独行法反対首都圏ネットワーク |
『読売新聞』2002年8月25日付
法科大学院 構想 曲折
司法改革審…人材育成の中核
自民党…予備試験 対等に
新たな法曹の養成機関として、2004年4月に開校が予定される法科大学
院(ロースクール)の制度設計が大詰めを迎えている。政府は今秋の臨時国会
に関連法案を提出するが、与党の合意を得る過程で、制度の骨格を巡る議論は
曲折をたどった。法律知識だけに偏らない幅広い視野を持った人材を輩出す
る――。法科大学院は当初の構想通り、法曹の「質と量」を確保する切り札と
なり得るのか。(社会部 宮内 利宗、政治部 川崎 英輝)
■紛糾
「そもそも法科大学院なんて必要あるのか」
6月13日、東京・永田町の自民党本部で開かれた法曹養成小委員会。政府
の司法制度改革推進本部の担当者が、法科大学院の仕組みについて具体案を説
明しようとしたところ、議員からそんな言葉が浴びせられた。担当者は、まず
大学院の理念から語り始めるしかなかった。
法科大学院の制度設計は、学者や法曹経験者らで構成された司法制度改革審
議会が、2年間の集中審議を経て昨年6月にまとめた意見書を最大限に尊重し
ながら、進めることになっていた。しかし、同党の中には、「こんな意見書を
だれが作ったんだ」と言い出す議員もいた。
「すべての人に開かれた現行の一発型司法試験のどこが悪いのか」「法案提
出を1年、延期したらどうか」。政府と与党の協議が最終段階にさしかかった
今年7月の段階でも、議論を振り出しに戻そうとするかのような発言があった。
そんな議論が続いた末、法科大学院に関し、7月末に与党三党が合意した内
容は、意見書が描いた当初構想とは食い違うものだった。法案を国会で通過さ
せるには、与党合意を重視しなければならないだけに、法案作りに取り組む担
当者は「何とか意見書に忠実な制度にしたいのだが……」と戸惑いを隠さない。
■合意
法科大学院構想は、司法試験突破のため知識重視の受験技術が優先され、広
い視野を持つ法曹人が育たない、という反省から出発した。それゆえ、改革審
の意見書は、「司法試験という『点』の選考から、教育過程(プロセス)を重
視する選考へ」という方針転換を打ち出した。法曹を目指す大卒者や社会人が、
法科大学院で2―3年間、法理論から実務面まで密度の濃い少人数教育を受け
れば、修了者の7―8割は新司法試験に合格できる――。法科大学院は法曹養
成の中核機関と位置付けられた。
また、大学院の水準維持のため、意見書は、民間の第三者評価機関に教育内
容をチェックさせ、「適格」と認定された大学院の修了者のみに受験資格を与
える仕組みを提言。法科大学院に通わず予備試験を経て、司法試験を受験する
道も残すが、あくまで例外措置、とした。
ところが、与党合意では、大学院の修了者全員に受験資格を与えることになっ
た。第三者評価と受験資格が切り離されることで、「不適」の評価を受けても
受験資格は失われず、教育水準の低い大学院が存続する可能性を残した形だ。
さらに、予備試験について、誰でも利用できることにした。自民党から噴出
した「予備試験ルートを法科大学院ルートと対等にすべきだ」という意見を受
けたものだった。受験予備校に通い予備試験から合格を目指すというルートが
例外でなくなる可能性が出てきた。
■不信
議論はなぜ、ねじれていったのか。
「法科大学院への異論は、文部科学省不信と国の規制に対するアレルギーが
原因」と複数の関係者は指摘する。もともと自民党の法務関係議員には「日本
の法学部教育をだめにしたのは旧文部省と大学」(太田誠一衆院議員)という
意識が強い。「法科大学院が従来の法学部の延長なら、質など望めない」とい
う訳だ。
法務関係議員は旧通産省出身者を中心に、規制緩和論者が多かった。「受験
資格を何らかの形で制限することは、法曹の量確保にマイナスになる」という
考えから、大学院に対する第三者機関の評価いかんで受験資格を得られるかが
決まるという当初構想を認めなかった。予備試験ルートを重視したのも、「質
の悪い法科大学院は、市場原理に任せ、受験予備校と競わせることで淘汰(と
うた)すればいい」という考えが根底にあった。
与党合意に基づけば、大学院の乱立と予備試験ルートの拡大で、受験者数が
大幅に膨らむ事態も想定されるだけに、「結局、厳しい司法試験の選抜に頼ら
ざるを得ないのではないか」と、法務省関係者は危惧(きぐ)する。一方、
「法科大学院中心の法曹養成は、大学側が今後、自助努力で教育内容を充実さ
せ、大学院修了者の合格率を上げることで実現可能」(改革審委員だった藤田
耕三・元広島高裁長官)という声もあるが、合格率を競う余り、大学院が予備
校化する危険性は残ってしまう。
28日からは、有識者らで構成される推進本部の検討会で、関連法案作りの
最終検討が始まるが、法科大学院構想の実現には、なお課題が山積している。
学生確保 格好の手段…走り出す大学
制度設計の論議を尻目に、各大学は法科大学院設立に向け走り出している。
法律実務の専任教員を確保すべく、裁判官や弁護士などには、OB、現職を問
わず、スカウトの手が伸びる。
少子化にあえぐ大学にとって、法科大学院の設置は学生をつなぎ留める格好
の手段。推進本部の昨年の調査では、国公私立合わせて約100の大学が法科
大学院の設置を予定するか検討していた。
文科省は「実践的教育や専門職養成を掲げる法科大学院が成功すれば、日本
の大学システムそのものを変える足がかりとなる」と見る。しかし、「『作り
たい』ばかりで、カリキュラムや教員の質向上策をきちんと打ち出した大学が
どれほどあるのか。新たな教育への動きも鈍い」と担当の久保公人・文科省主
任大学改革官は苦言を呈する。
実際には、相当数の私立大が経営事情などからすでに設置を断念していると
推定されるが、首都圏の私立大教授は「今、作れない、などとは言えない。法
科大学院のない法学部など学生から見向きもされないからだ」と苦しい胸の内
を明かす。(社会部 小松 夏樹)
◎法科大学院
モデルは、少人数で実務的な教育を行う米国のロースクール。合格率2%台
の「一発勝負」の司法試験にかえ、理論から実践まで充実した教育を通じ、視
野の広い法律家の育成を目指す。2010年には司法試験合格者数が、現在の
3倍の年間3000人となる予定で、大学院修了者はその中核を担うことが期
待されている。
中央教育審議会の答申によると、大学院では、専任教員の2割以上は実務家
教員で、法学部以外の出身者や社会人を一定割合以上入学させる、としている。
法科大学院を巡る経緯と今後のスケジュール
2001年6月 司法制度改革審議会が意見書を提出
2002年1月 推進本部の法曹養成検討会がスタート
2004年4月 法科大学院が開校
2006年 新司法試験がスタート、現行司法試験も5年間は併存
2010年 司法試験の合格者数3000人を目指す 2011年 予備試験がスタート |