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☆群馬大教育学部の移転の波紋(上)(中)(下)
  [he-forum 4620] 上毛新聞10/11,12,14
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『上毛新聞』2002年10月11日、12日、14日

群馬大教育学部の移転の波紋(上)(中)(下)

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群馬大教育学部の移転の波紋(上)
 
 「教育学部の役割が十分に果たせなくなる。このまま黙っていていいのか」。
十月二日、群馬大教育学部教授会の臨時会。約八十人の教授らが、埼玉大との
統合問題に伴う教育学部のキャンパス問題をめぐって熱い議論を交わした。

 議論は五時間以上にもわたった。「地元と大学の密接な関係を失うのは大き
な損失」と教育学部の存続を主張する声が上がる一方、「(埼玉大への移転に
傾く両学長の)裁定もやむなし」とする雰囲気も広がっていた。「学長の意向
に断固として反対すれば、『教育学部は統合に反対』というレッテルを張られ、
全学部を敵に回すことになる。裁定を容認し、その内容に意見を述べた方が学
部にとって有利だと判断した」。ある男性助教授は参加者の心中を代弁する。

 結局、学長懇談会の裁定にゆだねる趣旨の決議文が採択された。投票の内訳
は賛成六十三、反対七、白票六。八割強という圧倒的多数が賛成に回り、事実
上、前橋市の荒牧キャンパスからの教育学部移転の道筋がついた。

 決議に反対した男性教授は「教授会の主体性に疑問を感じる。世論とは異な
る判断ではないか」と不満を隠さなかった。別の教授は「人材育成を担う教育
学部は、実績が目に見えにくい部分がある。学長は教育学部を軽視しているの
では」と反発した。「裁定」の重みを認識していない人が多いと嘆く人もいた。

 「決して望んではいない。消極的賛成だった」。森部英生教育学部長は苦し
い内情を明かした。九月三十日に行われた学内の部局長らで組織する将来計画
委員会は、裁定を学長懇談会にゆだねる方針を決議。森部学部長は同委員会か
ら教授会で採決を行うよう迫られ、教官人事以外では異例となる「票決」で学
部の意思を明らかにすることを余儀なくされた。

 群馬大は昨年末ごろから、埼玉大との統合について協議を始め、両学長の懇
談会で統合後の大学の将来像を描いてきた。両大に重複している教育学部は、
文部科学省の方針から、統合が前提になっており、協議が難航していた。

 群馬大教育学部教授会は当初、「一学部二キャンパス構想」を支持していた
が、同大の赤岩英夫学長はこれを拒否。教授会からは荒牧キャンパスへの集約
を求める声も出たが、「人数規模など、第三者の視点に立てば、埼玉大教育学
部への統合が自然」(同学部関係者)との見方が強まっていった。

 だが、ある教員は「スケールメリットは製造業の発想。教育は違う」と指摘
した上で、「『裁定を行うことはやむを得ない』とする教授会の決定と容認は
違う。学長権限としての裁定を認めただけで、『容認』の形で表面化している
のはおかしい」と語り、投票結果が「容認」ではないことを強調した。

   ◇  ◇  ◇   

 群馬大教育学部が本県から移転する公算が強まり、関係者は大きな衝撃を受
けている。教授、学生、同窓会をはじめ、地元教育界を巻き込んだ激しい議論
が起きている。同学部はこれまで地元にどんな役割を果たしてきたのか、移転
は本当に合理的な選択なのか、データや教育現場の声から検証する。


群大教育学部移転の波紋(中)

 二百六分の百八。この数字が、群馬大教育学部の本県教育界に果たす役割を
何よりも雄弁に語っている。今春、本県の公立小中学校に採用された正規教員
二百六人のうち、同学部出身者は過半数の百八人。高校では八十五人中の十一
人と比率は下がるものの、人材輩出で他大学を寄せ付けない強さを誇る。

 「ある意味で個性が求められる高校の教員と違い、小中学校の教員は総合的
にみてバランスがとれていることが大切。その点、群馬大出身者は穴がなく安
定感がある」。津久井勲・県教委学校人事課長は同学部をこう評価する。

 同学部の歴史は一八七三(明治六)年にまでさか上る。前橋に小学校教員伝
習所として誕生以来、統合を繰り返し、群馬師範学校を経て四九年に群馬大学
芸学部、六六年に同教育学部に改組した。七〇年には日吉町から荒牧町にキャ
ンパスを移している。

 過去五年間の進路実績をみると、臨時教員を含めて教員になったのは九八年
三月の卒業生が八十四人で、九九年が八十二人。その後は二〇〇〇年九十六
人、〇一年百十一人と増え続け、〇二年は百三十二人を数えた。現役で正規教
員に就く割合は伸び悩んでいるものの、産休などに伴う臨時教員、本県独自の
さくら、わかばプランの採用も多い。

 その役割は教員を送り込むだけにとどまらない。夏休みに現職教員を対象に
行う認定講習、大学院への教員受け入れなどを通して、上級免許の取得や再教
育をサポート。本県教員全体の資質向上にとっても欠かせない存在となってい
る。

 群馬大と埼玉大の教育学部を比較すると、定員は群馬大二百二十人に対し、
埼玉大は二倍以上の四百八十人。今回の移転案について埼玉大の津田俊信・教
育学部長は「一つには規模の違いの問題があり、埼玉大が群馬に行くより、埼
玉で一つになった方がトラブルの発生は少ない」と受け止める。

 だが、県内出身者の比率(今春の入学者)は、群馬大が68%で埼玉大は2
7%。文部科学省がまとめた全国四十八の国立教員養成学部の卒業者就職状況
によると、〇一年卒業生の教員就職率は群馬大が44・5%で全国十位。埼玉
大は28・5%で四十一位だった。〇二年の全国順位はまだ発表されていない
が、群馬大55・0%、埼玉大40・1%で、群馬大が地域に密着しながら、
教員養成に力を注いでいることが分かる。

 「毎年、卒業生のだいたい半数は教員になっている。正規教員の比率をいか
に高めるかという課題はあるものの、一定の役割は果たしている」。群馬大教
育学部の就職委員長を務める加藤幸一教授は胸を張る。

 十日夜、群馬大で開かれた統合を考えるシンポジウム。「地元出身者が教員
になることの意味は大きいはず」。パネリストや参加者から、文化や風土を熟
知した教員が地域の子どもを指導するメリットを訴える声が上がった。

 地元の高校から群馬大教育学部、そして県内の教員に―。この流れが断ち切
られた時、子どもたちの教育にどう影響するのか。約百三十年の歴史を持つ本
県教育の拠点が今、消えようとしている。


群大教育学部移転の波紋(下)
 
 「教育学部がなくなれば、教員養成の専門家がいなくなる。群馬の教育水準
は低下してしまう」。埼玉大との統合に伴う、群馬大教育学部のキャンパス移
転について、元前橋一中校長で同学部同窓会事務局長の星野吉也さん(64)
は、こう懸念する。

 年に数回、教科別に開く小・中学校教員の自主研究会の際、講師に同学部の
教授を招くなど、同学部と県内教育界は緊密な関係にある。「移転すれば、卒
業生が気軽に恩師を頼れなくなる」と星野さんは話す。

 赤岩英夫学長は、同学部移転後の荒牧キャンパスに文理融合型の新学部を設
置する意向を示しているが、具体案が煮詰まるのはこれからだ。

 ある同学部教授は「新学部を設置するとなると、今までの教員養成とは違う
ことを教えなければならない」と顔をくもらせる。「独立行政法人になれば、
研究成果を出すことも求められる。教員養成の機能を一部に残すとしても、片
手間で教員を育てられるか」(同学部助教授)といった指摘もあるなど、移転
を不安視する声は少なくない。

 同学部附属の四校園について、同大学は統合後も存続させるとしているが、
附属小PTAの富岡政明会長(47)は「将来的には、附属もいらない、と言
われるのでは。子どもの変化が激しい時代に、教員の研修や研究機関が群馬か
らなくなってしまっていいのか」と疑問を投げかける。

 同学部同窓会と同学部附属中同窓会は十二日、学部の存続を決議した。同学
部同窓会では「計画は矛盾が多く、ずさん」の厳しい声が出された。附属四校
園PTAなども含む七団体で「群馬に教育学部を残す会」(代表・坂西輝雄元
県教育長)を発足させ、署名運動を展開。荒牧キャンパスの同学部存続に向け、
知事や県議会に陳情書なども提出する方針だ。

 一方、統合への不安は教員養成だけでなく、県内高校生の進路にもある。

 今春の教育学部の入学者数を埼玉大と比較すると、埼玉大は五百三人のうち
で埼玉県出身者が百三十五人、群馬県出身者が二十二人。群馬大は二百三十人
のうちで県内出身者が百五十八人、埼玉県出身者が十四人。埼玉大は県内出身
者が三割に満たないのに対し、群馬大は七割に達しており、地域との密着度に
大きな格差がある。

 特に、群馬大教育学部は本県出身の女子が四割と、女子学生の大きな受け皿
になっている。前橋市出身の小学校教諭の女性(29)は「地元で教師になろ
うと思っていたし、親に経済的な負担をかけたくなかった」ため、自宅通学で
同学部を卒業したという。

 教員志望者の多くが同学部に進学する前橋女子高校の飯野真幸校長は「生徒
の中には、自分が入学した時、群馬大はどうなるのか、心配する声が出ている」
と話す。

 地域との関係も切り離せない。前橋・荒牧地区では、同大学の生協を通じて、
七十二軒が計七百三十七部屋のアパートやマンションを学生に貸し出している。
荒牧キャンパス近くで寝具店を営む男性(36)も「春には布団を買う新入生
が多いので、統合して学生が減っては困る」と話すなど、地域経済の地盤沈下
に対する懸念の声が強まっている。

 統合で群馬大はどう変わるのか、群馬の教育はどうなるのか。「まだ、議論
するたくさんの余地があると思う」。ある教育学部教授は言葉に力を込めた。