研究所等を文部科学省令で定めるとした規定がなくなったために、国立大学法人は省令によらず、法人の判断で学部等の改廃をなしうることになるものと思われる。法人の「経営」判断による学内の教育研究組織の再編成を促すねらいがあると思われる。

−不明な「国立大学」の組織

法案は、「国立大学」を設置する「国立大学法人」の組織を規定するのみで、国立大学の組織について規定するところがない。後述するように国立学校設置法が廃止されるので、学校教育法が国立大学を規制することになる。学校教育法によれば、大学の重要事項を審議するために教授会を置かなければならない(学校教育法59条)が、教学事項を含めて国立大学法人の組織に審議・決定権限が移行するために、教授会に関する規定は形骸化されるおそれがある。

 

4)財務:企業化する大学「経営」

 前述したように、国立大学法人の財務は、通則法を基礎としつつ、いくつかの特例的な規定によって規律される。あらためて国立大学法人の財務の特徴を要約すれば、それは、国立大学の企業化ということになるであろう。

まず、運営費交付金における大臣の裁量、評価に基づく配分は、評価制度と相まって、国立大学法人の財務的な「自立」への志向を強化するであろう。

債券発行は、全体としての大学法人の財務を企業的な経営に巻き込む可能性を高め、さらに、債権管理会社(法案337項)の大学「経営」に対する発言権を強める可能性をもっている。債券発行による自己資本の調達は、おそらく、産学連携、ベンチャービジネスへの出資など(法案225号、6号)を中心的な目的とするものになるであろう。

 

5)国立大学の企業化としての大学の特性

要約すれば、法案が意識している「教育研究の特性」とは、つぎのようなものにほかならない。@通則法と異なり、大学の「自主性」に一定度配慮すること(中期目標「意見」への「配慮」、学長任免の申出)、Aしかし、その「自主性」は、大学の自由を意味しない(詳細な法律による管理運営組織の規定)。B法律に定める管理運営組織は、学長・役員会の権限の肥大化(トップダウン)、学外者の発言権の強化によって伝統的な「大学の自治」・「教授会の自治」を破壊し、Cトップダウンの「経営」は、産学連携、大学の企業化を実現するためのメカニズムになっている。


4.現行の国立大学法制との乖離

1)教授会自治の消滅?

学校教育法59条と国立学校設置法の規定によって、現行の国立大学の管理運営組織は、教授会を基礎として、評議会によって全学的意思決定をするシステムになっている。学外者を含む運営諮問会議が置かれているが、これは諮問的な権限しかもたない。

国立学校設置法の全面廃止(整備法2条)によって、現行のシステムは法的には消滅することになる。とりわけ、法人と大学が分離されたことによって、大学に置かれる教授会と法人に置かれる諸機関との関係は形式的には分断されることになる。しかし、法人の諸機関が教学に関する事項を含めて大学の重要事項を決定することになるため、教授会に残される権限がどうなるかまったく不明である。

なお、文科省が法案とともに公表した「参照条文」から学校教育法59条は脱落している。

     

2)教育公務員特例法の不適用

教育公務員特例法の改正(整備法案6条)によって、国立大学・国立学校の教員等は適用対象から全面的に排除される。教特法は、内容からすれば公立学校・公立大学の教員等のみを対象とするものに変わる。法人法案による非公務員化(法案附則5条)に対応するものである。教特法3条が廃止される結果、「国立大学」の教員等が公務員身分を有するという規定も失われた。

教特法の身分保障に関する規定は、「学問の自由」を保障するためのものと理解されてきたから、この教特法改正は重大な意味をもっている。

教特法の趣旨は、就業規則で定めるというのが調査検討会議「最終報告」の見解であったが、法案によれば、人事に関する規則は経営協議会の審議事項とされ(法案204項)、他方、教育研究評議会の審議事項に「教員人事に関する事項」が掲げられてはいる(法案2134号)ものの、教育研究評議会の権限が「審議」にとどまることを考えると、なお予断を許さない。

 

3)教育基本法

教育基本法10条は、教育行政の目的を条件整備に限定し、教育の政治的権力からの独立性を保障しようとするものである。法案の、教育研究の内容にまでかかわる中期目標を大臣が付与し、中期計画を認可するという仕組みは、この教育基本法の規定に反する。法案は、教育基本法の形骸化に先鞭をつけるものとなる。

他方、法人法案と平行して教育基本法「改正」問題が生じている。法案は、教育基本法「改正」とともに、基本法的な教育のあり方を根本から変える可能性をはらんでいる。

 

5.国立大学の行方

 最後に、法案がめざす国立大学のあり方を要約しておこう。

1)国家統制の強化と官僚的業務の肥大化

 通則法との関連でふれたように、法人法案の最大の特徴は、国家統制を強化することにある。中期目標・中期計画、年度計画、国立大学法人評価委員会と総務省「審議会」による評価、中期目標終了時の総合的評価と検討などの制度は、これまでの国立大学にはまったく存在しなかった。これらの仕組みを通じて、国立大学の運営に対する行政的な統制が強まるだけでなく、教育研究内容にまで及ぶ統制が可能になる。さらにそれだけでなく、これらの計画、評価などのための官僚的業務が膨大に膨れ上がる可能性がある。法人法案は、世上流布されているように「国立大学の自主性を高める」ものではなく、その反対である。

 さらに、前項までにふれなかったが、役員数の増加(法案附則別表第一)による財政支出の増加など、財政的に見ても効率がよいわけではない。こうした費用を既存の予算から賄うとすれば、研究教育経費がそれだけ削減されることになる。そして、研究教育経費の確保を目的として、安易な授業料引き上げが行われることになる。

 

 2)学外者の影響力による大学「経営」

他方、大学の管理運営組織は、一方で教員集団から「経営」権限を分離するとともに、学外者の発言権を強める構成をとっている。大学運営のあり方、予算の配分、教育研究組織のあり方などが、教育研究に責任をもつ教職員によってではなく、これから分離された「経営」担当者によって決定される仕組みになっているのである。

大学発ベンチャーへの投資、研究成果の特許化、これら企業的事業への投資のための債券発行など、文字通り企業的な経営が大学の重要な事業になる可能性が高い。「遠山プラン」が展望した国立大学のこうした企業化を担うために学外者の能力と経験が必要とされているのである。けっして、「社会」一般の意見を大学に反映させることが目的ではない。

 

3)大学の「企業化」と教育研究

このような管理運営組織は、教育研究の本来的なあり方という視点からではなく、「経営」の効率性やパフォーマンスの視点から大学を運営するという事態を帰結する可能性が高い。

法人化問題が生起して以来たびたび強調されてきた基礎研究の軽視や人文科学研究の衰退という危惧が現実化する可能性がある。

法案は、私立大学を含む大学の教育研究のあり方、日本の文化のあり方に大きな負の影響を与える可能性が高い。こうした大学の変化によって最も深刻な被害をこうむるのは、学生・院生であり、国民である。