拡がる混迷、激化する矛盾

国立大学独法化を白紙に戻せ!

 

2002年10月15日 

独立行政法人反対首都圏ネットワーク事務局

 

1.拡がる混迷

 

(1)崩れ始めた文科省スケジュール

 

『文教速報』911日号は、“成立は来年の通常国会会期末ギリギリか”という見出しで、文科省の「国立大学法人化のスケジュールのイメージ」を図付きで報じた(http://www.ne.jp/asahi/tousyoku/hp/020922syutoken.htm)。同記事で注目すべきことは、国立大学法人法案の閣議決定が3月と想定されていることである。重要法案であれば、議会における民主的ルールからして通常国会冒頭に上程されるべきものであり、実際、8月20日の国大協特別委員会では1月閣議決定→上程と説明されていた。ところが9月11日段階では上記のように3月となっている。このような短期間のうちのスケジュール変更をみると、国立大学法人法案策定作業において多くの困難が生じていることが予想される。例え3月に上程されても、03年通常国会には深刻な議論を積み重ねなければならない有事法制等の審議が予定されており、また4月には統一地方選挙が実施される。国立大学法人法案への反対運動も当然予想され、同案の会期末成立さえ不確実なのではないか。

一方、9月18日開催の第2回東大運営諮問会議では東大の先行独法化、大学に対する文科省の統制排除などの意見が民間出身委員から出されたと伝えられており、政財界内部が文科省の路線で一致している訳ではないことが示唆される。いずれにせよ04年4月一斉法人化をめざす文科省のスケジュールが崩れ始めた可能性が高いのである。

 

(2)法人化の内容検討は手つかずのままひたすら法案作り

 

こうしたスケジュール上の混乱のなかで、ある文科省幹部は、「法案作成までが第1期、16年3月31日までが法制整備の第2期、同4月1日以降が具体的内容づくりの第3期。第1期が山場だ。」と発言しており、内容的検討なしで、法制上の法人移行が企図されている。内容的検討の中心的柱の一つである財政に関しては全く具体的計画がたっていないためか、東大執行部が「平成16年度も東大は概算要求を行なう」と言明(9月学部長研究所長会議)している。京大でも概算要求準備をすると伝えられている。国家財政逼迫という状況を踏まえて始まったはずの国立大学独法化問題が、「財政問題は後回しにしてとにかく法制の上で法人化を急ぐ」という倒錯したプロセスになっているのである。

 

(3)検討作業情報非公開体制の強化

19日国大協臨時総会が、「この(文科省の:引用者)最終報告の制度設計に沿って、法人化の準備に入る」という会長談話を了承して以来、文科省はあたかも国立大学法人法が法制化されたかのような態度で、法人化準備作業を強行し始めた。こうした立法権侵害の越権行為に対して、第154回国会の文部科学委員会(8月7日)で「法治国家で、行政権の活動といえども、国会の制定する法律に服すること、要求されているのではありませんか。法律ができていない、制定もされていないのに、文科省が既定事実のように事をどんどん進める、しかも大学に押しつける。」との追及がなされ、工藤文科省高等教育局長は「私の発言をもとにして、大分御心配、混乱させまして、まことに申しわけないんですが、(中略)先生にこれ以上御心配をおかけすることのないよう、私ども、言葉遣いや応対等も含めて、注意しながら進めてまいりたいと思います。」と陳謝せざるを得なかったのであるhttp://ac-net.org/dgh/kokkai/02/807-shu-monbu-ishii.html)。これを受け、前掲『文教速報』911日号の図では、国立大学法人法が成立するまでは、公式には“準備作業”はすべて各大学ならびに国大協内部で行なうことになっている。しかし、本来公開すべき文科省内部での各種検討作業の情報は、法制定前を口実に以前にも増して非公開の体制が強化されているようである。このため独法化をめぐる情勢がいっそう不明確になり、混迷が全国に拡大している。

 

 

2.激化する矛盾、破綻する文科省『最終報告』

 

現在の混迷状況は、準備時間不足などという技術的理由から発生したものでは決してない。混迷の根拠をいくつかの点で追ってみる。

 

(1)難航が予想される国立大学法人法案策定作業

 

国大協の第7回国立大学法人化特別委員会(9月20日)で配布された「国立大学の法人化に関する法制的検討上の重要論点(案)」(法制化グループ、以下『法制的検討上の重要論点(案)』、http://www.ne.jp/asahi/tousyoku/hp/021012upkokudaikyou-0920.htm)には、「政府における法制化作業に当たって、以下の論点に重大な関心をもつとともに、その趣旨の実現等について積極的に対応すべきと考える」として、5つの論点を提示している。現段階でこれらが強調されている背景には、政府の法制化作業において5つの論点が蔑ろにされる危険があるとの判断があるのだろう。以下、特に第2論点(設置者)と第4論点(管理運営)の2点について検討を加える。

 

1)設置者

文科省『最終報告』は「学校教育法上は国を設置者とする」とし、国大協も「最終報告においても、国を国立大学の設置者とすることが堅持された点は評価できる。」(4.1国大協設置形態検討特別委員会の最終報告検討結果)として、重視してきた経緯がある。これは、『法制的検討上の重要論点(案)』も言うとおり、「現在の国立大学法制における制度的な自律性を前提」にする上でも本質的に重要である。しかし、東京大学21世紀学術経営戦略会議(UT21)における議論によれば、まさにこの「国を設置者とする」ということに対して政府部内から異論が出ているのである。内閣法制局サイドから対置されているといわれる案としては、各大学法人を設置し管理する設置・管理法人を国が設置する、即ち、各大学法人の設置者は国ではなく、国が設置する法人というものである。この案では、1)経営と教学の分離が容易となる、2)国は設置・管理法人に運営費交付金を一括して配分するので予算抑制も容易となる、と考えられる。先行例としては、放送大学が挙げられる。放送大学の設置者は、国ではなく、国が設置した放送大学学園法人なのである(放送大学学園法第20条第1 項)。

この点に関し、文科省清水審議官は第7回国立大学法人化特別委員会で「法人化後の大学の設置者については、学校教育法上は国を設置者とすることで努力していきたい」(「議事録メモ」:http://www.hokudai.ac.jp/bureau/socho/agency/hojin-tokubetu-iinkai140920.htm)との発言をしているが、このことは、国を設置者とすることが政府部内で合意に至っていないことを示している。

 

2)管理運営

10月8日開催の東京大学21世紀学術経営戦略会議(UT21)全体会で「国立大学法人法に最低限盛り込まれるべき条項」として『新国立大学法骨格案』(『東大案』)(http://www.ne.jp/asahi/tousyoku/hp/toudaihoujiann0201008.htm)が配布された。『東大案』は、学校教育法に根拠を置いて設置者を国とすることを明記した上で、評議会権限を強化する、学長選考を評議会決定とするという2点について文科省『最終報告』の枠組みの変更を求めていると読むことができる。『最終報告』に全面的には従わず、大学の自主性を最大限確保しようという意志の表明であろうが、ここでも大学側の意志と『最終報告』の矛盾が表面化している。

 

(2)独行法会計基準を大学に適用することの矛盾露呈

 

8月22日文科省の「国立大学法人」会計基準等検討会議は、『「国立大学法人会計基準」及び「国立大学法人会計基準注解」(中間報告)』(『会計基準中間報告』)(http://www.ne.jp/asahi/tousyoku/hp/kaikeikijun020822.pdf)を発表したが、同報告は冒頭から「現時点では最終的な報告を出すことは困難」として検討作業難航を示唆するという異例の文書である。そもそも独行法会計基準については、宮脇北大教授が財政学の専門家の見地から、「独立行政法人制度そのものは,国立大学を直接念頭に置いたものではないが、文部省がその枠に入りたいとしている以上,通則法や 会計基準の原則に沿うことが要求される...。経営努力によって剰余金が出た場合は、独立行政法人によって使用できるが,経営努力の結果の証明責任は法人側にあり、その情報を財務当局が把握するため、次年度の運営費交付金の配分をその結果によってコントロールできるなど、財務評価を通じて,教育研究活動に影響を及ぼすことが可能である...」(広島大学教育研究センター 平成11年度第12回公開研究会「独立行政法人会計基準と国立大学」http://www.bur.hiroshima-u.ac.jp/~koho/new/h12/0003-4.htm )と根本的矛盾を指摘していたものである。『会計基準中間報告』はこうした矛盾を克服しようと、《第11章 国立大学法人固有の会計処理》で国立大学の固有性を強調し、「教育・研究という業務の実施に関しては、一般に進行度の客観的な測定が困難であるため、...一定の期間の経過を業務の進行とみなし、運営費交付金及び授業料債務を収益化する」とまで言い切っている。また、授業料、寄付金、受託研究費、研究費補助金等を運営費交付金と同様の「流動負債」とするとして、大学側のインセンティブを確保しようとしている。しかし、前記引用文下線部は本来の独行法会計制度とはなじまないものであり、当然のことながら、総務省・財務省等から強い反発が予想される。独行法会計基準を大学に適用することは原理的に不可能であることを、『会計基準中間報告』は示しているといえよう。

 

(3)予算算定方式の議論、入口にも至らず

 

文科省『最終報告』によれば、予算措置の手法の基本は「中期計画において計画期間中の予算額確定のためのルールを定め」る「ルール型」とするとしている。さらに、「運営費交付金等の算定・配分の基準や方法を予め大学及び国民に対して明確にする」とある。しかし、この件に関する検討経過は提示されておらず、従って各大学における議論は入口にさえ至っていない。このような議論を欠いたまま各大学で続けられている中期目標・中期計画準備作業について、財務省サイドは運営費交付金算定基準が不明として否定的見解を表明していると伝えられている。

 

(4)雇用継承が否定される可能性は十分ある

 

国家財政の破綻が進行している今日、かつて公務員型の独行法を繰り返し主張して文科省が非公務員化を何の抵抗もせずに受け入れたこと、組合側も有効な闘争も組めないままであったことを踏まえて、経費削減の矛先を雇用継承に向ける政策が政府内部で支配的になることは十分ありうるのである。文科省のいう雇用継承は政府の意志として決定されている訳ではない。現段階ではっきりしているのは、国立大学法人化は組織の改廃に相当するので身分保障の法的根拠がないことである。なお、2003年から特定独立行政法人(公務員型)に移行する国立病院(厚生労働省)において、雇用継承が約束されている定員職員の業務・職種が移行後も同一であるか明確にされておらず、行(二)職場への業務委託攻撃の可能性もあると、全医労の運動方針は指摘していることに留意しておこう。

 

(5)膨大な予算を伴う法人化準備

 

国立大学の非公務員型独法化に伴い、新たに膨大な予算が必要となる。まず、労働安全衛生法対応の労働環境整備がなされなければならない。これは独法化かどうかにかかわりないことであるが、これに要する予算は巨大である(例:日本化学会会長野依良治「国立大学法人化に伴う労働安全衛生法適用への対応に関するお願い」)。さらには、広大な演習林を含む敷地測量経費、雇用保険、国家賠償に代わる保険などなど、加えて新システムに対応する新たな財務処理ソフト...。これらには巨額の経費が用意されなければならないが、この経費は国立大学法人化に伴うコストであって、教育研究活動が前進するものではない。「旧7帝大」のある大学での試算によれば、法人化準備予算として数十億円を越えるという。一体、全国立大学で総額いくらの予算が必要なのか。現在の国家財政状況でこれらの予算を用意できるのであろうか。

 

(6)文科省『最終報告』破綻の根拠

 

以上、噴出する矛盾のうち中心的なものを示したが、その根拠は大きくいって次の2つであると推察される。

第1は、法案作成過程で政府内部の対立が顕在化してきたのではないか。まず、「国を設置者とする」文科省の方針が、恐らく財務、経済産業両省からの反対を受けていると思われる。財務省サイドからは経費の定常的削減と統制を容易にする点で、経済産業省サイドからは文科省の統制排除の見地からである。雇用継承という文科省の方針も、経費削減をめざす財務省サイド、競争原理の一層の貫徹をめざす経済産業省サイドからの圧力によって放棄される危険がある。膨大な法人化準備経費も雇用継承放棄への要因となろう。「国を設置者とする」ことと「雇用継承」は、国大協執行部が文科省『最終報告』に屈服するギリギリの線であったが、今や財務省流行政改革と小泉流構造改革の圧力によって危うくなってきているのではあるまいか。とにかく期限を切って法制化を急ぐ文科省の方針の焦りの根拠はそこにあるといえよう。

第2に、国立大学独法化がもともとはらんでいた原理的矛盾が準備作業の中で急浮上していることである。管理運営に関しては『新国立大学法案(東大案)』の提出によって、会計制度については『会計基準中間報告』第11章で独行法会計基準と相いれない国立大学の固有性を主張しなければならないことによって、そしてまた運営費交付金算定・配分の基準や方法の検討が手つかず状態であることによって、劇的に表現されている。法人化に伴う膨大な経費など、原理的矛盾の財政面での表現でもあろう。

上記のように、文科省『最終報告』は、一つは内在的・原理的矛盾の顕在化によって、もう一つは行政改革・構造改革への純化を要求する外圧によって、破綻が明白になりつつある。

 

3.独法化を白紙に戻せ

 

文科省『最終報告』による独法化の矛盾は劇的な形態をとって浮上してきた。期限を切った法制化によって乗りきろうとする路線は、矛盾をさらに深刻化し、事態を泥沼化させる。泥沼化は、本来、教育と研究に費やすべき貴重な時間と予算を呑み込み、大学を再起不能な状態、やがては崩壊へと導く。混迷が誰の目にも明らかになり、矛盾も顕在化しつつある今日、その根源である独法化を白紙に戻す勇気がすべての大学関係者に求められている。とりわけ国大協は『最終報告』を受け入れた4.19臨時総会決定を取り消し、外部からの圧力に屈することなく根本から真の改革の道を探り直すべきである。

最後に、現局面打開の重大な鍵は組合とその全国組織が持っていることを強調しておこう。独行法大学での労働は低賃金下での管理されたラットレースとなる。人間らしい雇用・労働条件の下、教育と研究を軸とした諸階層の豊かな協働をめざす組合は、雇用継承が危ぶまれている今こそ、13万大学教職員の先頭に立って独法化白紙撤回の闘いを展開しなければならない。