☆知的財産の保護 戦略会議が大綱 「知恵の立国」前途多難
. [he-forum 4244] 朝日新聞07/04
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『朝日新聞』2002年7月4日付
知的財産の保護 戦略会議が大綱
「知恵の立国」前途多難
3日決まった政府の知的財産戦略大綱は、日本の産業競争力を再生させるた
めに、遅ればせながら「知的財産立国」という目標を掲げた。とはいえ、「戦
略」の割には大転換を促すような策に欠ける。「カネになる知恵」を出すこと
を求められた大学は戸惑い、国際競争にさらされている産業界の一部には大綱
の実効性に疑問を示す声も出ている。(経済部・金光尚、山口博敬、科学医療
部・瀬川茂子)
●検討中の「在庫品」大半
「米国に20年遅れたが、今後は10年で追い越す」。戦略会議メンバーの
荒井寿光・元特許庁長官は意気込んでみせた。
米国は日本製の家電や自動車などに席巻された80年代、産業の再生策とし
て特許重視を打ち出し、大学や企業を支援した。その結果、90年代に情報技
術革命で復活した。日本はこれまで知的財産の国家戦略がなかった。
ただ、付け焼き刃の感は否めない。小泉首相の指示で会議が発足してから約
3カ月。起草委員長の中山信弘・東大教授が「時間との戦い」と振り返るぐら
いだ。
大綱に盛られた政策55項目の大半は、各省庁が以前から検討していた「在
庫品」だった。経済産業省のほか、大学改革や科学技術振興の文部科学省、特
許訴訟にかかわる法務省などが「政府のお墨付きを得る好機」とみてメニュー
を出した。
官僚側の抵抗もあった。特許の審査期間は米国の約3倍の平均2年4カ月も
かかるのに、05年までに短縮する目標は予算面の制約から示せなかった。戦
略会議座長の阿部博之・東北大学長らは、自治体が国立大学に研究資金や用地
を提供できるよう制度改正を求めたが、総務省の反対で「検討」にとどまった。
●突然主役の大学戸惑う
「産学連携」が大綱で目玉とされ、大学が一気に主役に浮上した。
理工系の研究者は「まず論文」と教えられ、特許には関心が低い人が多かっ
た。現場からは「いきなり『論文より特許』と方向転換されると、混乱する」
「いたずらに特許出願数を競うことになるのでは」といった戸惑いの声が聞こ
える。
制度はある。大学や研究者個人がもつ特許をビジネスに結びつけるため、技
術移転機関(TLO)を設けることが98年に認められた。東京工業大の教職
員の発表論文は年間約1万件なのに、東工大のTLO「財団法人理工学振興会」
の出願特許数は年間約100。産業界で最先端特許になる可能性がある技術で
も、ビジネスとは無縁と思っている研究者がいる。
日米で比べると歴然とする。大学研究者の数は米国13万人、日本26万人
だが、特許出願数(99年)は米国の大学が5179件、日本は374件だっ
た。
米国の大学が特許で得ている収入は研究予算の4%程度。「米国では大学の
研究成果が広く利用されることが社会貢献と考えられている」と須藤政彦・須
藤国際特許事務所長は話している。
文部科学省の知的財産をめぐる最近の会合では「大学は産業のためだけに研
究しているのではない」との意見も出された。日本の大学では「産学連携」に
対する抵抗感もまだ根強い。
●企業は批判「間に合わぬ」
日本の製造業は、「特許大国」の米国に引き離され、安い労働力を武器にす
る中国に追い上げられている。従来のように、質の良い製品を安く大量につく
るだけでは生き残れない。
たとえば、日本のパソコン業界は機器を売れば売るほど、心臓部の中核技術
を握るマイクロソフトやインテルへの支払いも増える。中低級品はすでに中国
が「世界の工場」だ。
日本企業は政府に大綱で指摘されるまでもなく、知的財産戦略を進めている。
米国特許登録数(01年)でIBMに次ぐ2位のNECは今年4月、知的財
産部を事業本部に格上げし、知的財産で収益をあげる方針を具体化した。担当
執行役員の栗山幸造氏は「製造コストで競争する時代は終わった。特許をコン
ピューター・携帯電話、ソフトウエア事業に次ぐ第3の柱に育てる」と語る。
高収益をあげるキヤノンは30年以上前から独自技術の開発、特許権の保護
に力を入れてきた。プリンターもすべて独自技術で、先行する米ゼロックスに
特許料を払う必要はない。
産業界では、今回の大綱をきっかけに「大学を含めて日本全体の意識改革に
なれば」という期待感がある。中国などアジアに広がる偽物は日本の多くのメー
カーが頭を痛めるだけに、政府が偽物退治を本格化させることを望む声も多い。
しかし、「05年度までをめどに制度改革などを実施する」という霞が関の
時間感覚に対しては、国際競争に間に合わないとの批判が少なくない。