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☆寄稿 群馬大教育学部の移転計画を憂う 戸所 隆(高崎経済大地域政策学部教授)
 . [he-forum 4748] 上毛新聞11/19 
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『上毛新聞』2002年11月19日付

寄稿 群馬大教育学部の移転計画を憂う 

戸所 隆(高崎経済大地域政策学部教授)


 群馬大学教育学部を東京近郊に移転させることは、群馬県の将来に大きな禍
根を残すことになると深刻に受け止めている。群馬大学は県民共通の財産であ
り、群馬に育つ人々が地域社会に貢献し広く世界に羽ばたいて行くための基盤
である。移転計画が中止になることを念じつつ、移転が抱える問題点を指摘し
たい。

 (1)大学は知恵の時代における拠点

 明治時代以降、日本が形成してきた工業化社会が、新たな時代の変化の中で
転換を求められている。転換期のトンネルを過ぎれば、その先に知恵や知識を
重視した知恵の時代がくることは確実である。知恵の時代には、大学や研究所
などの知的基盤整備が強く求められ、そのネットワークが世界へと拡大してい
ける地域が、成長地域となる。

 群馬大学教育学部は、県立で明治初期に師範学校として設置された。その後
国立への移管があり今日に至るが、その間に多くの人材と教育・研究業績を蓄
積し、初等中等教育の知的拠点として存在してきた。

 (2)地域の教育力が群馬の将来を決する

 知恵の時代では地域の教育力がものをいう。中でも、幼児教育、初等中等教
育には地域力を維持向上させるために、地域的特性を重視した教育が欠かせな
い。地域に密着した基幹的な教員養成機関が必要で、新しい文理融合型の学部
をつくって解決する問題ではない。

 また、教員の再教育機能を残す場合も、教員養成の中核機関なしでは、人材・
設備両面から多様な再教育需要への対応は期待できない。埼玉大のキャンパス
に移れば、その主体は大都市型教育になるであろう。

 幼児期や初等中等教育期に地域性豊かな教育を受けた人々は、その後の高等
教育でも伸び、国の内外で活躍する人が多い。また、そうした人材を輩出して
きた地域には活力がある。

 (3)教育の機会均等と伝統に立った持続的地域発展

 群馬県の人口二百三万人は全国の1・7%になる。しかし、群馬県内にある
四年制大学の学生収容定員は0・7%にすぎない。このことは進学率が同じな
ら、半分以上の受験者が県外の大学へ進学しなければならないことを物語る。
これが社会人再教育時代の今日、群馬の地域力・教育力を弱めている要因でも
ある。

 教育学部の効率性を高める統合は理解できる。その場合、大学の地理的分布
からして、大学の多い東京近郊から埼玉大学教育学部を前橋にもってくるのな
ら分かる。しかし、その反対では地域的矛盾が生じる。これは地域エゴではな
い。

 (4)イメージダウンは地域の活力・発展を阻害する

 知恵の時代に、地域の中心大学が撤退することはイメージダウンになる。十
年ほど前、東京理科大が前橋進出を公表しながら結果として進出を断念した事
件があった。当時関西で生活していた私は、大学が立地しないような地域は何
かおかしいことがあるに違いないと、群馬への企業立地を敬遠する人々にも出
会った。

 地域のイメージダウンはその地域の文化のみならず、経済社会全分野にわた
り活力を減退させ、地域の衰退につながる。

 (5)国の整備するインフラの存続は国に対して主張すべき

 新聞報道によれば、行政の責任者の中に、行政の立場では移転について反対・
賛成を言えない、あるいは静観したいとの意見があるという。しかし、群馬県
のように高等教育機能が相対的に弱体な地域は、もっと政府に大学強化を要望
してよい地域と考える。

 そうした視点から見れば、埼玉大学教育学部の機能を群馬に集結して教育学
部改革を実施するべきであろう。地域の行政が率先して県民の生活環境を整え
る努力を行い、知恵の時代にも新たな交流空間になりうるアカデミック・イン
フラ、高等教育社会基盤を群馬に構築していく必要がある。

 (6)県民が安心して暮らせる基盤整備をする時

 地域の教育に情熱を捧げようとする学徒は多い。それらの中には経済的事情
から大都市の大学に進学できない優秀な学生もいる。それらの人々が近くの教
育学部に進学できる環境をつくり維持することは、県民が安心して暮らせるた
めの基盤整備にほかならない。

 明日の群馬をつくるため、そして将来にわたりこの群馬から地域社会に広く
世界へ羽ばたいていける人材養成の教育環境を整えるためにも、群馬大学教育
学部を官民一体となって群馬で育てていくことが重要であると思う。