☆バイオの知的財産、基盤整備b「遺伝子スパイ事件」から1年 政府対応進む
.[he-forum 3903] 朝日新聞05/02
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『朝日新聞』2002年5月2日付
バイオの知的財産、基盤整備
「遺伝子スパイ事件」から1年 政府対応進む
「知的財産」の保護や活用策に関する議論が、政府内のさまざまな部署で進
んでいる。米国で1年前、日本人研究者2人が起訴された「遺伝子スパイ事件」
が、知的財産に対する日本社会の認識不足を浮き彫りにした。その反省をもと
に対策が練られているが、科学技術の急速な進歩で新たな課題も出てきた。
(上田俊英、大岩ゆり)
知的財産について集中的な議論しているのは、首相直属の知的財産戦略会議、
内閣府の総合科学技術会議、文部科学省、経済産業省。国際的な経済競争に勝
ち抜くためには、特許や著作権などの知的財産をより多く蓄積する必要がある
からだ。
文科省の検討会は、公的研究機関で得られた研究データや特殊な遺伝子といっ
た成果の帰属が研究者個人であったり、組織であったりするあいまいな現状を
改め、機関(法人)に一元化し、産業利用を積極的に図る方針を決めた。独立
行政法人や特殊法人が対象。国立大も04年度に独立法人化すれば適用される。
遺伝子スパイ事件では、理化学研究所の研究員だった岡本卓被告(41)ら
が、米国の研究所から遺伝子試料などを盗み出したとされる。理研に試料の帰
属などに関する規定がなく、試料が本当に持ち込まれたのかなど事実確認さえ
ままならない状況に陥った。
「研究のレベルアップ、成果の迅速な実用化のためには、どこにどんな成果
があるのか、きちんとした管理が不可欠だ」と文科省の担当者。
しかし、日本の大学では、成果の価値、産業化の可能性を判断する「目利き」
役が足りない。そこで文科省は4月、18億円の予算をかけ、大学がこうした
人材の派遣を受ける制度を発足させた。
○医療行為も特許に?
保護すべき知的財産の考え方にも議論が起きている。外科手術の手法につい
ての特許を特許庁が拒絶したことの是非が東京高裁で争われ、4月11日に判
決があった。
裁判で原告(ドイツ人医師)側は、手術のような「医療行為」も特許法の特
許要件「産業上利用することができる発明」にあたると主張した。被告の特許
庁は「医療行為は人の生存に深くかかわり、特許の対象としない」という従来
の主張を貫いた。特許で手術の手法が制限されることを排除するためだ。
判決は原告の訴えを退けた。しかし、医療行為を特許の要件から除外すべき
理由はない、とする被告の主張は「傾聴に値する」とした。
「医療も特許の対象とするべきだ」との意見が、内閣府や経産省の知的財産
に関する会議でも相次いでいる。生命科学やナノテクノロジーなどは医療応用
への期待が大きく、先端医療行為が知的財産として保護される必要性が増して
いる。
「再生医療の登場がそこに拍車をかけている。米国では医療行為に特許が認
められている」と内閣府の高倉成男参事官は指摘する。
日本の特許審査基準では、たとえば患者から採取した組織を培養して患者自
身に戻すのは「医療行為」で、特許の対象外。培養組織自体は「物」として特
許の対象だが、移植する行為は特許と認められない。
培養皮膚などを手がけるベンチャー企業、ジャパン・ティッシュ・エンジニ
アリングの大須賀俊裕取締役は問題点を次のように指摘する。
「皮膚移植は簡単なので実害はないが、移植の場所や時期、方法で成功率に
差が出る組織の場合は、手術法が特許として認められるべきだ」
◇ ◇
■米で5月13日公判
遺伝子スパイ事件で起訴された米カンザス大助教授の芹沢宏明被告(40)
の公判は5月13日、米オハイオ州アクロンの連邦地裁で開かれる。芹沢被告
は一時は身柄を拘束され、保釈後も遠出が禁止されている。
一方、司法当局が「主犯格」とする岡本被告については、米国政府から日本
政府に正式な身柄引き渡し要請はまだ来ていない。
芹沢被告は昨年5月に同地裁であった罪状認否で無罪を主張。その後は公判
は開かれず、検察、弁護双方が準備書面で駆け引きを続けている。(ワシント
ン=大牟田透)
<遺伝子スパイ事件> 米司法当局は昨年5月9日、岡本被告と芹沢被告を
経済スパイ法違反などの罪で連邦地裁に起訴。岡本被告がオハイオ州クリーブ
ランドの研究施設から理研に移籍した時、アルツハイマー病研究の遺伝子など
「商業上の機密」を持ち出し、外国(日本)の利益を図ったとされる。