非常勤職員の賃金切り下げ問題
制度の原理と大学運営の原則の確認を
私たちは、だまされようとしています
2002年11月26日 茨城大学教職員組合 深谷信夫
はじめに
最初にお断りしておきます。偉そうに書きますが、事態の進行のなかで考えたことです。労働法の研究者としては、もっと早く発言すべきであったのかもしれません。不十分であったことを、反省します。このことを思いつつも、全国的な問題なので、まだできる・まだ間に合うと思って、私が考えたことを書きます。
まだ時間があります
もう一度考えてみましょう
文部科学省大臣官房人事課給与班主査事務連絡(平成14年11月15日)が発せられ、非常勤職員の皆さんの賃金も、常勤職員の賃金と同様に、切り下げられようとしています。東京大学職員組合の取り組みも伝えられています。
しかし、そもそも、この非常勤職員の一方的な賃金切り下げは、正当な行為なのでしょうか。常勤職員の賃金切り下げと同様に考えていいのでしょうか。
私は、違うと考えます。
まだ、遅くありません。必要な手をうてば、なし崩し的な非常勤職員の一方的な賃金切り下げを止めさせることができると考えます。
そもそも、なぜ文部科学省の人事課が事務連絡を発する必要があるのでしょうか。
常勤職員と同様に、人事院勧告と給与法の改定によって、全国的に、いわば自動的強制的一方的に変更でき、12月支払い給与や賞与の分から「調整」できるならば、事務連絡を発する必要はありません。通達を発して、常勤職員に準じて取り扱いなさいということ自体、常勤職員とは制度的には別であることを証明しているのです。全国的に、自動的に、強制的に、一方的に、非常勤職員の賃金切り下げはできないことを物語っているのです。
私が考えたことは、つぎのような内容です。
民間企業でできないことでも
公務員労働関係ではできるのでしょうか
事務連絡は、常勤職員と同様に、人事院勧告と同じ水準で賃金を引き上げられてきたのだから、切り下げも同じように、といいます。引き上げてきたのだから、切り下げることもできるといえるのでしょうか。法的に認められるのでしょうか。
まず、民間企業であれば、使用者が、労働条件の一方的な不利益変更はできないというのが原則です。とくに、賃金・労働時間などの中心的な労働条件については、高度の必要性の存在という合理性がなければ、例外的にも認められないということです。ここでは詳しく書けませんが、最高裁判所の判例法理として確立されており、学説も認めるところです。
これは、たとえ会社の経営状態がいいときに、使用者が、賃金を引き上げる措置をとっていても、だからといって、引き上げてきたのだから、切り下げることできるのだ、という乱暴な理屈は通らないのです。
それでは、民間企業ではできないことでも、公務員労働関係ではできるといえるのでしょうか。
私は、できないと考えます。
常勤職員と非常勤職員とは区別すべきです。
非常勤職員の給与の財源を確認しなければなりません。
第一に、非常勤職員の賃金切り下げについては、人事院勧告の実施を理由とすることはできません。正当な理由とはならない、ということです。
なぜならば、常勤職員は、給与法の規制を受けて、人事院勧告にもとづく各年度の給与水準が決定されます。「情勢適応の原則」といわれる行政組織運営の原則を根拠に、また、人事院勧告によって各年度の給与が最終決定されるということから、常勤職員の賃金切り下げは、不当ではあるが、違法とはいえないという制度枠組みのなかにあります。
しかし、非常勤職員の給与問題は複雑です。給与の支払いに着目して、分類してみます。
第一の類型は、給与法22条に規律されて国庫から給与が支払われている非常勤職員です。
第二の類型は、各大学のいわゆる物件費などを運用して給与が支払われている非常勤職員です。全額の予算から支出されてい場合もありますし、各学部(各部局)の予算から捻出されている場合もあります。
第三の類型は、それら以外の典型的には科研費を運用することによって給与の支払いを受けている非常勤職員です。
これらの三つの類型の非常勤職員それぞれについて、人事院勧告に基づく給与法の改正との関係を検討しなければなりません。ここでは、第二の類型に限定して、問題を考えます。
第二の類型の非常勤職員の給与の財源は、各大学の予算から捻出されています。多くは、物件費の費目からの運用でしょう。この場合に、常勤職員の給与体系が、事実上適用されているだけであって、そもそも勤務条件法律決定主義の制度の枠の外におかれているのです。制度の外においていながら、制度の変更を理由とするというのは、あまりにも勝手なやり方です。
ですから、上記「事務連絡」も、「非常勤職員の給与額の決定等については、常勤職員に準じて取り扱われるようお願いします。」といわざるをえないのです。「お願いします」ですよ、法定事項であれば、「お願いします」などという表現にはなりません。決定権は、大学にあるのです。
にもかかわらず、気の弱い(?)事務当局と、人のいい労働組合は、あたかも法定事項であるという前提で、その限定解釈(過去の実績をふまえて短時間勤務職員ははずすという運用)を試みようとしているのではないのでしょうか。
私は、どうしても納得できません。
変更する場合でも
手続問題は重大問題となります
ここからは、手続き問題です。百歩譲って、切り下げが可能であるとしましょう。その場合でも、一方的な切り下げはできません。適正な手続きが踏まれなければなりません。
給与法22条に準じた取扱いをしなさいという通達がありますが、ここまで述べてきたように、圧倒的に多くの非常勤職員(大半の大学では、すべてのといっていいでしょうが)の給与は、学内予算の運用で捻出されています。
学内の年度予算として決定した事項を、決定手続きを無視して、事務当局が一方的に変更するという問題です。これはできないでしょう。削るのだからという説明も認められません。予算を決定した全学評議員会などで決定されるべきです。
各学部予算で充当している場合も同様です。物件費などから捻出しているとはいっても、各学部教授会で決定している予算です。その内容を変更して実施するというのであれば、その了解を決定機関にはかるべきです。そして、各学部教授会で、人件費の変更は決定されるべきです。
予算にかかわる大学の自治や教授会の自治を破壊するという問題があるのです。適正な手続きを踏むことが重要なのです。
合法的に選ぶことのできる選択肢は三つです
非常勤職員の賃金の一方的な切り下げと、過去支払い分の一方的な調整は、法的根拠に欠く、違法な行為です。賃金切り下げは不当なことですが、制度的に許される方法も、残念ながらあります。そうさせないことが、労働組合の仕事ではありますが。
文部科学省と大学当局が合法的にできることは、第一に、非常勤職員の個人の意思で、人勧切り下げ分の国庫への返上です。これは強制できません。給与からの一方的な控除もできません。
第二は、個々の非常勤職員との個別的な合意をとって、期間途中の賃金切り下げを実施することです。遡っての同意取り付けを行うことはできません。1月以降ということになるでしょう。
第三に、その同意ができなければ、つぎの契約期間について、日給や時間給の改定を行うということでしょう。
早急に、できることをやりましょう
まだ、非常勤職員の賃金切り下げを止めさせることは可能です
まず、全大教の中央執行委員会のみなさん。私の考えを検討してください。もし誤りであれば、批判して、反論してください。正当であれば、その旨を、文部科学省の人事課と交渉して、通達を撤回して、正確に通達せよと迫ってください。それが無理な場合でも、各大学には強制するなと確認して下さい。
つぎに、各単組の執行部のみなさん。文部科学省の通達にそって、各大学内部で発せられている部局宛の通達を撤回させてください。大学や各部局が自主的に・合法的な限度で判断すべき事柄であって、上部が下部に強制することではないことを確認してください。
最後に、教員組合員のみなさん。学部教授会で、決定した予算を変更しないで執行することを確認してください。事務当局が学部教授会で決定したことを一方的に変更するということは、教授会の否定につながります。
最後に
もし万が一、12月支払い分から調整されても、1月以降に支払ってもらえることはできるのです。
できることと、できないこととをはっきりさせて、雇用と労働条件を守ることが重要だと思います。