☆大学は、いま 調査・リポート 連載 大学 第4部 国際競争力 <5> 院に重点
. [he-forum 3954] 読売新聞大阪版05/16
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『読売新聞』大阪版 2002年5月16日付
大学は、いま 調査・リポート 連載 大学 第4部 国際競争力
<5> 院に重点
◆院生倍増 目標達成も…◆
夜間警備員、ウエートレス、家庭教師、塾講師。
京都大大学院生命科学研究科の博士課程一年、大隈貞嗣さん(24)の友人
の院生たちがしているアルバイトだ。自身、昨年まで同様のバイトをした。博
士課程に進んで忙しくなった今は、奨学金と仕送り計二十万円に加え、指導教
員の科学研究費からの補助約五万円で生活。「恵まれている方」という。
下級生を教えて報酬を得るティーチングアシスタント制度もあるが、数は限
られ、研究の合間、バイトに奔走するのが現状だ。
博士課程修了者の35%前後は就職していないというデータがある。院生が
増え、競争は厳しくなる一方。大学教員などの研究職が少なく、理系分野でポ
ストや良い就職先を見つけようとすれば、博士の学位だけでは不十分だ。「院
生時代に一つ論文で当てておかないといけない」と大隈さん。大学のリストラ
が進めばポストはさらに減る。論文発表などへのプレッシャーは大きい。
「研究に時間をとられ、収入はなく、職に就けるかも分からず、不確定要素
があまりに多い。院生は将来に不安を持っている」
◆レベル上がらず、就職難◆
一九九一年に文部省(当時)の大学審議会が打ち出した大学院重点化。ノー
ベル賞受賞者には、受賞対象になった論文を二十代後半から三十代前半で書い
た人も多い。世界的な研究成果を上げるため院生を倍増する組織改革は、九一
年に九万八千人余りだった院生の数を、二〇〇一年には二十一万六千人に増や
した。
京大も学部から大学院に重心を移して定員枠を拡充、エネルギー科学、アジ
ア・アフリカ地域研究など独立研究科を発足させ、九二年の四千四百七十人が
六年後、七千二百二十八人に。
「大学院は勉強しなくても入れるところになった」。西村和雄・経済研究所
教授は、国立大や私立大の院生に行った学力調査から指摘する。旧帝大クラス
の四大学院で、中かっこを交えた小学生レベルの四則演算の正解率は58・9
%。
西村教授は「数値目標ありきで院を重点化し、競争力が働かなくなった」と
批判する。「マスプロか研究者育成か、区別出来ていないのではないか」
森棟公夫・経済学研究科教授は、米・スタンフォード大で博士課程を修了し、
同大やイリノイ州立大で教えた。博士課程のクラスは、当初二十五人程度だっ
たのが、三年後の修了時には半減した。四学期ごとの厳しい試験と、毎年の審
査。力がない院生には容赦なく「適合性なし」の通告。しかし、やめて銀行員
や役人になった同期生に敗北感はなく、就職先がある環境に驚いた。それは今
も変わっていないという。
京大ではゼミのリポート提出と学会発表の実績で学位が与えられ、退学者は
ほとんどいない。研究に向いているかを評価する制度もない。「人数を増やし
ても、学術レベルが急に上がるとは思えないし、就職先がなくなるなど問題も
大きい。このままでは大学院紛争が起きてもおかしくない」
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工学、理学、経済学、医学などの院生が、昨年二月に結成した「京都大学大
学院生ビジネスカウンシル」。補助金申請が研究室単位で、講座の教授が人事
権を握る。そんな現状を打破し、個人の研究成果を社会に還元する道を探る。
中小企業の経営者らと会って、どんな研究が求められているのかを聞いている。
代表で人間・環境学研究科博士課程一年の北田亮さん(25)は「面白いと
思うことに何でも取り組み、失敗も成功も、ない交ぜになって新しいものが生
まれるのでは」と話す。
大学院のあり方も問われている。