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『読売新聞』中部版 2002年11月7日〜10日 【上】 付属病院 稼ぎ頭か金食い虫か 法人化、変革の好機 【中】 教育学部 道筋見えぬ再編・統合 協議 互いに譲れず 【下】 競争時代 独創性 試される研究 評価は資金に直結 11月7日 【上】 付属病院 稼ぎ頭か金食い虫か 法人化、変革の好機 「このまま手をこまぬいていては、三億九千万円の赤字をそのまま引き継ぐ という最悪のシナリオもあり得るのだ」 今月一日、名古屋大医学部付属病院(名古屋市昭和区)の講義室の演壇に立っ た大島伸一病院長の就任所信表明は、異例の内容となった。 教壇を挟んで、約百五十人の教職員が神妙に耳を傾けた。「金や人がどれだ け必要か」「財源不足を何で補うか」。手元に配られた「付属病院における行 動目標(案)」という四枚の資料には、企業の経営計画をほうふつとさせる言 葉が並んでいた。二〇〇四年度に迫った国立大学の法人化を前に、大島病院長 は経営改革に取り組む決意を示した。出席したある助教授は「これから、大変 なことが始まるのだと感じた」と話す。 国立大学が独立した法人になると、国からの交付金の使い道や人事などが、 各大学の裁量に委ねられる。国の一組織だったこれまでとは違い、独自に収入 を得る道も開ける。病院は、大学の中でも財政規模が大きいため、稼ぎ頭にな る可能性もあれば、赤字を抱え、大学全体の運営を揺るがす危険性もはらんで いる。 名大病院は約千床を抱え、年間約百八十億円の収入がある。しかし、新築し た研究棟の償還金や人件費がかさみ、経営改善をしなければ、法人化までに実 質約三億九千万円の赤字が出る見通しだ。さらに法人化後には、医療事故に備 えた損害保険や医療機器の減価償却費、職員の退職手当引き当て準備金などが、 新たな負担になると見越し、積算を始めたところだ。 “半官半民”の社会保険病院「中京病院」で副院長を務めた経験のある大島 病院長は、こう断言する。「名大病院の規模なら、あと六十億円は稼げるはず だ」。経営努力の余地がかなりあると思っている。 一方、三重大医学部付属病院では、「医学部付属」から「大学付属」への移 行を検討している。 日本の大学病院は、大学医学部の臨床教室が、診療を担当する「医局」と、 教育・研究を担当する「講座」の両方の機能を兼ねてきた。人材も予算の配分 も、診療より研究の方を優先する傾向が強かった。 三重大はこれを改め、二つの機能を別々の組織にしようと検討している。菅 原庸(いさお)副学長は「病院を治療機関として切り離せば、患者の診療が優 先され、地域医療に貢献する望ましい姿になる」と、その狙いを語る。葛原茂 樹病院長も「医学部付属では、何をするにも医学部にお伺いを立てなければな らない。大学付属になれば、病院長の人事権や経営上の権利が明確になり、よ り自由な運営ができるようになる」と、メリットを強調する。一方で、混然一 体となっている医局と講座の教職員の振り分け、新組織の形態などは課題とし て残っている。 法人化後、大学病院の運営費がどの程度、国費で賄われるかは、まだ示され ていない。しかし、名大の大島病院長は「法人化でどうなるかという発想は捨 て、どうしたいか自分たちで考え、キラリと光る病院を作り出さなければなら ない」と言い切る。法人化は、大学病院の変革のチャンスでもある。 11月8日 【中】 教育学部 道筋見えぬ再編・統合 協議 互いに譲れず 「教育学部を廃止する方の大学に、サテライト教室を置くということでは、 だめですかねえ」 東京・霞が関の文部科学省。庁舎が改修工事中のため、敷地内に仮設された プレハブの狭い会議室で、先月九日、高等教育局教育大学室の本間実室長は、 三重大と和歌山大の教育学部関係者八人に、こう持ちかけた。片方の大学だけ に教育学部を残す統合を前提にしていた。 大学改革の一環で、文科省は昨年六月、国立大の大幅な再編・統合を打ち出 した。全国に四十八ある教育学部は、学生数に対して教員数が多く、「非効率」 との見方だ。中でも、教員養成課程の定員が百人以下の十六大学は、教育学部 の統廃合を強く促されている。 三重、和歌山大はともに、教員養成課程の定員百人に対し、学部の教員は百 九人いる。今年三月から、大阪市内の公営施設などで、教育学部の統合を前提 に話し合いを始めた。十二回にわたる協議の末、統合の前提として「互いに規 模は縮小しても、小学校教員養成と現場教員の再教育を担当するコースは両方 に残す」という合意がほぼ出来ていた。文科省でのヒアリングでもその意向を 説明した。 ところが、二時間半に及ぶ話し合いで、文科省側は、再教育については、双 方にコースを残すのではなく、学部が存続する大学の教員が学部が廃止される 大学に出向く形の「サテライト教室」で対応するよう繰り返し求めた。両大学 は「再教育は地元教育の支え。他県と一緒にやれる話ではない」と懸命に反論 した。 ヒアリングに出席した三重大の藤原和好・学長補佐は「伝えたいことは伝え た。統合の大きな枠組みについては、理解がほぼ得られたとの感触を得た」と 話す。しかし、再教育の方法で折り合いがついたとしても、どちらの大学に教 育学部を残すかの肝心な協議は、これからが正念場だ。 東海地方では、教員養成課程の定員が二百十五人の岐阜大が「四十八大学中、 真ん中より大きいほうにあり、県教委からも必要とされている」(佐々木嘉三・ 教育学部長)と単独で存続する方針を決めている。 愛知教育大は教授会での長い論議の末、〈1〉岐阜、三重大の両教育学部 〈2〉岐阜大教育学部と豊橋技術科学大〈3〉岐阜大〈4〉名古屋大――をそ れぞれ相手とする統合案をまとめたが、どことも交渉すら始めていない。 教員養成課程の定員が四百八十人、教員の養成を目的としない課程が三百九 十五人と規模が大きいため、「相手にとっては、教員養成課程を手放すことが 前提になり、テーブルについてもらうことさえ難しい」と同大の幹部は漏らす。 先月十八日、都内で開かれた「日本教育大学協会」の会合で、全国の教育大 学や教育学部の幹部を前に、本間室長は「再編・統合のタイムリミットは設け ない」と明言した。旗振り役の文科省が一歩引いた背景には、教育学部廃止の 方針に、山形県など各地で強い反発が起きたのが影響していると出席者は見て いる。 三重、和歌山大の交渉も、「教育学部がなくなれば、県教委の施策にも影響 する」(土橋伸好・三重県教育長)との声があり、具体的な統合話になれば、 地元の反発を招くのは必至だ。 愛教大の田原賢一学長は、「どちらかが痛みを伴うことが前提で、両者がと もに満足することはない」と再編・統合の難しさを語る。「人の能力を高める 教育に、効率という考え方は合わないのではないか」(小田章・和歌山大学長) という意見もある。 多くの課題を抱えた教員養成学部の再編・統合の地図はまだ見えてこない。 11月10日 【下】 競争時代 独創性 試される研究 評価は資金に直結 「岐阜大本部棟の大会議室で先月二十五日、岐阜大と岐阜県の情報交流会議 が開かれた。 「研究、開発機関としての岐阜大に期待する部分は大きいのです」 県側の注文に、黒木登志夫学長は「産官学で新しい事業を創設することは大 きい。ぜひ協力したい」と応じた。 会議は、大学と県が自由に懇談しようと、年一回、開催している。この日は、 黒木学長や梶原拓知事ら双方の幹部計二十一人が顔をそろえた。 当初は国立大の法人化や教育学部と県の連携を議題にする予定だったが、約 二時間の会議の大半は、文部科学省の「知的クラスター創成事業」に話が集中 した。同事業は、大学などの研究機関を中核に「日本版シリコンバレー」を育 成する新規事業だ。今春、札幌や京都など十の実施地域が選ばれ、約五億円が 五年間にわたって支援される。 岐阜県は、岐阜大を中核として、病状に応じて言語や体に反応する「バーチャ ル患者ロボット」の開発や、手足のマヒの回復訓練を行う「リハビリテーショ ン支援システム」づくりなどの「ロボティック・バーチャル・システム産業育 成構想」を提案した。実施地域からは漏れたが、一歩手前の試行地域に選ばれ、 年間一億円の予算がついた。 「今度は患者ロボットに焦点を絞り、昇格を狙いたい」と黒木学長は意欲を 示す。患者ロボットは、医学生の実習や救急救命士の訓練現場など幅広い用途 が期待される。将来、注目を集める領域に育つと踏んでいる。 研究を巡って、大学の個性の競い合いが加速している。火付け役は、「21 世紀COEプログラム」(旧トップ30構想)だった。世界最高水準の研究拠 点づくりを狙いに、大学院博士課程レベルの優れた研究を選び、予算を重点配 分する。文科省が昨年六月に打ち出した「大学の構造改革の方針」の目玉だ。 各分野のトップレベルの研究者らが書類審査とヒアリングの二段階で選考し、 今年十月、国公私立百六十三大学の四百六十四件の応募の中から、五十大学の 百十三件が初めて選ばれた。東海地方では、名古屋大が七件、豊橋技術科学大 が二件、名古屋工業大、岐阜大、名城大、愛知大が各一件、選定された。 東大、京大の十一件に次ぐ成績だった名大は、各分野の教員約二十人でつく るワーキンググループで候補を絞り込み、十一件を応募した。ヒアリングに備 え、全グループが、松尾稔学長の前で、プレゼンテーションの予行演習をする という力の入れようだった。 各グループの説明を聞いた松尾学長は「研究内容を理解してもらうためには どうしたらいいか。教員に真剣味や競争意識が生まれた」と語る。植物バイオ サイエンスの研究計画が採択された水野猛・生命農学研究科教授は「大学とい うタコつぼの中で甘んじている教員は、これからは通用しなくなる」と断言す る。 化学分野で採択された研究計画のリーダーを務める関一彦・理学研究科教授 は、交付される二億円の一部を使って、博士課程後期の大学院生三十人に、月 に十万円程度を支払う新しい試みを考えている。 欧米の大学院生は、博士課程後期の場合、学費を払わず、給与を得ている。 「院生に油を注ぐことによって、研究も組織も活性化されるはずだ」と、関教 授は期待している。 大学の研究が、第三者によって厳しく評価される時代を迎えた。評価は即、 研究資金に結びつく。大学人は象牙(ぞうげ)の塔から抜け出し、競い始めて いる。 (この連載は、中村康生、藤川拓生、井沢夏穂、野依英治、八木さゆり、児 玉拓也が担当しました) |