<深谷信夫茨城大学教授が全大教に提出した文書 2002年11月22日)

 

 

全大教労働問題検討会・中央執行委員会への書簡

 

 

起承転結をもって記述する時間的余裕がないので、論点を列記するという形で、中間報告についての私見を以下記述する。お断りしておくが、私の立場は、もっと時間をかけ、組織の力を使って、よいものをつくっていくべきであるというものである。また、労働問題検討会で検討すべきものと中央執行委員会で討議決定すべき事項との区別があろうが、一組合員である私にはわからないので、区別せずに記述する。

 

1 「はじめに」の囲みには、実践的検討・実践的政策検討という表現があるが、総体として、この「中間報告」は実践的ではないと思われる。職場組合員に配布されているが、職場組合員に最低限了解していてほしい法律問題など、まったく言及されていない。ほんの一例であるが、だれが労働基準法上の労働者になるのか、なぜ「労働基準法上の労働者の問題」と「労働組合法上の労働組合となるために必要とされる組合員の範囲の問題」と区別しなければならないのか、そのことをめぐってどのような法律論争があるのか、言及されていない。などなど。

 

 

2 なぜか。その一例を挙げよう。大学単位で圧倒的な組合は、教職員の過半数を組織できていいない少数組合である。組織拡大の運動をしても過半数組合になる現実的な可能性は、あまりない。それでは、この少数組合がどのようにしてみずからの要求を主張を実現するのか。その問題についてふれられていない。

 

3 少数組合が、団体交渉を要求することはできる。使用者には、団体交渉応諾義務はある。しかし、使用者に労働協約を締結する義務はない。ストライキをかまえて、しかも、法人化移行前の違法ストライキをかまえて、たかかうのか。現実的ではあるまい。

 

4 就業規則の作成過程における過半数代表者の意見聴取も、同意をではなく、聴取であるから、労働組合の要求と主張を認めなければ、就業規則を制定できないわけではない。一方的に制定できる。

 

5 それでは、どうするのか。以上のようなまさに実践的な問題について、検討されていない。

 

6 内容的にも、法人移行における労働組合としての基本的な立場が明示されていない。まず、冒頭において、明確に提起されるべきである。

 

7 私は、例えばであるが、以下のような提起が必要であると思う。

 

 労働組合がなすべきことの第一は、法人化を契機とする首切りと労働条件の切り下げを許さないこと(論点・移行期における労働条件の不利益変更、参照;労基法1条2項)、

 第二は、国家公務員法・教育公務員特例法などの諸法令と人事院勧告等による現状の労働条件を法人組織が制定すべき就業規則の内容として確認させること(公務員労働法制のもとにおける学内規定の内容と就業規則法制との相違)、

 第三は、現状の労働条件の水準と労働基準法などの一般労働法規の水準との比較検討をおこない、現状の労働条件を確保するために必要とされる制度・政策上の課題を明確にすること、

 第四は、現状の労働条件の問題点を分析・検討して、よりよい雇用と労働条件についての基準とル−ルを造りあげること、などである。

 

8 記述されている内容に即して、以下記述しよう。4頁の労働協約と就業規則の対比は、誤りではないが、実践的ではない。

 決定的には、労働協約が労働組合が要求すれば、自動的に、締結されるかのように受け止められる記述になっている。

 使用者は、団体交渉には応じるべき義務はあるが、労働協約を締結すべき義務はない。他方で、いったん締結した労働協約も、90日前に予告すれば、一方的に破棄できる。

 他方で、使用者は、就業規則を作成すべき義務があるが、単に過半数代表者の意見聴取を経れば、例え反対しようとも一方的に作成することができる。しかも、判例法理があるとはいえ、一方的な不利益変更問題が重要な問題となっている。

 こうしたことが記述されていない。こうした法律状態のなかで、冒頭にもふれたが、少数組合が、どのようにして要求と主張を実現するのか。提起されていない。

 

9 5頁の「就業規則・労使協定・労働協約の差異」表も、記載されている内容について誤りはないが、実践的な意義をもっと強調すべきである。

 表4の上部に、労使協定が合意であるとして、時間外労働協定が例示されている。ここをもっと強調しなければならない。

 すなわち、@使用者が人事管理上・労務管理上の特定事項(主なもので14事項)について就業規則上の制度として導入しようとすれば、労使協定を締結しなければならない、A就業規則の本体は一方的に作成できても、合意による労使協定が締結できなければ、人事制度は機能不全・機能停止状態に陥る、Bどういう主張をもった人が過半数代表者となるのかという問題の決定的な意義はこうした制度枠組みのなかにある、などがもっと詳しく説明されるべきである。

 

10 こうした過半数代表者についての法制度的な説明も欠落している。一部では、教授会で過半数代表者を指名すればいいであろうとの管理職となった労働法研究者の主張があり、困っているとの相談を受けた。

 @だれが過半数代表者を選出する地位にあるのか、Aだれが過半数代表者になる資格があるのか、Bどう選出するのか、Cこの過程で、少数労働組合はどのような役割を発揮するのか、などなど必要な論点について説明されなければならない。

 

11 5頁の「職員団体から労働組合へ」という問題において、「憲法上の労働組合」と「労組法上の労働組合」という論点とが提起されていない。なぜ、労組法上の労働組合という道を自動的に選択することになるのか。弱小組合においては、特殊な労使関係においては、労組法上の労働組合(使用者の利益代表者は労働組合員になれないという枠組み)ではない選択肢もあるように思われる。いずれにせよ、制度枠組みの問題としては説明されてしかるべきである。

 

12 6頁の分限・身分保障の記述は、あまりにも簡素にすぎる。「以上のことを認識したうえで」の結論は支持する。しかし、国家公務員法と一般労働法との制度枠組みの違い、一般労働法における法律の不備、現実の法律紛争などなどの問題認識が前提となって、それではどのような就業規則上の規定をおくことによって、実質的に身分保障を実現することができるのか、が議論されなければならない。必要な説明が欠落しているといえよう。

 

13 上記の問題と関連するが、教育公務員特例法の適用排除の問題の意味が正確に記述されていない。教特法の制度内容を維持するためには、就業規則による規制だけでなく、管理運営機構の問題などさまざまな法人組織に関連する事項である。一例を挙げれば、教員の採用問題は、厳密には就業規則条項にふくまれるとはいえない。教員の昇任・昇格は、就業規則条項である。などなど、現状を維持するためには、どのような制度においてなにが必要なのか、詳しく説明されなければならない。

 

14 8頁の団体交渉についての記述であるが、「職員団体の交渉」と「労働組合の団体交渉」との法制度上の違いについての説明がなく、実践的に問題であろう「共同交渉」の問題についての説明が少なすぎる。具体的には、共同交渉をめぐっての最高裁判例など必要な法律知識について説明されるべきである。共同交渉を実現するには、労働組合としてはなにをすべきなのか。また、使用者の誠実交渉義務については、もっと詳しく労働組合は使用者に権利としてなにを要求できるのかという視点から、詳細に説明されるべきである。

 

15 9頁の労使協議制についてである。少数組合が、現実的に、法人全体に発言権を広げるうえでの労使協議制の意義について言及されていない。絶対的な多数組合であれば、民間大企業組合におけるように、団交権を極限的に限定するような労使協議制を必要ないといえる。しかし、前述したように、少数組合が、過半数代表制と労使協定を駆使して、労働条件規制を実現しようとするならば、記述されているのとは違う別の角度から、広い意味での労使協議制を位置づける必要があるように思われる。

 

16 10頁の大学の管理運営・大学自治と組合は、なぜここで記述されるのか。出発点で説明されるべきである。@管理運営問題と雇用・労働条件問題は、関連しているとはいえ、異なる制度問題であること、Aしたがって、それぞれをまずは別々に検討して、B労働組合としては、雇用と労働条件規制のためにも(も、であることに留意していただきたい。私は、雇用・労働条件問題に関連がなくとも発言すべきであると考える。物取り主義の経済至上主義者ではない。)大学の管理運営問題につて発言する、という必要な説明が、この中間報告の冒頭においてなされるべきである。

 

(このメモを作成するための時間がなくなりつつある。以下、記述をさらに簡略せざるを得ないこと、お断りする。)

 

17 11頁の賃金政策。

 労働契約の原理原則から考えて、賃金は労働の対価である。賃金制度の前提は、労働者の適正処遇の問題である。労働者は、使用者に労働力を提供する。使用者は、その労働力を適正に活用して経営目的を実現する。これが、労働契約関係に移行するということの根本的な転換点である。

 全体の奉仕者としての公務関係と根本的に異なる枠組みである(揚げ足取り的な反論が予想されるので、一言付け加えるが、国民のための教育・国民のための大学という視点からの問題解明はまた別の問題である。)。

 使用者が、労働者の能力を生かすような適正な処遇を行うことなしに、賃金問題を論じることはできない。成果主義・成績評価というが、労働者が意欲を持って能力を発揮できるような処遇をしないで、なにが目標を設定して、自己管理して、目標を実現すべきなのか。職員人事制度を例にとろう。まじめに働き続けても、ガラスの天井があって、一生いわゆる平社員のまま(専門職とかの擬似的な肩書きはあるが)である。これを教員にたとえれば、一生あなたは助手ですよ、しかし、教授以上に、校務を果たし、論文を書き、業績を上げなさい、ということである。問題は、文部科学省の派遣人事(わたり職員)問題である。こうした人事制度の前提的な根本問題を指摘しないで、賃金政策が語られている。問題の組み立てが、根本的に間違っていると思われる。

 

18 14頁の労働協約と労使協定の部分。別の制度である。無協約状態は、使用者にとって痛くもかゆくもない。無協定は、使用者にとって、激痛である。このことが、区別されて説明されていない。

 

19 14頁の組合員の範囲。決定的に欠落しているのは、@労組法上の自主性と民主性の意義、A労組法上の労働組合とそうでない場合との制度上の位置の違い、B人的自主性をめぐる形式判断と実質判断との解釈上の争い、C行政解釈の内容、D大学の管理運営機構を想定した場合の解釈論上の争点、が説明されていない。

 

20 そうした説明と、さらに法律判断もなく、16頁では、行政解釈を遙かに越える、法人化後の労働組合に加入できる教職員を非組合員として取り扱う協約案が提示されている。私は、実践的に考えて、最大の問題、最悪の問題が、この非組合員の協定案だと思う。

 百歩ゆずろう。16頁のA案を選択するという、この重大問題がまったく説明されていない。労働組合は、なにを実現するために、組合員となることができる労働者の基本的な権利を、使用者に渡すのか。なにが、交換として、組合に提供されるのか。説明されるべきである。

 

21 18頁以下の協約案について。そもそも、労働組合としての基本的な要求が示されていない。最大限要求と最低限要求などの区別もない。こうした要求を実現するためには、これが必要だ、ということになるのではないのだろうか。本来、この中間報告の冒頭において、「100項目要求」ぐらいにして、提起すべきなのである。

 

22 また、就業規則に委任すべき事項と、絶対に協約として締結しておくべき事項との区別もない。

 

23 さらに、労働協約の文体(労働組合と使用者が合意して、労働組合が認める、使用者はできる・しなければならない、などなど)と、就業規則の文体(使用者が、従業員にもとめる。従業員・職員は、使用者は、できる・すべき・しなければならない、などなど)は違う。労働協約が、就業規則のように、記述されている。

 

24 18−27頁の提案の基本的な立場が示されていない。私は、このメモの項目7で書いたように、作業の手順としては、@まず、現状を労働協約化・就業規則化してみる、Aつぎに、違法になるものは合法化するための方策を考える、B反労働者的な現行規則でその法的な根拠がなくなるものは廃止する、Cさらに改善すべき内容を付け加える、などなどが必要である。

 

25 この中間報告は、作業手順としては、@のレベルである。しかし、そのことが明文で説明されていない。であるから、驚愕するような協約内容が、多数存在する。多数存在するので、すべて記述する余裕がないが、とくに問題と思われる数例をあげる。

 

26 長時間労働を拒否する・残業は原則として認めない・サ−ビス残業は告発する、というのが労働組合・労働者としてとるべき原則的な立場である。そのことが、明確でない。これは実践的にも重要である。労働組合として、過半数代表制度・労使協定制度を活用して、使用者と交渉していくうえでの有効な制度である。検討されるべきであろう。

 

27 24頁の人事協約。@3条の配置転換を使用者に包括的に認めるような条項は、認めることができない(26頁に異なる記述があるが混乱している。)。A解雇規制がまったく不十分である。B6条4号のような整理解雇法理で論争点となり、労働組合として認めることができない事由を認めるべきでない。C11条の懲戒は規定は、就業規則の懲戒条項を読んでいるようで疑問甚だしい。使用者の懲戒権の濫用に関する歯止めをかけるのが労働協約の役割ではないのか。あるという視点が感じられない。

 

28 さて、最後に、とにもかくにも、現場で問題となっていることを反映した要求・モデル案となるように、時間をかけて討議して、決定していただきたい。最終的には、検討会の最終報告ということでなく、中央執行委員会からの要求原案とモデル案として提案していただきたい。

 

29 中間報告とは別の問題であるが、全国組織として、現状において果たしてほしい役割について、書かせていただく。

 すべての前提は、労働組合としての政策と主張と要求を確立することであろうが、その問題は除いたうえで、

 @職場では、さまざまな法律論争が展開されている。正しい法律知識が提供されずに、適切な反論、必要な運動の組織ができていない。せめて、110番のようなものを設置して、その内容が全国に普及されるべきである(財政的な措置をもって、人を確保するぐらいのことを考えてもいいのではないのか)。

 A全国レベルで流布される誤った法律論については、日常的に批判検討して、反論を加え、全国に伝えるべきである。例えば、全国の法人化特別委員会の教員の5年任期制合法論などなど、重要事項についての誤った知識が広まっているのである。

 Bこの中間報告のようなものではなく、法律知識もない一般の組合員にむけて学習書(パンフレット)を作成する必要があろう。

 C職場の学習活動を人的に援助するための体制をつくる。例えば、現行の各ブロックに、労働法を専門とする組合員を組織する。それぞれの研究者がバラバラの内容で対応してはならないので、その統一をはかるために、全国的な講師団のようなものを組織する。

 D職場における法律論争に必要とされる「法規集」のようなもの(最新法規、政令・命令、行政解釈、判例などなど)を作成する(印刷せずとも、電子版で送ればいい)。

 E最後に、さまざまな規則案を作成するためには、外部の人材を活用することなども考慮されるべきである。

 いずれにしても、職場と地域と全国が一つになって、必要な情報の共有と、運動の組織化が図られなければならないのであろう。