☆大学は、いま 調査・リポート 連載 大学 第4部 国際競争力
[he-forum 3936] 読売新聞大阪版05/12.
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『読売新聞』大阪版 2002年5月12日付
大学は、いま 調査・リポート 連載 大学 第4部 国際競争力
<1> 京大の変身
◆産学連携 積極PR◆
「大学は単に学問の府としてだけでなく、教育研究を通じた国際競争力の育
成拠点としての役割を担うことが期待されるようになっています」
関西の大手企業や自治体幹部、財界関係者ら数百人に四月初め、長尾真・京
都大学長のあいさつ状が届いた。
京大が今月十五日、大阪市北区の大阪国際会議場で開くフォーラムの案内だっ
た。産学連携の取り組みや最新の研究成果をPRする催しは昨年十一月の東京
に次いで二度目。予想を超える三百人以上が参加を申し込み、大学側は「新た
な産学連携のきっかけに」と言う。
湯川秀樹氏や野依良治氏ら五人のノーベル賞学者を輩出し、独創的で自由な
学風で知られる京大は、これまで産学連携とは距離を置くことが多かった。大
学紛争の影響が続いたことも背景とされる。
多くの国立大が十五年前から順次、産学連携機関を整備してきた中で、京大
が「国際融合創造センター」としてその種の機関を設置したのは昨年。文部科
学省内には一時、「京大はつくる気がないのでは」との声さえあった。
京大の変化を、大学関係者に強く印象付けたのは昨年三月。半導体メーカー
のローム(京都市)と次世代半導体技術の開発を目指す共同研究を行うことに
合意した。光素子など六テーマで工学部の五つの研究室とロームの研究陣が組
む。さらに八月、シャープとナノテクノロジー(超微細技術)分野で三研究室
が共同研究に着手した。
共同研究の窓口となる同センター長の松重和美教授は「以前は工学部でさえ、
『研究の自主性が損なわれる』と、産学連携にアレルギー反応を示す教員もい
たが、徐々に意識が変わりつつある」と話す。
二〇〇四年度にも独立法人になる国立大。国の組織から切り離され、資金面
でも“国頼み”だけではない研究体制の確保を迫られる。両社が投入する研究
費はそれぞれ年間数千万円。従来、京大でも一部で行われていた個々の教員と
企業との小規模な共同研究とは、けたが一つ違う。
長引く不況とリストラで、膨大な研究開発コストが負担になっている企業側
も、大学の「知」を活用した技術革新を求め始めた。液晶のシェア世界一を誇っ
てきたシャープの幹部が言う。「国際競争に勝つ次世代技術の開発は、企業だ
けでは限界がある。大学の基礎研究が必要だ」
◆企業の研究投資 海外へ 国内の倍 日本式に限界◆
「あうんの呼吸」。日本の大学の研究室と産業界、特に大企業との関係を指
すのに使われる言葉だ。
企業は特定の研究室に「奨学寄付金」として研究資金を提供する。寄付は本
来、見返りを求めないはずだが、そこは「あうん」。優秀な学生を確保したり、
研究に関する情報を得たりしてきた。研究者も、国の研究費と違って、年度の
繰り越しができ、使途の制限を受けない寄付金は使いやすい。
しかし、「きちんとした契約がないから、企業としては訳のわからない“つ
かみ金”をたくさん出せない。どうしても額が決まってくる」。関西経済連合
会の科学技術委員長で、産学連携問題に取り組む亀井俊郎・川崎重工業相談役
は打ち明ける。
一方で、大企業を中心に海外の大学への研究投資は盛んだ。二〇〇〇年度に
日本企業が提供した研究費は千五百六十四億円で九四年度の二倍。国内向けは
半分以下の六百七十五億円と、ここ数年横ばいで、約七割を奨学寄付金が占め
ると見られる。川崎重工も、米国の大学への寄付や研究委託費は一件当たり年
間一千万円以上。日本の大学だと多くても百万円前後という。
「米国の場合は企業のニーズに対し、いつまでにどんな成果を出すのか、成
果をどのような形で帰属させるのかを明確にした契約を結ぶ。MIT(マサ
チューセッツ工科大)などの大学には知的財産権に通じた法務の専門部局があ
り、手続きも日本に比べてスムーズだ」と亀井相談役は話す。
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昨年十一月に東京で開かれた産学官連携サミットで、ホンダの吉野浩行社長
は「米国では、まとまった人数のチームで実践的な研究をお願いするが、日本
は教授中心に少人数で狭い範囲の研究をしてもらう場合が多い」と違いを述べ
た。教授一人を頂点とした日本特有の「講座制」には、科学技術の高度化に必
要な学際的研究を期待できないという批判は根強い。
産業構造の問題もある。日本は戦後、欧米から導入した先進技術を改良し、
製品の高品質、高機能化を図ってきた。「大学には、新しい“知”を生み出す
機能より、学生の潜在的な能力を選別する機能を求めてきた。『いい人材さえ
供給してくれれば、大学に多くは期待しない』が大企業の本音だった」と、山
本真一・筑波大教授(高等教育システム論)は指摘する。
しかし近年、IT(情報技術)やバイオテクノロジーの分野で、欧米が大学
の研究を実用化に結びつけ、産業競争力をアップさせるなか、「科学技術創造
立国」を掲げる日本でも、大学の研究成果をいかに活用させるかが大きな課題
になってきた。
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個人レベルの連携から組織同士の連携へ。複数の研究室がロームなどと取り
組む京大の共同研究が注目される理由でもある。
京大は昨年十一月、三菱化学、ローム、日立製作所、パイオニアの四社と、
有機系の新材料、次世代デバイスの開発を目指すプロジェクトも発表した。名
付けて「戦略的産学融合アライアンス」。NTTも加わる見込みだ。
共同研究は今年度から五年間の予定で、研究費は年間二億五千万円。学内で
研究テーマを募集し、今月八日の締め切りまでに約五十件が寄せられた。
プロジェクトの世話役となった三菱化学の折戸文夫・科学技術戦略室次長は
「京大のシーズ(技術の種)をもとに、異業種の企業が得意分野の技術を持ち
寄ることで、全く新しい成果が生まれる可能性がある。産学連携の一つのモデ
ルになるのではないか」と期待する。
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様々な分野で日本の国際競争力が低下したといわれる。第四部では、「知の
生産工場」として大学に求められている役割を探る。