トップへ戻る   東職HPへ戻る
独行法反対首都圏ネットワーク

[理系白書]課題を聞く コールマンさん=文化人類学者
  [he-forum 4467] 毎日新聞09/16(2)
--------------------------------------------------------------

『毎日新聞』2002年9月16日付(2)

[理系白書]課題を聞く コールマンさん=文化人類学者


 サミュエル・コールマンさん=文化人類学者

 ◇官僚が科学を腐らせる−−意欲が報われるシステムを

 ――今春出した著書の題名が「なぜ日本の科学者は報われないのか」。挑発
的ですね。

 原題は「Japanese Science From the Insi
de(内側からみた日本の科学)」。最初は「宝の持ち腐れ」にしようと思っ
たぐらいです。素晴らしい仕事をしている科学者はたくさんいる。しかし、彼
らが活躍できる組織やシステムがない。これが私の結論です。

 ――文化人類学者が、なぜ研究の世界を?

 日本は世界第2の経済大国です。特に技術や応用では世界のトップクラスだ。
なのにどうして、国際的に評価される研究が少ないのだろう。そんな疑問から
です。文化人類学の基本はフィールドワークですから、日本で四つの研究現場
に入りこみ、観察しました。2年間かけてポスドク(博士号取得後、任期付き
で働く研究者)から教授、技官、研究界の重鎮まで、百数十人に話を聞きまし
た。

 ――研究者の社会を分析するのに「クレジットサイクル」という概念を使っ
ていますね。

 クレジットは「名声」とか「信用」という意味です。研究成果を出すことで、
新たな研究費を獲得する。それをまた研究に投入し、より良い成果を挙げなが
らステップアップしていく。この循環(サイクル)がスムーズに機能している
かどうかに注目したわけです。

 日本はうまく機能していません。なぜなら、女性や外国人や若い人は、必ず
しも公平な競争を戦えていない。研究費が適正に配分されていない。特に応用
研究を奨励するあまり、基礎研究が軽視されがちです。よりよい環境へ自由に
動くことも難しい。たとえば大学は、いまだに徒弟制度と終身雇用の世界です。
教授は業績にかかわらず一番えらく、教室のスタッフは一生そこで過ごす。た
とえ研究者として“枯れ木”になっても、地位は保障されるのです。

 ――印象的なエピソードは。

 有名国立大学で基礎研究を続ける研究者は、研究費不足でビーカーが買えず、
自販機のワンカップの日本酒を飲んで容器を再利用していました。ある女性研
究者は夫について「ルームメートだったらいいのに。そうすれば家事も公平に
分担できるでしょう」と話してくれました。また、地方大学の助手から、別の
研究所の任期付き研究員に抜てきされた有能な若手研究者は「ベルトコンベヤー
から落ちた気分だ」と心境を語りました。研究はおもしろいが、任期が切れる
と無収入になるからです。

 しかし一番の問題は、研究の素人である官僚が研究者を管理していることで
す。省庁再編で、文部官僚にも科学者が増えてきましたが、多くは自然科学系
の博士号を持っていない。しかも、本省から政府系研究機関や地方大学への配
置転換を「島流し」と受け止める雰囲気がある。事情が分かり始めたころ、本
省へ戻ってしまう。だから研究の現場が改善しないのです。著書で何度も強調
したが、官僚から反論がなかった。これも残念です。

 ――日本の研究の将来は暗い?

 そうは思いません。日本人は消極的で、争いを避ける国民性だから独創的な
研究は生まれないという見方もあるが、そんなことを逃げ口上にしてはいけま
せん。ただ、言葉の壁はあります。論文を書くにも語いが乏しく、文法を間違
う。投稿した後も編集者とのやり取りなどでハンディを感じるでしょう。

 ある研究者は「誰もが米国ばかり見ている。自分らしさを大切にしてこつこ
つと研究しても、文部(科学)省は金をくれない。流行がすべて」と話してい
ました。しかしアメリカがお手本とは限りません。「流動性」の問題にしても、
動けばいいというものではない。大切なのは、研究者個人の意欲と関心が報わ
れるシステムです。情実を排除した透明な採用・昇進、論文の評価と研究費配
分です。

 ――米国が日本に学ぶことは。

 ……公共交通網と社会保障制度は素晴らしい。研究システムについては、す
みません、思いつかない。【聞き手・元村有希子】

………………………………………………………………………………………………………
 ◇サミュエル・コールマン

 元ノースカロライナ州立大学日本センター副所長。78年、コロンビア大学
大学院で博士号取得。ハリー・ケリー記念日米科学協力財団設立にあたる。9
0年、日本の研究環境を調査するため来日。8年間に及ぶ観察と考察の結果を
「検証 なぜ日本の科学者は報われないのか」(岩舘葉子訳、文一総合出版)
にまとめた。米カリフォルニア州在住。

 記事へのご意見はtky.science@mbx.mainichi.c
o.jpか03・3215・3123(ファクス)へ