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独行法反対首都圏ネットワーク

☆巻頭言 効率化 石垣 武男 名大教授
 . [he-forum 4879] メディカルレヴュー87号
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『メディカルレビュー』(東芝メディカル株式会社)87号(2002年11月)

巻頭言 効率化

石垣 武男
名古屋大学医学部放射線医学講座教授
 
 
 平成16年になると国立大学が独立行政法人化する。色々と説明がなされるが,
なぜ?民営化なのかよくわからない。沢山の国立大学を抱えて国としての運営
が限界なのかもしれない。大学としての効率をあげるのも理由であろうか。考
えてみると現在の国立大学には同じような研究を行っているところがどこの大
学にも存在している。医学部を例にとると,各大学でその道の権威という肩書
きの人が存在し,研究費や人材の分散化が著しい。もっと効率よく,合理的な
配分をすれば成果は一段と上がるであろうという意見は単純でわかりやすい。

 民営化で著しく変貌したのは旧国鉄であろうか。国営の時代では乗客に対す
るサービス精神に欠け,体制にあぐらをかく構成員が多くみられた。しかし,
民営化してJRになり,互いに競争しながらの経営により大変貌を遂げたと言え
る。しかし,国立大学ではJRのような収益となる財源などは無い。教育・研究
にはお金がかかるだけである。もちろん国として援助はするのであるが,文部
科学省の意に反すれば援助は打ち切りとなってしまう。外部の援助金はいわゆ
る競争的な資金が多い。成果が出ない,または出そうもない研究に対しては予
算が付かないのでそのまま行けば研究室ごと崩壊してしまう。

 大学の中で収益があるという点で目立つのが付属病院である。しかし,これ
までの「親方日の丸」方式では収益などという根本的な意味での概念はなかっ
た。ましてや経営的なセンスはゼロに等しい。これまでは,大学病院が有する
最先端の知識・技術を駆使して診断や治療を行い,附随する研究成果もあげて
来たわけである。そこには,行った行為に対する経済的な損得勘定はない。し
かし,民営化して自力で病院を運営していこうとするとそうはいかない。どこ
の病院でもやられているような診療はしなくとも良いと思いたいが,そうする
と病院の経営が成り立たなくなる。大学病院でなければ存在し得ないような特
殊な診療部門こそ大切にする必要があるのだが,大体が不採算部門である。こ
ういったところを全体でカーバーしようという意気込みが大切ではあるが,意
気込みだけでは途中で息切れしてしまう。こういう部門がいち早くまずカット
されてしまう危険性も大いにある。

 独立行政法人化すれば非常に厳しい状況下に教官が置かれることは間違い無
い。医療界に対する社会の要求が,責任や義務だけを強調し過度に厳しくなり
つつある状況をも考えると,大学病院での仕事量は肉体的にも精神的にも数倍
となろう。診療・教育・研究を現在より一段と高めようとする中で「研究実績
のないものや,病院運営に貢献しない,かせぎのないダメなものは切り捨て」
という論法がまかり通るのであろう。理想的な診療・教育・研究を限られた人
材で効率良く行うことができるのであろうか。そうした場合,果たして大学病
院そのものに魅力を感じてそこに踏みとどまる者がどのくらいいるのだろうか?
明らかに,今現在でも大学離れが進んでいるのに,現在より業務量が数倍に増
えるとなればまともな人間はやめてしまうのではなかろうか?臨床研究のため
の設備や人員が確保できないとなれば,外へ出て普通の医者としての生活をし
た方が有意義だと考える方がまともである。この点は大学外に職場を探そうと
してもそうそう簡単にはいかないコメディカルの立場とは全く異なるのである。
このままの展開では,診療のみならず教育・研究という業務も果たさなければ
ならない境遇で,しかも市中病院に比べて給与は低いとなれば,「大学病院」
という名前だけで医師を引き止めることはできないであろう。

 とすると市中病院ではなし得ない大学病院の体系作りを行うことで医師・教
官を引き止めるしかないことになる。これには,かなりの自由裁量を認める体
系を考えなければならない。診療面にあっては余分なアルバイトで時間を割か
れることなく質の高い診療が行えること,研究にあっては十分な研究費のもと
で斬新な研究が行えることである。教育はその「余裕のある状況」下でのみ充
実するものであり,余裕の無い状況下では無理であろう。

 効率化は現代の流行語のようであるが,効率化して各人に時間的な余裕がたっ
ぷりと生じればその人間の能力が限りなく発揮されるであろう。医療ミスにし
ても,現状よりさらに余裕の無い勤務状況となれば,例えマニュアルでがんじ
がらめにしても決してなくすことはできないであろう。

 しかし,余裕がたっぷりあると,部外者はこれを「非効率」と呼ぶのも事実
である。効率優先の昨今,医療システムにもその考えが導入されつつある。先
の見通しのない,目先だけの意見に拍手を送っていると,やがて「天に向かっ
て唾する」ことになるであろう。その時に悔やんでももう遅い。