☆崩壊し続ける教育 国立大のリストラが標的に
[he-forum 3776] 東京新聞04/11.
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『東京新聞』2002年4月11日付夕刊
背景小泉首相殿 政権この一年を採点(3)
崩壊し続ける教育 国立大のリストラが標的に
佐藤学
一年前、「米百俵」を政治信条とする小泉内閣は教育改革の期待を抱かせた。
「米百俵」は山本有三が戦時下に創作したフィクションであり、戊辰戦争に敗
れた長岡藩の家老・小林虎三郎が貧窮生活に苦しむ藩士を説得して、三根山藩
からの救援物資である米百俵を学校(国漢学校)創設にあてたという教育美談で
ある。しかし、小泉首相の唱える「米百俵」は、未来の教育への投資を意味す
るのではなく、彼の推進する「構造改革」のために「我慢と忍耐」を要請する
ものでしかなかった。
小泉内閣の構造改革は「小さな政府」の実現であり、端的に言えば、国家公
務員の三割削減である。その最大の標的にされたのが国立大学のリストラであっ
た。国立大学を独立行政法人に移行すれば18%の国家公務員削減が実現され、
あとは郵便貯金を民営化するだけで十分である。ところが、いくら独立行政法
人に移行しても国費で運営されるのだから、国民を欺く「構造改革」と言えな
いでもない。しかし、この単純な論理で、全国の国立大学は、平成十六年度に
断行される独立行政法人化を前にして存亡の危機に立たされている。独立行政
法人化のすぐ向こうには民営化の路線が待ち受けているからである。
冷静に、世界を見渡してほしい。ヨーロッパの大学の大半は国立、アメリカ
の大学の大半は州立である。日本の大学は例外的に私立に依存してきたが、そ
の結果、大学予算のGNP(国民総生産)比は欧米と比べて著しく少ない。国立大
学を法人化し民営化する政策は、大学の財政基盤を悪化させ、高額の授業料を
学生に要求する結果をまねくことになる。すでに、大学の安定した基準経費は
約三割に抑制されて残りは競争的に配分され、日本育英会の奨学金から免除職
が外されて、すべて貸し付けに変更された。小泉内閣の「米百俵」は、教育の
未来の解体であり、教育崩壊の推進に「我慢と忍耐」を要求するものでしかな
い。
もっとも深刻な事態は、文部科学省が政策能力と責任能力を失っているとこ
ろにある。確固とした長期的政策がないから、教育政策に一貫性がなく場当た
り的な政策が続いて現場を混乱させることになる。すでに十年以上、文部科学
省は政治家とマスコミの意向を先取りしながら財政と人員の獲得に奔走してき
た。ティーム・ティーチングによる人員の確保、スクール・カウンセラーの予
算の獲得、少人数指導の非常勤枠の獲得、企業のリストラ社員の活用など、取
れるものはすべてとるという政策で対処してきたと言ってよい。そうなると、
政治家とマスコミの素人談議によって教育改革は翻弄され、学校現場は混乱を
重ねることとなる。この数年、学校現場を困惑させてきた日の丸・君が代の強
制、一校あたり三人に達するリストラ社員の受け入れ、学力低下が懸念される
教育内容三割削減、それに対応する習熟度指導の導入などによる学校現場の混
乱は、文部科学省の政策能力の衰退から生じた結果である。
文部科学省も諸般の批判により崖っぷちに立たされている。たとえば、文部
科学省は、学術研究と高等教育の危機を、「競争的環境」において評価される
「トップ30」の学部に予算を重点配分して乗り切る方針である。ところが、こ
の「競争的環境」によって、経済性と効率性にはなじまない教員養成学部が解
体の危機へと追い込まれ、国立大学の教育学部は二年後には半数に激減しかね
ない状況である。ここでも教育がリストラの標的になっている。
小泉内閣の一年は教育破壊の一年であった。財政赤字によって地方の教育は
大幅に削減され、公立の幼稚園は大都市を中心に廃園へと追い込まれ、小中高
校の教育予算は人件費に限定される惨状である。その一方で、青少年をめぐる
危機は深まるばかりである。十年前に百六十万人であった高卒求人数は昨年十
五万人にまで激減し、高卒者の35%、大卒者の27%が就職できていない。学齢
期の子どもを抱える夫婦の離婚が加速度的に増加する中、今年、厚生労働省は、
母子家庭の児童扶養手当の大幅削減を決定した。「構造改革」は経済不況と家
族の危機にあえぐ青少年を直撃している。
小泉首相は教育改革の中心を教育基本法の改正に求めているが、教育基本法
の改正は民主主義と平等の理念の空洞化を促進するだけである。今必要なのは
子どもと教師を救出する具体的政策であり、未来を開く積極的な政策を可能に
する教育振興基本計画の決定である。「米百俵」を政治信条に掲げた小泉首相
ならば、これ以上、子どもと親と教師を欺くべきではない。
さとう・まなぶ 1951年生まれ。東京大学大学院教育学研究科教授。専門は
学校教育学。東京教育大卒。東大大学院博士課程修了。主な著書に『学び そ
の死と再生』『教育改革をデザインする』『身体のダイアローグ』など。